第81話 盗賊と魔獣
暗闇の森の木の上で俺は緊張して待った。盗賊達は夜通し酒盛りでもしているのか、いまだに灯りがともされている。一向に寝静まる気配が無いので、どうしたものか迷っていると動きがあった。アンナは何事も無かったような涼しげな顔をして監視している。
「人が出て来た」
集落のひときわ大きなあばら家から、四人の男達が出て来た。その男達は足取り重く集落の端の方へ向かって歩いて行く。そして集落から少し出たところで固まって話をし始めた。
「なんだろう?」
「何か変な雰囲気だな」
「行ってみよう」
俺とアンナが森の暗がりに潜み、出て来た男達の集まった方向へと向かった。集落から出て一体何を話しているのだろう? 再びアンナの足跡を辿るようにして進む。万が一、枯れ枝でも踏んで音を出したら大変だからだ。
男達の近くの茂みにそっとしゃがみ込んで、男達の話し声に聞き耳を立てる。どうやら男達は酒を飲んでいるようで、声がやたらとデカい。それでもひそひそ話をしていると思ってるらしい。
「なんで俺達がいかなきゃならねえんだよ!」
「まったくだ」
何かに不満を言っているようだ。
「だけどよ。火に頭を突っ込んで死んでたんだろ?」
「ああ。眠りこけたまま動かなくてよ」
するともう一人の男が言った。
「なんで置いて来たんだよ!」
「頭が連れてくのが、めんどくせえとか言い出したんだよ!」
「放置したら魔獣に食われるだろうが」
「別にそれならそれでいいんだとよ」
「はあ…相変わらずだなあ。だけど他の奴らも来ねえんだろ?」
「それを連れて来いってさ」
どうやら俺達が始末した盗賊達を連れてくるように指示されたらしい。これはチャンス到来だ。さっきは電撃で麻痺させて話を聞く事が出来なかったし、声を発したら他の奴らに気づかれると思った。だが四人が皆から離れるのなら、喋らせても他の奴らに気づかれる事はない。
だが…話の続きを聞くとそういう訳にもいかなそうだった。
「探したふりして適当に帰ろうぜ」
「そいつはいい! あと俺達が行かなくても、そのうちきっと帰って来るぜ」
「そうだそうだ」
なるほど。盗賊って人種は仕事をしたくないらしい。ま、だから盗賊なんだろうけど。
「だけどこんなところで、たむろってるところを頭に見つかったら殺されるぜ」
「たしかにな。なら適当にそのあたりに隠れているか?」
「魔獣出ねえかな?」
「そんときゃ、アジトに逃げればいいだろ」
「ちげえねえ」
そう言って男達は、登って来たけもの道の方へと進み始めた。
「なんて適当なんだ」
俺がアンナに言うとアンナが答える。
「だから盗賊なんてそんなもんだ。どうする?」
「ついて行こう」
そして俺とアンナは集落を出た四人を追って、森の暗闇を進んでいく。俺がアンナの足跡に集中して進んでいくと、唐突にアンナが立ち止まった。
「どうした」
「しっ!」
アンナから気がたちこめている。そしてアンナはスンスンと鼻で臭いを嗅いだ。すると俺の腕を掴んで、一気に木の上の枝に飛び乗った。
「どうしたの?」
「しっ!」
アンナの気が張り詰めている。すると俺の耳に手を当てて言った。
「魔獣の生臭い臭いがする。恐らく大量に人が死んだから、その臭いにつられて寄って来たんだ」
俺の背中に緊張が走った。冷たい汗が背中を滑り落ち、俺は思わずアンナにしがみついてしまう。そしてアンナが俺に告げる。
「こっちに近づいて来た」
えっと、こういう時に使える魔法があったはずだ! えーっとえーっと!
俺は軽くパニクりながら、いろいろと思い出していた。
ガサガサ! と草むらをかき分けて出て来た奴を見た時、俺は思わず声を出しそうになるのを耐えた。めっちゃくちゃビビッてさらにアンナにしがみつく。
…恐竜じゃねえか…
出てきたのは一メートルから一、五メートルくらいの、ヴェロキラプトルという恐竜に似た魔獣だった。ヴェロキラプトルよりも小さいと思うが、それが数匹草むらから出てきたのだ。
スンスンと臭いをかいであたりを探しているようだ。
どうやら俺達の臭いを嗅ぎつけたらしい。そして俺達の木の真下まで来て、そいつらが鼻を鳴らす。
やっべえ!
すると涼しい顔をして、アンナが俺の耳に手を当てて言う。
「あれごときトカゲ、どうと言う事はない。それよりも数が出た場合、戦えば盗賊に気がつかれる可能性がある」
なるほど。そりゃそうだ。こんなところで大立ち回りをすれば、人間がいる事がバレてしまう。
だがその時ピンときた。
俺はすぐさまその魔法を自分達にかける。
「気配遮断、生体遮蔽、結界」
アンナが耳を寄せて聞いて来る。
「なにをした?」
「動かないでね。動くと解けるかもしれないから。私達の気配と体臭を遮断して結界で包んだ」
するとヴェロキラプトルみたいな魔獣達は、男達が立ち去った方向に向けて行ってしまった。
「ふうっ」
するとアンナが面白そうな顔で言う。
「便利な魔法があるんだな、これがあればもっと簡単にダンジョンに潜れる」
「動けばバレるし、だだっ広い荒野じゃ意味をなさないよ」
「でも役に立つぞ」
俺はもちろん冒険などした事が無く、ダンジョンに潜って魔獣と戦った事も無いので分からないが、どうやら俺の能力はそこでも使えるらしかった。
「トカゲは行った」
アンナは俺の腕を掴んで地上に降り立った。動いた事で生体遮蔽や気配遮断の効果は弱まる。
すると盗賊達が向かった方角から叫び声が聞こえた。
「うわぁあぁ! でたあ」
「逃げろ! 」
「急げ!」
「やっぱ来るんじゃななかったよ!」
ドドドドドド! 男達が、けもの道を駆け抜けていき、数匹のヴェロキラプトルみたいな魔獣が追って行った。
「あれなんて言う魔獣?」
「トゥーステイルリザードだ。尻尾の先にするどい牙のようなものが生えてる」
「人を食べる?」
「肉食だ」
おっかね! てか! 怖いのは盗賊だけじゃないじゃん! 俺は改めて自分がいる場所の危険性について再確認してしまうのだった。だがそんな事は言っていられない。これは俺の仕事の一つの区切りなのだ。ここで魔獣が出たからと言って逃げるわけにはいかない。
するとアンナが言って来た。
「わたしは今回、初めてパーティーを組む。今まではずっと一人でやっていたけど、術使いが側にいるとこんなにも楽だと知った」
「えっと、私の魔法って魔獣に使えるの?」
「人間より効きは悪いが、間違いなく足止めくらいはできるはず。聖女は魔力切れを知らないんだろ?」
「切れたことがない」
「ならトゥーステイルリザードなど、わたし達の敵ではないよ」
アンナが言うなら間違いないだろうが、俺は正直なところ魔獣に対してどういう対処の方法をすればいいかわからない。
「あの、アンナが魔獣に対してしてほしい事あったら指示を頂戴。それにあった結果が出るように魔法を行使してみるから!」
「わかった!」
俺達は盗賊と魔獣が昇って行ったけもの道を、盗賊の集落に向けて駆け上がり始めるのだった。
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