第85話 盗賊達との死闘
盗賊達は勝ち誇った顔でこちらに進んで来る。物凄い、いやらしい顔で。どう考えてもあれは俺を狙っている顔なのだろう。欲望むき出しの男の顔はキツイ。
おぇ!
嫌だぁぁぁぁぁ! あんな汚ったねえ男達に汚されるなら死んだ方がましだぁぁぁ!
多分…俺は目が血走り、相当な恐怖の表情を浮かべていたに違いない。一瞬で殺された方が絶対にマシだ。あんな男達に凌辱される前に、せめてソフィアとあれやこれやを…
俺が悲壮感漂う空気を醸し出していると、アンナが俺に行う。
「聖女! あの馬にかけたくらいの魔法をわたしにかけて」
「えっ? 大型の動物用に大量の魔力を込めた魔法だよ!」
だがアンナはめちゃくちゃ真剣な顔で俺に叫ぶ。
「いい!」
「わかった!」
俺は精神を集中してアンナに意識を持って行く。魔力を溜めて溜めて魔法の杖が光り輝いて行く。
「身体強化! 身体最強化! 脚力強化! 脚力最強化!」
「もっと!」
アンナの叫びに俺のリミッターが外れる。
「腕力強化! 腕力最強化! 思考加速! 超速思考! 聴力強化! 聴力最強化! 動体視力強化!」
心なしかアンナが光っているように見える。というか間違いなく髪の毛が逆立って光っている。これで体が持つかどうかはアンナの身体能力に賭けるしかない。そして俺も自分に強化魔法をかけていく。自分にこんなに魔法を重複してかけた事など初めてだった。
「身体強化! 脚力強化! 腕力強化! 思考加速! 聴力強化! 動体視力強化!」
ぐらりと来る。敵はもう目前に迫っているというのに、慣れない身体強化魔法を重複がけしたことによって、身体に何かの負荷がかかってしまったらしい。
「くっ!」
俺が辛うじて倒れずに耐えると、盗賊達の声が聞こえて来た。
「おいおい! 女が二人だぞ!」
「しかも一人は上玉じゃねえか!」
「あんな奴隷なんかよりよっぽど楽しめそうだ!」
「最初は俺だ!」
「犯してええ!」
うわぁぁぁぁぁ! やめてくれ! それだけは!
「捕まえろ!」
一人の盗賊のデカい声が響いたとたんに、一斉に盗賊達が目を血走らせて突撃して来たのだ。
無理ぃ!!
俺が心の中で叫んだ瞬間だった。アンナから物凄い雄叫びが出た。
「聖女をそんな目でみるなぁぁぁぁぁ!」
パリパリパリ! とアンナからプラズマのようなものが発せられる。
そして…
「ぐおおおおおおお!」
アンナの目が白目になり、牙が生えたように歯をむきだしにして盗賊に飛びかかった。
がっ! と右の盗賊の首に刀がかかったと思ったら、五人ほど左の男の首を通り過ぎた。
「へっ?」
「あら?」
「なに?」
「おっ?」
「はっ?」
男達は間抜けな声を上げて首を転がした。そしてアンナは止まる事も無く、すぐそばの男の握った剣を腕ごと下から蹴り上げ、自分の剣でその軌道を変える。するとその男が持つ剣は自分の喉に吸い込まれ後頭部から出て来た。アンナは反対の足でそのまま男を蹴ると、その後頭部から突き出た剣が後ろのヤツの頭に刺さる。
一瞬で七人。
俺はようやくめまいから立ち直り、体を立て直すとやたらと盗賊がゆっくりに感じられた。身体強化と思考加速のおかげでかなり敏感に体が動くようになった。俺はアンナの三メートル後ろに立って、杖を上に掲げる。そしてアンナに叫んだ。
「エンド! 伏せて!」
一人の首を斬り飛ばしたアンナが、シュッと態勢を低くした。そこに俺は電撃魔法を発動させる。
パリパリパリパリ!
電気が一気に十メートル四方に広がり、男達の動きをかなり鈍くする。
水さえあればもっとテキメンなのに!
