第87話 村人のまごころ

 俺とアンナが立ち寄った村が見えて来る。そろそろ陽が落ちようとしており、辺りはオレンジ色に染められていた。俺達の馬車が近づくと、村人数人が柵の門を開いてこっちに来た。


 村人は心配そうな表情を浮かべて、俺達に話しかけて来る。


「あんたら! 大丈夫かい!」


 もちろん大丈夫じゃない。そこで俺は正直に答えた。


「やはり盗賊に襲われました。物資は全て無くなり命からがら戻って来たのです」


 盗賊に襲われたのは嘘じゃないし、命からがら戻って来たのも本当だ。むしろ盗賊からすれば俺達から襲われたって感じかもしれないけど。


「やっぱりかい! 怪我は?」


「それが、三人ほど一緒に逃げて来た人が居まして、衰弱しきっております」


「たいへんだ! おーい!」


 村人が村に向かって大声をあげると、ぞろぞろと村から人々が出て来た。俺とアンナにご飯をごちそうしてくれたお婆さんお爺さんもいる。


 お婆さんが近づいて来て言った。


「あんれれ! だから言わんこっちゃない! と、とにかく診療所へ!」


「はい」


 村人に囲まれながら、村のさびれた診療所へと到着する。そして俺は村人に言った。


「ですが、お返し出来るものがありません」


 すると診療所から出て来た初老のおじさんが言った。


「なーに言ってるだ! 困ったときに助けんでどうする!」


 よかった。実はローブの中に財布があるのだが、そこには金貨しか入っておらず、こんな村で出したら流石に身元が高貴だとバレてしまう。そこまで想定して両替してこなかった俺のミスだ。


「すみません。荷馬車に三人が寝ています」


 村人が荷馬車に向かい三人を降ろした。すると村人の一人が言う。


「おんや! 獣人さんでねえか」


「あらら。ホントだねえ、珍しい」


 するとリンクシルが村人に言った。


「恐れないのか?」


「なんでかね? まあこの辺ではめったに見ねえけんど、ただ耳と尻尾がわしらと違うだけでねえかい」


 そのあとリンクシルは何も言わなかった。どうやらこの村にそう言う差別はないらしい。ヒストリア王国の民度はそれほど低くないのかもしれない。


 まあこれが貴族ならどうか分からないけど。


 そして俺が言う。


「彼女らは栄養が足りてないのです。そして陽が落ちてしまいました。これ以上は進めない」


 すると診療所から出て来た初老の男が言った。


「なら、一晩うちに泊まればいい」


「ありがとうございます」


 俺達五人は、診療所のおじさんに誘われるままに建物の中に入って行く。すると村人もぞろぞろと付いて来た。多分俺達の話が聞きたいのだろう。


 その前に。


「すみません。この三人は先に休ませたいのですが、何か食べ物を恵んでは下さいませんか?」


 すると俺達を世話したお婆さんが言う。


「いいよ! 大したものはねえけど、野菜ならいくらでもある」


 それを聞いた他のお婆さんも言った。


「うちのももってこよう! 魚の干物があった!」


 違うおじさんも言った。


「ボアの肉もあるから、鍋を作ってやろう」


 すっげえ温かい人達だ。俺はつい前世の渋谷で通った、おばちゃん達の居酒屋を思い出す。何故かあのおばちゃん達は俺にサービスをしてくれた。ここでも手厚いおもてなしを受けたことに、俺はジーンとしてしまう。


「ありがとう」


 すると村人のおっさんが言った。


「なんも泣くことはねえ。困ったときに助けるのは当然だ」


 俺はどうやら涙を溜めていたらしい。手でそれをぬぐってコクリと皆にお礼をした。それからしばらくすると、村人達が料理を持ち寄って来てくれる。俺達五人はその料理をありがたくいただくのだった。素朴だがとても美味かった。


