第88話 治療のお返し

 起きたのは結局、次の日の昼間だった。俺もよほど疲れていたらしく、ほとんど起きる事は無かった。おかげでスッキリと回復し魔力系はフル充電された。


 アンナはと言えば、ずっと俺を見張っていたらしく寝た時と同じ格好で俺を見ている。


「アンナ。おはよう」


「おはよう」


「誰か来た?」


「いや。診療所の主が一度顔をだして、そこに食事を置いて行った。だがもう冷えてしまった」


「アンナだけ先に食べてよかったのに」


「そう言うわけにはいかない」


 グーッ。食い物の話を聞いたら俺の腹がなった。かなり消耗していたのに腹だけはいっちょ前に減るようだ。


「食べよう」


「ああ」


 そして俺とアンナはテーブルをはさんで、その食事を食べ始める。冷めていてお世辞にも美味しいとは言えないが、それでも空腹が勝ち二人はぺろりと平らげた。


 そして俺が言う。


「三人を見にいこう」


「わかった」


 俺達は部屋を出て診療室に向かう。すると診療室にはもう主が居て患者を見ているところだった。主が俺達をチラリと見て言った。


「ああ。起きたかい」


「すみません。遅くまで」


「良いんだよ。体調はどうだい?」


「快調です」


「それは良かった」


「三人は?」


「そのカーテンの向こうですよ。一人は手伝うとか言って裏で妻と洗濯をしていると思います」


「ありがとうございます」


 俺達がカーテンを潜って入って行くと、ジェーバとルイプイがベッドに横たわっていた。


「やはり、よほど消耗していたみたいだね」


「そのようだ」


 俺達はそっとカーテンから外に出た。そして診療所の主の前に座っている女の子を見る。


「その子はどうしたの?」


 すると診療所の主人が答える。


「生まれてすぐに足を怪我してね。それで足の形が変わって歩きづらくなってしまったんだ。時おり痛むのでこうして診ているんだよ」


 なるほど。見た感じは可愛らしい女の子だけどそれは不憫だ。俺は診療所の主人に言う。


「私はこれでも多少の回復魔法を使えるんですよ」


 すると診療所の主人が驚いた顔をする。


「えっ! 商人様では無い?」


「も、もちろん商人ですが、嗜み程度の魔力を使えるんです」


「そうなのか…」


「ちょっと良いですか?」


「あ、ああ」


 そして俺はその女の子の前に跪いて足の様子を観察する。なるほど骨が曲がってくっついて、筋肉を圧迫しているのかもしれない。ならば元の形に戻してやろう。


 俺が振り向くとアンナが俺に魔法の杖を渡す。もちろん杖が無くても使えるが、あった方が少ない魔力で済む。杖は増幅装置のような物だからだ。


 ぱあっ! と光が舞い降りて少女の膝へと降り注ぐ。すると膝や腰が光り出して光は消える。


「さ。もう大丈夫」


「えっ?」


 女の子がキョトンとしている。


「もう治ったよ」


「あ、えっと」


 そう言って女の子が立ち上がり歩きだす。


「本当だ! 痛くない! 動ける!」