だが、それで十分だった。
「かぁぁぁぁ!」
アンナが思いっきり深く息を吐いた次の瞬間、動きの止まった盗賊達の中に踊り出て頭を刺し首を斬り目を貫く。なすすべも無く盗賊達が絶命した。しかもアンナと俺は思考加速と身体強化を施しているので、そいつらが倒れる前に次の集団に突進していた。
もう俺も必死だった。犯されたくない一心だった。これこそ死に物狂いというやつだ。
すると盗賊の後の方から声が聞こえる。
「散開しろ! 魔法使いがいる!」
その言葉に俺達の周りにいる盗賊が逃げようとするが、その時はもう遅かった。アンナがしゃがみ込んだ瞬間に俺の電撃の輪が広がり、一気に十メートル四方の盗賊の動きが止まった。
「今!」
俺が言うと、アンナがバッと弾丸が撃ちだされるように飛び出して、次々に盗賊を絶命させていく。俺がアンナに追いつ居た時には周りの盗賊は絶命し、その更に周りにいた盗賊が命からがら逃げだした。
するとアンナが俺に言った。
「あのデカい皮の鎧を着た奴は多分騎士崩れだ。指示が的確で判断が早い」
俺が見る先には頭と呼ばれていた男が立っていた。
「アイツか!」
「先に仕留める! ついてこい!」
アンナが走り俺が辛うじてそれについて行く。だが確かにアンナの言う通り、その男は判断が早かった。
「おい! こっちに来るぞ! 俺を守れ!」
その男の前に、十人の盗賊が立ちはだかった。俺はアンナに言う。
「電撃で止める。斬らずに突破」
「御意!」
魔法の杖に溜めた魔力を一気に放出し、その十人に電撃を浴びせる。男達は体を痺れさせ、動きが緩慢になった。恐らくまともに戦う事は出来ない。
男達で作られた壁を突き破り、アンナと俺は飛び出ていく。頭と呼ばれた男とその周りの集団が、剣を構えて俺達に攻撃しようとしている。
「こっ! 殺せ! たかが女二人! やった奴に死体をくれてやる!」
おえっ!
俺はアンナに聞こえるくらいに言う。
「直前で体勢を低く!」
「御意!」
アンナがまるでトカゲのように上体を低くして走る。俺はそれを見計って、親分めがけて電撃を飛ばした。広範囲には飛ばせないが単体になら電撃は届く。
「ぐあっ!」
パリパリパリ! 皮の鎧を着た男は煙を立てて、失神しそうになっていた。アンナは盗賊達を突破し、皮の鎧の男の眉間に剣を突き立てた。するとそれを見た盗賊達が、わらわらとその場から離れていく。俺はようやくアンナに追いついて、アンナの背に自分の背を付けた。
「ふぅふぅふぅふぅ」
どうやら俺の体に限界が来ている。するとアンナが俺に言った。
「大丈夫か?」
「もう、余り動き回れないかも」
「魔力か?」
「それは問題ない。体力の問題」
「…わかった。なら聖女はここで自分を守れ。結界でどのくらい持つ?」
「やった事無いから分かんないけど、魔力の続くまで」
「なら、後は任せろ」
俺は飛び出そうとするアンナを引き留める。
「もう少し奥の手がある!」
「やろう!」
俺は魔法の杖をアンナにかざし魔法をかけた。
「敏捷性強化、攻撃力強化、自動回復付与、あと剣を出して!」
アンナが剣を俺の前に出したので、剣にも魔法の付与をする。
「電撃魔法付与!」
そして俺は最後にアンナにもう一度結界をかける。若干の魔力の減りを感じながらも、アンナに与えうる魔法を全てかけた。アンナは振り向いてにやりと獣のように笑った。
「十分だ」
アンナは、司令塔を失った盗賊達に踊りかかって行った。すぐさま俺は魔法の杖を掲げて叫ぶ。
「絶対結界!」
俺の周りにドーム状の光が下りる。俺に突撃して来た盗賊が、見えない光の壁に激突して倒れた。数人が剣をかざして結界を斬りつけるが破られる事は無かった。
「いつまでもつかな…」
俺は魔法の杖にしがみつきながら、ただただその場でアンナを待つしかなかった。アンナが終わったら俺も終わる。魔力は無限じゃないので、このまま朝までこれを継続できるかは自信が無かった。朝になっても盗賊が居ればいずれにせよ俺は終わる。
そう思った時だった。
ズド!
