第79話 盗賊の辱め
約束通りにアンナは躊躇なく盗賊を殺した。もちろん俺も既に覚悟が出来ている。しかし情報を聞きださねばならないので、アンナに一言忠告する。
「なんとか捕らえられそうな奴がいたら無傷で捕えたい。他の人の視界から外れた人を教えて」
「わかった」
そして俺達二人は、森の暗がりから暗がりへ向けて移動していく。だがどうしても一人で独立して動いている人間はいなかった。
「火の周りに集まってるね」
「あそこは危ない。近寄れば聖女が危険にさらされる」
「いや…いい事思いついた」
俺は杖をそっと暗闇から掲げて、火の回りに集まっている奴らの方に向けた。
「ソウルスリープ」
そう言って杖の先に息を吹きかけると、闇に紛れた影が焚火の周りの男達に飛んでいく。すると男達はドサドサと倒れ始める。頭を火に突っ込んだ奴もいれば、火の至近距離に倒れた奴もいる。頭を火に突っ込んだ男の上に覆いかぶさるように倒れる奴もいれば、幸いにも火から離れた方向に倒れた奴もいた。
「死んだのか?」
「眠らせた。何があっても数時間は起きない」
「凄いな」
「咄嗟の時には使えない魔法。でも起きた時は結構スッキリするけどね」
「自分に使ったのか?」
「余りに興奮してしまった時とかにね。だけど安全なベッドの上でだよ」
「その方が良い」
次第に肉の焦げたような匂いがしてくる。俺は思わず吐き気をもよおしてしまう。
「我慢しろ」
「は、はい」
俺達が見張っていると、頭を突っ込んだ男と火の側に倒れてしまった男がどんどん燃え出す。それを見たアンナが聞いて来る。
「なんであれで起きないんだ?」
「分からない。そういう魔法だからとしか言いようがない」
そんな話をしていると、アンナが俺の口に人差し指を当てて草むらにしゃがみ込ませる。しばらくすると、俺達の脇を気づかずに男が火に向かって行った。火の方から男の声がした。
「おい! 燃えてるぞ!」
「なに? 死んでるのか?」
「いや、こっちの奴は寝てるだけだ!」
「こいつもだ!」
「おい! おい!」
男達が寝ている奴らを起こそうとするが、深く眠りについており全く起きようとしなかった。
「な…なんなんだ」
「なんでこんなことに…」
盗賊が動揺して後退りしていく。するとそこに大柄の皮の鎧の男がやって来て言う。
「なんだ?」
「目を覚まさないんでさぁ!」
「なんだと」
大柄の男が寝ている男の襟首をつかんで持ち上げ、パンパンパンパン! と痛そうなビンタを何発も繰り出すが起きなかった。
「どうなってんだ…」
するとボロ布を着た男が言う。
「どうしやす?」
「何かがおかしい…」
とその時、その大柄な皮の鎧の男がこちらに視線を向けた。俺は気づかれたと思って慌てて木に隠れた。するとアンナが俺に静かにするようにと念を押して来る。
アンナが剣に手をかけて構えた。俺もすぐに魔法を発動させるように準備をする。じりじりと人が近づいて来る気配がして、俺達はその場から動き出す事が出来なくなっていた。
だがそこに声が聞こえた。
「頭(かしら)! 馬車には食いもんと特産品、それにほら! こんなデカい鞄があったぜ!」
「おう」
俺達の頭の上で声がした。どうやらすぐそばまで来ていたらしい。だが声をかけた男の方に向かって歩いて行くのが分かる。俺はホッと胸をなでおろした。
「開けろ」
「鍵がかかってるんでやす!」
「ぶっ壊せ」
「へい」
そして俺達バックが斧で壊されていく。
ああ…。くそ! 俺とアンナの服が!