 そしてぴょんぴょんと跳ねだした。それを見た診療所の主が言う。


「なんと! その子は神父などにも見てもらったのです。それでも良くなったと思っていましたが、完治するなど考えられない!」


 あ、やり過ぎただろうか? でも一宿一飯の恩義がある。俺はそれを返してチャラにしたいと思うのだった。


「あの、ご主人」


「なんですか?」


「村の怪我や病に苦しむ人を全員呼ぶ事は出来ますか?」


「も、もちろんです! ちょ、ちょっと待ってください!」


 そう言って診療所の主人は玄関を飛び出して行ってしまった。


「あらら、どうしよう」


「どうしようって。聖女が言ったんだ」


「しかたない」


 俺は女の子に言う。


「あなたも村中のけがや病気で困ってる人を集めて来て」


「うん!」


 そして女の子も飛び出して行った。俺は待合室に向かって言う。


「次の人どうぞ!」


 すると腕に包帯を巻いたおじさんが入って来た。


「どうしました?」


「木の枝を切っていたら、足を滑らして落ちてね。腕を打ったんだけど痛くて、そうこうしているうちに腫れて来たんだよ」


 俺が腕を見るとなるほど折れてる。なら治すのは簡単だった。


「では腕を出して」


「上がらねえんだ」


 そう言うと、アンナがグイっと腕を持ち上げた。


「いててててて!」


「我慢しろ」


 アンナに言われ村人が苦痛に顔をゆがめながらも静かにする。俺は魔法の杖をかざして、骨折を真っすぐにつなげて腕の痛みと腫れを取り去った。


「う、嘘だべ! 治っとる!」


「ではお大事に」


「ありがとう! ありがとうございます!」


 そうしてその男は出て言った。俺は次に待っている人に声をかけた。


「次の人どうぞ!」


 いつもならスティーリアがこの役目をやってくれるのだが、アンナはただ黙って立っているだけだ。俺はいつもより一生懸命に声を張った。


 そうこうしているうちに、診療所の主人から話を聞いた村人が次々にやって来る。恐らくは女の子から聞いた人もいるのだろう。来た人から順番に疾患の場所を聞いて、回復魔法や蘇生魔法をかけていくのだった。がっつり寝たおかげで魔力は満タンだし次々に治していく。


 そこに獣人のリンクシルが戻って来た。


「なんだなんだ! 外が長蛇の列になってるぞ!」


「ああ、治療してるからね。リンクシルも手伝ってくれる?」


「わかった。何をすればいい」


「悪い所を聞いて、患部を治療しやすいように準備させて」


「ああ!」


 すると、いくぶん効率が良くなってきた。そうこうしているうちに、診療所の主人も帰ってきて手伝いはじめ、その奥さんも手分けして手伝った。それから結構な時間をかけて、治療しているうちに人が少なくなってくる。


 リンクシルが言う。


「あと五人だ」


「わかった」


 そして次々に治療を施して全ての人を見終えたのだった。風邪気味から腰の曲がったおばあちゃんや視力の低下までを治す。診療所の主人と妻から、あっけにとられた顔でみられていた。