目の前で剣を振りまわしていた男の喉から短剣が突き出ていた。ドサリと男が倒れると、そこには俺達が助け出した獣人の女がいた。慌てた男達が獣人の襲い掛かる。
「てめえ!」
だが獣人の女は盗賊の一人を交わして、その足を短剣で斬った。
「ぐあ!」
他の盗賊が剣を振りかざして獣人に振り下ろす。それを見た俺はすかさず、結界から杖を突きだして転ばせた。転んだ男の頭に獣人が短剣を振り下ろす。
襲撃に気が付いた盗賊が獣人に飛びかかったので、俺は獣人に言った。
「飛んで!」
すると獣人の女は上空三メートルくらいに飛びあがった。俺はすぐさま結界の外壁から電流を放つ。
「ぐああ!」
「おがあ!」
「うぐう!」
体を麻痺させながら盗賊が倒れた。そこに獣人が着地して、次々に頭を刺してとどめを刺していく。そこで俺は一度絶対結界を解いた。
「来なさい!」
獣人の女は俺の言葉に従ってそばに寄る。
「思考加速! 身体強化! 俊敏性強化! 腕力強化!」
次々に獣人に強化魔法をかける。その隙にじりじりと盗賊達が向かって来た。俺は杖を盗賊達に向けながら後ずさる。
「へへへ! 魔法使いさんよ! ここまで近づけばこの人数は対応出来ねえだろ?」
「しっかし綺麗だなあ」
「死体でもいいからやりてえ」
「生きているうちに気持ちいい事しようぜぇ」
盗賊が嫌らしい顔で言う。他の男達も舌なめずりしながら近づいて来た。だが俺はそれを無視して獣人の女に言う。
「あなたの身体強化なら行ける! 私が魔法を行使するから、好きに暴れて!」
俺は近くに寄った奴に向けて電撃を放つと、そいつは失神して倒れた。だが他の方向から盗賊が俺に手を伸ばしてくる。
「ひっ!」
俺が間抜けな声を出して身を縮めてしまうが、獣人の女が一人を突き飛ばして転ばせ、もう一人の腹に短剣を刺した。
「ぐえっ! こ、この死にぞこない!」
獣人の女が蹴飛ばして刺した男を転がす。だが違う角度から盗賊が斬りかかって、獣人の背中を斬った。
「ぐう!」
獣人の女が膝をついてしまった。俺はその背中に杖を向けて回復魔法をかける。傷は一瞬で消え獣人の女は回復した。
「来るよ!」
次に飛びかかって来る盗賊に向けて、獣人の女は手を伸ばして首をひっかく。すると首の肉が抉られてどぼどぼと血を流す。
「自分の身体じゃないみたいだ」
「強化したからね」
そんな事を話しているそばから、盗賊の男が剣を腰にためて突き入れて来た。俺はスッと魔法の杖を突きだすと、盗賊の男がその杖に突っ込んでしまう。喉の下あたりに入った杖で変な声をあげた。
「けくっ!」
男は白目をむいて倒れた。だが俺と獣人はじりじりと後ろに追い詰められていた。
「来て!」
獣人を俺の側に置いて、再び絶対結界を張った。
「ハアハア」
「フゥ」
獣人は食事も満足に与えられていなかった為、動きが取れなくなってきていた。そこに強化魔法をかけたものだから、体力は一瞬だけ向上したに過ぎない。かくいう俺も息を切らしつつある。
すると下卑た笑いをした男達十人が俺達の周りを囲った。
やっべぇなあ…。こりゃ詰んだか?
そう思っていた時だった。俺達ににじり寄って来た盗賊達の首が突如転がった。
「へっ?」
「えっ!」
すると倒れていく男達の後ろに人影がある。血まみれになったアンナだった。
「まさか!」
するとアンナがにやりと笑って言う。
「終わった」
俺が結界をといてアンナに近づく。
「この血は? 怪我してるの?」
「いや。聖女のおかげで無傷だ。小さい傷はたちまち治ったしな。これは返り血だ」
「よ、よかった」
すると次第に空が紫色に色づいて来た。どうやら夜が開けつつあるらしい。
ドサ!
獣人の女が倒れた。
「大丈夫!?」
「大丈夫だ。だけど動けそうにない」
俺はすぐに獣人に回復魔法をかける。そして俺の顔の目の前にアンナが顔を出す。
「魔法は解けるか? 力が漲って仕方がない」
実は解除の魔法は無かった。
「ごめん。アン…」
俺は獣人の前でアンナの名を呼びそうになり言い換える。
「エンド。自然に消えるのを待つしかない」
「それはそれで辛い。なんと言うか…」
「なんというか?」
「オリジンを犯してしまいそうだ」
えっ! いいけど! アンナなら俺を自由にしてくれていいけど!
だがそんなイケメンの言葉を吐いたアンナに俺が言う。
「その前に、ジェーバとルイプイを連れて来て」
「はは、そうだな」
そしてアンナはそこを立ち去った。俺達の周りには百の盗賊の死体が転がり、朝日が東の空を赤く染めだしたのだった。
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