「お! 上等な女の下着だ!」
「胸当てもあるぞ!」
「本当だ!」
「女の下着だと?」
「ちっさいなあ…」
「に、匂いを嗅がせろ!」
「俺にもくれ!」
「なんだぁ。いい匂いすんなあ…」
「ほんの少しシミになってないか?」
「それは俺にくれ!」
「ダメだね」
や、やめてくれ! ぐぎぎぎぎ!
汚い男達に二人の下着をもて遊ばれている。こんな屈辱的かつ気持ち悪い事は今まであったろうか? アンナなら分かるが、俺の下着まで…おえっ!
「こ、殺してやる!」
俺がぎりりと拳を固めて、魔法をくらわしてやろうかと思っていたら、アンナが俺の手を引いて森の奥へと動き出す。俺はアンナの足跡を踏むようにして静かにその場を去った。
「もう少しで見つかる所だった」
アンナが言うが、それよりも俺達の下着がもてあそばれた事の方が許せない。だが一度深呼吸をして冷静になる事が出来た。アンナがいなければ、魔法を発動してどうにかなっていたかもしれない。
「ごめん」
「聖女が謝る事じゃない。だけど…許せない」
「許せない!」
俺もコクコクと頭を下げた。
「盗賊が何人いるか分からない以上は下手に手を出せない」
それも分かっている。だけど、さっきはちょっとイラッとした。
「盗賊を捕らえる作戦は止めた。なんとかアジトを突き止めて一網打尽にする」
「聖女、怒ってる…」
「アイツらは絶対にやってはいけない事をした。制裁を加えなければ気が済まない」
「わかった。そのうち諦めるだろう。アイツらは所詮その程度の組織でしかない」
「わかった」
そして俺達は暗闇の森に潜み、盗賊達が諦めて動き出すのをじっと待つ事にする。そこで俺はアンナに提案する。
「身体強化魔法をかけてもいい?」
「いいが?」
俺はコクリと頷いてアンナに、思考加速と神経集中の魔法をかけた。すると一瞬アンナはぐらりと体を揺らした。
おっと!
俺はアンナを支える。しかしアンナはすぐに起き上がった。
「一瞬めまいがした」
「初めてだからね。体が慣れてない分、どうしてもそうなっちゃう」
「だが…」
「どう?」
「広範囲の敵の位置が分かる! しかも手に取るように分かる!」
「しっ!」
「あ、すまない。凄いぞ…すごい。ゆっくりに感じる」
「それでどうにか出来そう?」
「やれそうだ」
俺はアンナに手を引かれて、更に森の奥へと進んで行った。すると斜面を登り始めて崖の上に寝そべるように言われる。
「どう?」
「凄い。盗賊は、あそことあそこに固まっていて、数人が散らばっている。わたし達を探しているようだ。動きが探しているような動きになっている」
「アンナも凄いね。感覚を強化したらそんな風になるんだ?」
「聖女はならないのか?」
「えっと少しだけね。だけど元が凄くないから」
「能力を伸ばす魔法か?」
「そう言う事」
そしてアンナが崖の上に寝そべりながら、森を凝視し続けている。しばらく眺めていると、アンナが俺に言って来た。
「どうやら一か所に集まっているらしい。動くんじゃないか?」
「追ってみよう」
「わかった」
そして俺は再びアンナに手を引かれるように斜面を降りていく。またアンナが言った。
「凄い。何処に何があってどう動けばいいか瞬時に分かる」
「私にはアンナの力が分からないからだけど、そんなに効果が出るとは思ってなかった。きっとアンナの修業した体は、バフ魔法が通りやすいのかもしれないね」
「他にもあるのか?」
「あるある。 私はバフとデバフの専門だから。それにプラスして回復と蘇生、結界と浄化が使えるかな」
「次に戦う時に試してみたい」
「じゃ、必要な時は遠慮なく行くね」
「遠慮するな」
「わかった」
アンナの足取りが来た時よりもさらにしっかりしている。どうやら暗闇の中ですべてが見えているのだろう。俺は来た時と同じようにアンナの足跡を踏んで歩くのだった。
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