 診療所のおっさんが俺達に言う。


「よく盗賊から逃れられたね」


 えっと…


「何とか…」


 だが村人はそれ以上聞かなかった。きっと俺の表情から辛さを感じ取ったのかもしれない。


「まあ、生きていたんだからなんでもいい! 女だけでよくぞ逃げ帰った!」


「ありがとうございます」


 暖かい料理をつまんでいるうちに、三人がコクリコクリとし始める。恐らく相当疲れているのだろう。


「三人はそろそろ限界のようです。出来ましたら眠らせてやりたいのですが」


「診療部屋は狭くてベッドが二つしかない。あとは応接の間にあるソファで寝るか」


「それで問題ない」


 アンナが言う。アンナは床でも寝れるらしい。そして俺がつけたした。


「出来れば、タライに水をくんで部屋にほしいのです。彼女らは体を清めたい」


 すると村人達は可愛そうな目で三人を見る。恐らく盗賊に辱めを受けたと勘違いをしたのだろう。そうじゃなくて、牢屋に閉じ込められていたから汚れているのだ。


「もちろんだ! 痛い思いをしたね! もう大丈夫だよ」


 そして三人は診療所のおっさんと共に奥へと入って行った。すると玄関から新たに人が入って来た。その男は慌てた顔で俺達に声をかけて来る。


「大丈夫かね君達!」


「なんとか…」


 するとお婆さんが言った。


「息子は村長だっぺ」


「これは村長様。お助けいただきありがとうございます」


「いや。当たり前の事だ。それで盗賊はどうかな? こちらに向かっている気配は? 状況次第では自警団に招集をかけて村を守らねばならん」


 確かに村長としてはそうなるか。でも多分、盗賊は来ないよ。


「いえ。盗賊の目を盗んで出てきました。恐らく気が付いたとしてもこちらには追ってこないかと思います」


「うーん。だが自警団は出動させよう。村の周囲を警護する必要がある。まあ盗賊も村まで来て襲いはしないだろうけどね。そんな事をしたら騎士団を敵に回すと分かっているはずだ」


「そう思います」


 すると村長は、入り口にいた若い二人に目配せをした。若い二人は軽く会釈をして診療所の玄関から出ていった。自警団に連絡をして警護をするのだろう。


 そして村長は、こっちを振り向いて言った。


「商人さんだったかね?」


「そうです」


「商売道具はどうなったのかな?」


「ほとんど取られました。命からが逃げて来ましたので、荷馬車がガタガタになってしまいました」


「村の道具屋に見てもらおう」


「そこまでしていただいて…なんと申したらいいのか」


 すると俺達の面倒を見てくれたお婆さんが言う。


「なんも。あんたらはゆっくりすればええ」


 すると村長が言う。


「母の言う通りです。あなた方の事は聞いております。村の野菜と商品を交換してくださったとか。村としても助かったのです。世話になったのは村の方かもしれません」


「そんな事は」


「とにかく休みなされ」


「はい」


 そしてひと段落着いた時、村長が俺達に挨拶をして、お婆さんとお爺さんたちを引き連れて出て行った。診療所のおっさんも俺達に向かって休むように言う。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」


 俺とアンナが応接室に連れられて行き、ソファに寝るように言われる。俺達が礼をするとおっさんはランプを持って部屋を出て行った。


 俺がアンナに言う。


「いい人達だ」


「そうだな」


「陛下の治世が上手く行っているという事なんだろうけど」


「一般の市民は平和に生きていられるようだ」


「そう言う事だね。まあ全てに目が行き届いていないというか、恐らく貴族に派閥がある限りは貧富の差は無くならない。この地は誰が統治しているんだろうね?」


「この地域は恐らくドモクレーだ」


 えっ? あいつ? あのキモ豚が統治してんの? だがアイツは白だと分かっている。見た目はきっしょいが、まあまともに仕事をしているらしい。つーか、聖女財団の発起人だし、いろいろと真面目にやっているようだ。自分は真面目に貴族しているのに、悪いコトしている奴らが許せないって事なんだろう。俺に加担しているのは、恐らくそれが起因となっている。


「なんでアイツが私に肩入れするか分かったよ」


「この現状を見ればな」


「そう。案外、アイツは真面目なんだろう」


「おいおい。伯爵をアイツ呼ばわりか?」


「あ。あの方ね」


「ああ」


 そしてアンナが俺に寝るように勧めて来る。アンナは対面の一人がけのソファーに座った。


「アンナは横にならないの?」


「わたしはこれでも寝れる。それに念のため聖女を護らなければ」


「わかった。じゃあ寝るね」


 アンナがコクリと頷いた。正直俺も、もうヘトヘトだった。そして俺はすぐに眠りについたのだった。アンナに守られているという安心感は半端ない、あの盗賊との戦闘を見てそう思う。


 ただ一つ気になった事がある。俺が眠りに落ちるか落ちないかの時に、俺の額に誰かがキスをしたようだ。 


 まさかアンナ?


 そう思いながらも俺の意識は遠のくのだった。

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