第86話 奴隷たち

 アンナ以外は、みんなボロボロだった。捕らえられていた三人などは、憔悴しきった体に身体強化魔法をかけたため立ち上がる事も出来ない。そして俺も身体魔法の上掛けをして負荷をかけたため、体中のあちこちが悲鳴を上げていた。


だが誰一人として暗い顔をしておらず、皆が晴れやかな顔をしている。盗賊の死体が転がっている場所から少し離れ、俺達は荷馬車の上に川の字になって寝っ転がっていた。アンナは馬の手綱を外して、道端の草を馬に食わせていた。


 俺は寝っ転がりながら三人に自己紹介をした。


「あー、私はオリジン。そして、あそこで馬に草を食べさせているのがエンド」


 三人が寝っ転がりながら俺の言葉を聞いている。


「私は孤児院を出たあなた達を追跡して来たわけ」


 するとジェーバが言う。


「あたいらを?」


「そう。いろいろ調べてね、孤児院出身の子らは皆無事だよ」


「他に売られた奴らも?」


「そう」


 するとルイプイが聞いて来る。


「あの! ミラーナって子は助けた?」


 たしかミラーナは一番最初に助けた娼婦の子だ。


「助けた。今は修道女になっちゃったかな」


「そうなんだ!」


「知り合い?」


「孤児院でとても優しくしてくれたんだ」


「おねえさんってわけか」


「そう…」


 ルイプイは目に涙を浮かべている。すると今度はジェーバが聞いて来た。


「あ、あの! ネブラスカって人はいた?」


「世話になったのかな?」


「そう! いつも優しくしてくれた」


「無事。今はとあるところで町娘として過ごしている」


「そうかあ…へへへ…ネブラが町娘かあ…」


 ルイプイも涙を溜めていた。そして俺は獣人に聞いた。


「あなたはどうしてあそこに?」


「二人と一緒に奴隷商で買われて来た」


 するとルイプイが言った。


「この子は、リンクシル」


「そう、リンクシル。私を助けてくれてありがとう。あの時は良く戻って来たね、もしあなたが来なかったら私は死んでたかもしれない」


「助けてもらったお礼だ」


「助けた人に助けられちゃったか! ふふふふ」


「あんたらがした事にくらべれば大したこと無い。あんたらは命の恩人だ」


「お互い様かな」


「まあ、なんとでも」


 するとジェーバが言った。


「リンクシルが居なければ、私達はもっと早くに盗賊達の慰み者になっていた。用が済めば口減らしで殺されていたかもしれない。だけどリンクシルがあたい達に盗賊を近づけなかった」


「なるほど。だからあんな端っこの牢屋に閉じ込められていたんだ?」


「言う事を聞かないから、足枷を付けられていたんだ」


 そうか。リンクシルは二人を守ってくれていたんだ。獣人の身体能力があったからこそだろう。だがそのまま反抗を続けていればいずれは殺されていたと思う。


 俺達が話をしていると、御者席からひょこっとアンナが顔を出した。


「馬が食った。随分元気になったぞ」


「進める?」


「ああ、数キロ先に河があったはずだ。そこまで行ったら、馬に水を飲ませる。わたし達も飲んだ方が良い」


「わかった」


 そして俺が起き上がろうとすると、アンナが言った。


「オリジンも寝ていろ。わたしなら問題ない」


「だけど」


「気を使うな」


 するとアンナはこれ以上無いような優しい笑顔をした。アンナのこんな笑顔を見たのは初めてかもしれない。二人で死線を潜り、命を預け合ったからだろうか? なんか物凄く好意的だ。


 そして俺達を荷台に寝せたまま、馬車が進み始めた。馬車はがたがたと揺れるが、なんとか壊れずに走ってくれている。


「エンド! こちらジェーバとルイプイ、そしてリンクシル」


「ああ」


 やっぱアンナは初対面にはめっちゃコミュ障だった。だがアンナが言う。


「リンクシル。オリジンを守ってくれてありがとう」


「あ、ああ。いいんだ。こっちだって助けてもらったんだからな」


「約束を守る事ができた」


「約束?」


「こっちの話だ」


 おおー! アンナはかなり機嫌がいい。自分からお礼を言っている!


「しかし、あんた本当に昨日の人か?」


 リンクシルがアンナに言う。


「違うように見えるか?」


「見た目は同じ。だけど昨日は…なんつーか、ハッキリ言って恐ろしかった。正直尻尾を巻いたよ」


「別にお前を脅しちゃいないが」


「いや…あの盗賊との戦いは、流石に身震いをした。うちらの種族ですら皆殺しにあいそうだ。あんたはひょっとしたら鬼神か?」


「わたしは神なんかじゃない! ただ良い奴は殺さない。剣を汚すのは悪い奴だけだ」


「はは…、あんたの前で悪い事はしないようにするよ」


 俺も!


