第83話 脱出
アンナが牢屋の扉を開いて中に入っても、獣人は飛びかかっては来なかった。既に本能で上下関係が分かっているのかもしれない。アンナは三人に足枷の鉄の輪を前に出せと言った。
俺がアンナに聞く。
「どうするの?」
三人がアンナに怯えているが、アンナは何も言わず鉄の輪を斬った。
キン!
鉄の輪が落ちて、三人は自由になって立ち上がる。
ぶっとい鉄が斬れるんだ‥‥
俺が驚いているとアンナが三人に言う。
「出て」
そして三人は言われるままに外に出た。俺が入り口の方に行って薄っすらと扉を開けると、まだ向こうの方で魔獣と盗賊達の争う音が聞こえている。
「今なら逃げれるかも」
「まて」
俺が出ようとするとアンナが俺を止める。そして三人に振り返って言った。
「助かりたいか?」
すると三人がコクリと頷いた。
「なら、逃げるな。そしてわたし達から離れるな」
「わ、わかった」
獣人の女が代表して答えた。俺は落ち着いて、三人に杖をかざす。
「元が強くないからどれだけ効くかわからないけど、もしかしたらあなたには効くかもしれない」
獣人の女を見ながらそう言って、俺は三人に結界を施し次に身体強化魔法をかけた。これで人並以上には走れるようになったはずだ。大分衰弱しているようなので、そう長くは走れないだろう。
「じゃあ」
俺がそっと扉を開けて外に出る。こっちに盗賊は来ていないようで、向こうで何やら騒いでいるようだ。その建物を出るとアンナが三人に言う。
「あたしについて来て。オリジンはその後ろを」
「わかった」
アンナが先を走るが、俺達がここに来た時よりもゆっくり目に走っているようだ。どうやら弱っている三人にあわせているらしい。裏手に人のいない事を確認して進んでいくと、どうやら三人は身体強化によりなんとかついて来れるようだ。
しかし、獣人以外の二人はあっという間に息を切らしてしまう。
「ま、待って…」
「はあはあ」
アンナは立ち止まり二人の元へと行く。
「急がないと、見つかるぞ」
「で、でも」
仕方がないだろう。今の今まで牢に入っていたのだろうし、見るからにやせ細っている。十分な栄養が取れていないのだ。
俺が皆に言う。
「とにかく歩こう。ゆっくりなら行ける?」
二人が頷いた。すると女の獣人が言う。
「あいつらがきたら、自分で何とかする」
するとアンナが言った。
「お前も衰弱している」
「大丈夫」
確かに獣人の目は死んでいなかった。そして俺達はそのまま歩いて先を進む。載って来た馬車が生きていれば多少はなんとかなりそうなんだが…
「しっ」
アンナが止まって口に手を当てた。
「なに?」
「静かになった。恐らく魔獣を撃退したのかもしれない」
確かに。いつの間にか集落に静けさが訪れていた。話し声などはするものの、戦闘している様子はない。
「いつの間に…」
「恐らく、CランクかBランク相当の腕の奴がいる」
「それって、妹さんと比べるとどう?」
「弱いが数にもよる」
「なるほど」
そしてアンナは三人を見た。三人は困ったような顔をしてアンナを見つめる。次にアンナが俺に聞いて来る。
「オリジン。三人を連れて集落の入り口から抜けるのは危険だ。森を抜けよう」
「えっ? でも魔獣いるんじゃない?」
「いるだろう」
「三人を守り切れないんじゃ」
「いや。わたしとオリジンの魔法を使えば問題ない」
なるほど。ならば俺はアンナに従うだけだ。
「じゃあ、行こう」
「ああ」
そして俺達は森に足を踏み入れた。しばらく進んでいくが、トゥーステイルリザードは現れない。しかし俺達が出て来た集落の方から口笛が聞こえた。
ピィィィィィ!
するとアンナが言う。
「脱獄したのがバレた。急ぐしかない」
そして三人が頷いた。どうやら森を走る決心をしたらしい。ならば俺は全力でこの三人を守りきるしかない。俺は自分に身体強化と思考加速を施し結界を張る。アンナが走り出したので、三人が後をついて行きその後ろを俺が走った。
だが走りなれない森の為、ジェーバとルイプイは転んだり枝に弾かれたりしてなかなか進めなかった。
「まってエンド! ちょっと無理かも!」
「そうか」
一度、五人は森の中に身を潜める事にした。盗賊も魔獣が出た後なので、容易に森には入ってこないだろう。だがこのまま、ここにこうしている訳にもいかない。
俺達が止まって耳を澄ませていると、男達の怒声が聞こえて来た。どうやら脱獄した三人を追って、けもの道を駆けおりているらしい。かなりの人数の足音が聞こえる。
「エンド。ちょっと閃いたんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「一度集落に戻ろう」
俺がそう言うと、アンナだけじゃなく三人も目を丸くした。そして獣人の女が言う。
「やはり、うちらを見捨てるんだな!」
「違う違う。むしろ逆かも、あなた達の足じゃ逃げきれない。だから盗むことにした」
「なにを?」
「馬」
「馬?」
「私達が乗って来た馬はまだあるはず」
するとアンナが頷いた。
「確かに。その方が守りやすい」
「決まりだね」
ルイプイが俺に言う。
「でも、盗賊に捕まっちゃうんじゃない?」
「いや。先ほどの足音を聞いたでしょ? 結構な人数が出たみたいだし、馬車を盗み出すなら今しかないかも」
三人は黙る。だが俺は三人に言う。
「大丈夫。必ず連れだすから、信じてほしい」
俺の目を見て女の獣人が言った。
「嘘をついてない。この女は本気だ」
すると二人が言う。
「わかった、いく」
「信じる」
どうやらこの二人は、女の獣人に対しかなりの信頼を置いているらしい。俺達は今降りて来た道を再び集落に向かって上がっていく。予想した通り、集落の人の気配は少なくなっているようだった。
するとアンナが言う。
「馬はたぶんこっちだ」
俺と三人がコクリと頷いてアンナについて行く。するとアンナが言った通り、俺達が乗って来た馬と荷馬車が集落の端に置いてあった。すると獣人の女が言う。
「随分くたびれた馬だな…」
それに私が答える。
「これでなんとかするしかない」
そしてアンナが三人に告げた。
「荷台の物を全部降ろそう。軽くするんだ」
皆で荷台の荷物を降ろしている時だった。アンナがぴたりと止まって言う。
「動くな」
俺達がぴたりと動きを止めた。すると足音がこっちに近づいてくるのが分かる。馬車から荷物が散乱しているので気づかれるだろう。
「エンド! 行こう!」
「ああ」
俺達五人が馬車に乗り込んで、アンナが手綱を握った時だった。男の怒声がなった。
「おい! おまえ! そこで何をしている!」
パシィィ!
アンナが手綱をうって馬を急発進させた。ルイプイとジェーバが転がるが、あたりを抑えて何とか体を固定した。進む馬車の後ろを見ると、大勢の男達が建物から出て来て馬車を追いかけてくるのだった。
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