「あ、少しはお役に立てましたかね?」


「お役に…なんてもんじゃありません。こんな治癒師を見たことはございません。もしかしたら御高名なお方に失礼な事をしていたのじゃありませんか?」


「いえ。私はいち商人にございます。たまたま得意の回復魔法を役立てる事が出来て良かった」


「たまたま、得意ってレベルでは…」


 するとアンナが言う。


「問題はあるのか?」


 少しピリ着いた表情で聞く。すると主人と妻は圧倒されて首を振った。


「いえ。問題などございません。なあ!」


「はい。村人も助かった事でございましょう!」


「それは良かったです」


 とりあえずジェーバとルイプイが回復しない事には、身動きが取れないのでそうやって時間を過ごしただけだし。外も暗くなり始め今日も村に滞在せねばならなかった。


 すると。閉めた診療所の扉がノックされた。


 コンコン! 妻が慌てて出ていくと、そこには昨日の村長が立っていた。そして自警団のような人達も居る。それらがぞろぞろと入ってきて俺の前に跪いた。


「村人を助けていただきありがとうございます。なんとお礼を申し上げてよろしいやら、あいにく金のある村人は少なくかき集めても大したことにはなりません」


「お礼? いらないいらない。元々私達を助けてくれたお礼みたいなものですし!」


「それには余りある事でございます」


「いいんです」


 だが村長は引き下がらなかった。


「恐れ入りますが、この村にも一軒の宿屋が御座います。つきましてはそこの代金や食事などをこちらでご用意させていただきます」


 マジ? それは助かる。


「それならばお願いしましょう。診療所に寝ている二人はそのままでも?」


 そう言うと診療所の主人が言った。


「もちろんです。かなり衰弱しておりますし、私達の方でめんどうを診させていただきます!」


「わかりました。お願いいたします」


 そう聞いて、俺は行ったんベッドの所に行く。


「ジェーバ、ルイプイ」


「「はい」」


「あなた方はここで面倒を見てくださるとの事。私達は別の屋敷に移ります。明日、様子を見に来るから安静にしてて」


「「はい」」


 そして俺とアンナとリンクシルは、診療所をでて村長について宿場に行くのだった。宿場はそれほど立派ではないが、一階が食堂となっており今日は貸し切りにしてくれるらしかった。というのも、商人や旅行者が盗賊のせいで来なくなっており開店休業だったらしい。


 すると迫力のある女将が出て来た。


「あらら! 噂のお方かい?」


 村長がそれに答える。


「そうだ。村人を治してくださった」


「そりゃ、腕によりをかけておもてなししなくちゃね! さあ! 座って座って!」


 すると村長が俺達に言う。


「どうぞごゆるりとなさって下さいまし」


 何かやたらと丁寧だが、まあいい。とりあえず、俺達が席に座ると村長達は気を利かせて店を出ていくのだった。


 少し待っていると、何やらめちゃくちゃうまそうな匂いの料理が運ばれて来た。


「まだまだ来るよ! 先にどうぞ!」


 女将の声にリンクシルも言う。


「うちもいいのかな?」


「食べて食べて!」


 三人が皿に盛りつけた料理を食べだした。


「うま!」


「本当だ!」


「いくらでもいける!」


 三人でもりもりと飯を食う。肉団子やシチューや焼き魚、ぽくぽくとしたポテトにオイルがかかった物。次々と運ばれて来て、流石に俺は腹がいっぱいだった。だがアンナとリンクシルはそれらもぺろりと平らげた。


「こんなに気持ちよく食ってくれると、作り甲斐があるってもんだ!」


 俺が言う。


「すみません。料金も払わず」


「大丈夫! ぜーんぶ村長のツケだっていうじゃない!」


「助かります」


 しばらく料理を堪能し、アンナとリンクシルもごちそうさまをした。食べ終わったところで女将が出て来る。


「どうだった?」


「美味しかったです」

「美味かった」

「最高だ」


 三人が答えると女将はニッコリ笑った。そしてリンクシルの格好を見て言う。


「大変な思いをしたんだってねえ」


「あ、これは。服を盗られて」


 すると女将が言う。


「うちの娘は王都にいっちまってねえ。古い服はみーんな置いてっちまったんだ。良かったらそれを着てくれるかい?」


 リンクシルは目を丸くする。リンクシルに俺が言う。


「甘えちゃいなさい」


「わ、わかった。お願いしたい」


「よかったよ! あたしじゃ着れないからね! こっちにおいでなさい」


 そして三人が娘さんの部屋に通された。リンクシルが服を見ていう。


「ホントに良いのか?」


「遠慮するんじゃないよ! 気に入ったのを着なさい」


 そしてリンクシルが服を選び、それを俺達の前で着替え始める。ゆったりしたスカートを履くと尻尾が完全に隠れて、人間みたいに見える。大きめの麦わら帽子をかぶると耳もすっぽりと隠れた。


「似合う!」


 俺が言うとリンクシルが照れたような顔をした。すると女将が目を細めて言う。


「なんか娘が帰って来たみたいだ」


「へへへ」


 リンクシルは恥ずかしそうにほっぺを掻いた。そうして俺達は二階の宿泊部屋に通される。


「じゃあ、ごゆっくりね」


 女将がドアを閉めて階段を降りて言った。その部屋にはベッドが四つあり、どうやら冒険者なども泊まれるようになっているらしかった。


「よかったねリンクシル」


「ああ。ありがたい」


「とりあえず。明日のジェーバとルイプイの様子を見て出発できるかの判断をするから、今日はひとまずここで休もう」


「わかった」


 そして俺達は下着姿になり、それぞれのベッドへと潜りこむのだった。

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