 ジェーバとルイプイはいつの間にか寝てしまった。俺の回復魔法で衰弱している体をもたせてはいるが、早く食い物を確保して食べさせないといけない。馬は歩くように馬車を引いて行く、しばらく進んでいくと陽がかなり高くなってきた。


 御者席のアンナが言う。


「川だ」


「はい」


 川べりに馬車を止めて、俺はジェーバとルイプイを起こす。


「水を飲んだ方が良い。歩ける?」


「なんとか…」

「たぶん」


 だが二人は歩くのがやっとだった。するとリンクシルがジェーバに手を伸ばし、荷馬車の後ろから顔を出したアンナがルイプイに手を貸した。五人で川べりに行くと、リンクシルが川に口をつけてごくごくと水を飲み始める。


「ぷっはぁぁぁ!」


 やたらと美味そうに飲んだ。するとアンナも同じように顔をつけて川の水を直接飲見始める。俺もたまらず川べりから首を突っ込んで水を飲んだ。するとジェーバもルイプイも同じようにする。


「「「「ぷっはぁぁぁぁ!」」」)


 俺達四人もリンクシルと同じようにした。一瞬沈黙が流れたが、次の瞬間。


「「「「「あっはっはっはっはっ!!」」」」」


 思わず笑ってしまった。するとそこに老馬がやってきて同じように水を飲むのだった。


 俺が言う。


「生き返ったぁ!」


 するとリンクシルが言った。


「ちがいない」


 皆で草むらに寝転がり、空を見上げる。


 そして俺が言った。


「やっぱり、こうやってお天道様に照らされて生きた方がいいと思う」


 だがジェーバが言った。


「だけど…私達は奴隷だし。そんな事が許されるわけが無い」


「奴隷? もう誰の所有者でもないでしょ。そもそも盗賊に所有権なんかない」


「そういうものなの?」


「そういうもの」


 だが今度はルイプイが言った。


「だけど、私達には生きるすべがない。身売りして奴隷として働くしかないって教えられた」


「だれに?」


「司祭様」


 はあ…やっぱりか。アイツには必ず天罰を落とそう。


「クビディタスか」


「そう」


 俺は寝っ転がりながら横を向いて、隣りのルイプイの目を見る。


「ルイプイ。君は自由だ。生きるすべがないのなら私が道を用意する。だからそこで働けばいい、生まれながらにして奴隷になる人なんていないんだから」


「えっ…いいの?」


「あたりまえ」


 するとジェーバが不思議そうに言う。


「だけど、働くったって何も出来ない」


「これから覚えればいい。何かしたいことはある?」


 すると二人は沈黙した。俺の質問が間違ったのかもしれない。


「したい事と言われてもか…」


 ずっと奴隷になるように仕向けられて育って来たから、何かを自由に選べるという概念が無いのだ。俺は二人にきっぱりと言う。


「じゃあこれからやりたいことを見つければいい。自由に生きていたらそのうちにやってみたい事くらい見つかる」


「そういうもの?」


「そう言うもの」


 するとリンクシルが笑った。


「あんた、身分が高そうな雰囲気だけど、奴隷に何を言ってんだい!」


 ギクッ! 身分が高そうとか…なんでわかったんだろ。


「身分なんて高くないけど」


「いや。わかる、においが違う」


 匂いて…


「臭う?」


「あはははは! おもしろい」


「そういうリンクシルはどうして奴隷に?」


「自分からなった訳じゃない。うちの村が襲われて大人たちが殺された。若い獣人や子供が攫われて奴隷商に売られたんだ」


 なんだって? それじゃあ昔の地球の奴隷みたいな…。するとアンナが言う。


「オリジン。獣人とはそう言う扱いを受ける事が多い。特にズーラント帝国や東スルデン神国ではその傾向が強いんだ」


 さすが特級冒険者、詳しい。そして、なるほど。帝国と神国はその傾向が強いと…


 メモメモ


 するとリンクシルが言った。


「そうだ。うちが捕らえられたのはスルデン神国だ」


「そうなんだ。そう言う国に生きていたんだ…」


「ああ。そしてヒストリア王国に売りに連れてこられたんだ」


「身分を示す物なんかは無いの?」


「ふっ! 獣人にそんなものがあるわけ無い! そして孤児だってそんなものは持ってないだろ?」


 するとジェーバとルイプイがうんうんと頷いていた。と言う事はこの三人は強制的に奴隷になったと言う事だ。


 なんつーか。はらわたが煮えくりかえってくる。こんなかわいい子らをひどい目に合わせやがって。この世界の仕組みがおかしいと言う事だ。


 俺は三人に向かって言った。


「私は…そんな酷い事が無い世界を作りたい。女がはつらつと自由に人生を選ぶ世界に」


 だがリンクシルが鼻で笑う。


「はん! あんた何様だい! そんな事が出来るもんかい!」


 するとアンナがピリっと気を張り立ち上がる。


「オリジンに向かってそのような、口のききかたは許さんぞ」


 リンクシルは耳と尻尾を丸めて座り込む。


「わかった! だけど到底無理だと思ったんだ!」


 そして俺がアンナに言う。


「エンド。仕方ないよ、これが当たり前の反応なんだ。それを変えようって言ってるんだから、信じられないのも無理はない」


「…ああ…」


 アンナは不服のようだが俺はそれをスルーして言う。


「今は言葉だけ。だけどこんなことはやめさせないといけない。それを作り上げたら信じる?」


「信じるも何もそうなったら信じるしかない」


「よし」


 そしてルイプイもジェーバも上半身を起こして言う。


「そんな世界が来るの?」

「本当に?」


 俺はハッキリという。


「この命を賭けて作ってみる。絶対はないけど、やらなければ何事も始まらない」


 するとリンクシルが笑う。


「プっ! おもしろい人だ! そんな壮大な夢を持ってる人は始めて見た」


 今度はアンナはどや顔をして言う。


「だから、わたしはその船に乗った」


 俺は立ち上がって言う。


「とにかく戻ろう。食べるものが無いとね」


 皆が立ち上がり、アンナが馬を荷馬車に繋ぐために連れていく。俺がルイプイに肩を貸しリンクシルがジェーバに肩をかして荷馬車に戻った。


「エンド。今日中にあの村まで戻るよ」


「わかった」


 そして馬車は再び走り始めるのだった。

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