第84話 窮地に立たされる

 俺達の馬車は遅かった。馬が年老いているという事もあるし、一頭だてで五人乗っているのだからそれほど速く走れるわけが無いのは当然だ。けもの道が斜面になっているので、まあまあのスピードを保っているというだけだった。


 アンナが俺に言って来る。


「いずれ追いつかれる」


 なるほど困った。もちろん綿密な計画を立てていたわけでは無いので、こんな状況になってしまいパニックを起こしているというのもある。だがそれでも何とかするしかなかった。


 獣人の女が馬車の後ろを見て言う。


「盗賊が来た!」


 マズい…


 俺は荷台の三人にそのあたりにつかまっているように言う。そして前の席に行ってアンナの隣に座った。アンナの方から聞いて来る。


「どうするオリジン」


「下りきったら一か八かやってみる」


「なにを?」


「馬に、身体強化魔法」


「効くのか?」


「わからないけど。電撃はワイバーンにも効いた」


「すごいな」


 そして俺は杖を前にかざしてその時を待つ。だが、そうそう思い通りにはいかなかった。なんと先に下って行った男達に馬車が追いついてしまったのだ。そいつらが俺達を見ると踵を返して、剣を抜いて駆けあがって来た。


「もう使う」


 俺は馬に対して、身体強化魔法をマックスでかけた。すると馬は爆発的に加速し、前から来る盗賊の集団に突き進んでいく。するとアンナが俺に言う。


「手綱を!」


「えっ! えっ!」


 馬も乗れない俺がとりあえず、アンナから手綱を受け取って訳も分からず振る。すると馬は更に速度を増して坂を駆けおりていくのだった。


 アンナは立ち上がり剣を抜いた。するとダッ!と前を走る馬の背に飛び移った。盗賊の男達はすぐ前に迫っている。だが馬の勢いに驚いて左右に割れて剣を刺して来た。アンナがそれを迎え撃つのだった。


 キンキンキンキン! シュバッ! ザクッ! ザシャァ!


 アンナが剣を弾きながらも数人の首を刎ねた。馬車はそのままの勢いで盗賊たちの間を駆け抜けて、けもの道を下って行った。だが悪い事は続くものだ。荷馬車がそのスピードに耐えかねてがたがた言い出したのだ。


「どうしよう! もたないかも!」


「もうすぐ平地だ! そしたら思いっきり手綱を引け!」


「わかった!」


 森を抜け街道に出たところで、俺は思いっきり手綱を後ろに引いた。すると荒ぶる馬は後ろ足二本で立ち、ヒヒーン! といなないた。そして次第にゆっくりとなっていく。


 なんと急ブレーキをかけた馬は、しばらくゆっくり走って唐突に動かなくなってしまった。頭をうなだれてゼイゼイと言っている。恐らくは身体能力の限界を超えて走らせたことで、体がかなりヤバい事になっているのだ。


「来た!」


 女の獣人が叫ぶ。後ろを見ると盗賊達が丁度、けもの道から街道に出て来てこちらを見ていた。


「どうする? エンド! 降りる?」


「降りて逃げるしかない。だがすぐに追いつかれるぞ」


 確かに。ジェーバとルイプイは走るなんて無理だろう。歩く事もやっとで身体強化でここまで来た。だがそれもそろそろ限界が来ている。


 どうするか? このまま追いつかれてしまうと、女達が殺されてしまうかもしれない。


 もう決めるしかなかった。


「エンド! 二人で迎え撃つ!」


「わかった」


 アンナは即答した。このままでは皆がなぶり殺しにあってしまう。迷っている暇はないのだ。アンナが馬を降りたので俺も御者席から地面に降りた。そして荷馬車の後ろに向かって行き、荷馬車の中の三人に向かって言った。


「私達がここで食い止めるから。あなた達は逃げなさい!」


 ルイプイが言う。


「えっ、あの! 話をすれば何とかなるんじゃ…」


「もう無理。相手を殺してるし、そもそもが女を逃がしてくれるとは思えない」


「…」


 そして俺の隣りにアンナが来た。アンナは自分の腰から予備の短剣を取り出して、トン! と荷馬車の床に立てた。


「獣人なら少しは戦えるだろ? 二人を連れて北に走れ」


「おまっ」


「早く行け!」


 三人を馬車から降ろして、先に進むように言うと三人は渋々街道を走って行った。そうしているうちに、盗賊の集団はこちらに迫ってきている。だがすぐには襲い掛かっては来ないようだった。


「あれは何をしているんだ?」


俺の問いにアンナが答えた。


「仲間を全部集めてなぶり殺しにするつもりだ」


「なぶり殺し…」


 俺が青ざめて言うとアンナが冷静に言った。


「約束は守る」


 アンナとした約束は、俺を絶対に守るというものだ。だが百人を前にしていう余裕はない。


「どうするの?」


「わたしが斬り込むから。その間に聖女は逃げろ」


「…」


「早くしろ!」


「ダメ」


「何がダメだ?」


「それは約束が違う。こんなところで終わるのは約束してない」


「馬鹿か? あれが見えないのか?」


「見えている。だけど私は帝国の軍隊を大量に殺したんだよ」


「‥‥‥」


 アンナが黙った。


「私を誰だと思ってるの? カルアデュールの英雄だよ。田舎の盗賊ごときに逃げたら聖女が廃る」


「わかった。でも、どうする? もう敵は待ってくれない」


 確かに。このあたりに川は無いし、帝国とたたかった時のような手法は使えない。頼れるのはアンナの剣技と、俺の魔法だけだった。


 肉弾戦か…。俺は喧嘩は大の苦手なんだよなあ…。普通に考えたら俺はここで死ぬよなあ。いやその前に盗賊たちの慰み者になる?


 俺の背筋がゾゾゾとなった。それならアンナに斬ってもらう!


 俺がそんな事を考えていると、盗賊達が雄叫びを上げた。もう何も考える事は出来なかった。


「聖女。勝つぞ」


「うん」


 たぶんアンナに根拠はなかった。恐らくは俺を鼓舞する為に言ったのだろう。勝算が見当たらなかった。相手は百人からの盗賊、せめてこっちが十人いたら何とかなったかもしれない。


 しかし無情にも時間は待ってくれなかった。雄叫びをあげた盗賊達がじりじりとこちらに向かって進み始めたのだった。

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