第77話 第一村人

 王都を出発すると次第に夜が明けて来た。今までの仕事は夜のうちに済まして朝前には帰っていたが、今回の仕事は最後に残された難しい仕事。どのくらいかかるのかは検討がつかない。


 俺がアンナに言う。


「さてと、ギルド情報じゃ次の分かれ道で、右に入った先の山付近で盗賊が出たらしい」


「というと、見えているあの山だな」


 俺達が草原の先にある山脈を見る。


「結構距離あるね」


「ああ」


 もちろん俺達はリヴェンデイルには向かわない。そもそもの目的は盗賊に接触する事だ。二人はただひたすら、寂しい街道を突き進むことになる。とにかく検問を過ぎてしまえばこっちのもの、ただひたすら危険そうな道を選んで進むのみ。


 俺がアンナに言った。 


「後ろの荷物は特産物だけど、売るものでもないから食べちゃおう」


「そうだな」


 荷馬車の後ろに行って、いろいろとまさぐっていると干し肉や干し芋があった。とりあえず袋ごとそれを持って来てアンナの隣に座る。


 俺が袋から取り出して干し肉の臭いを嗅いだ。


「腐ったりしてないかな?」


 アンナに渡すとアンナがじっくりとそれを見る。そして臭いを嗅いだ。


「問題ない」


 流石はソロでダンジョンに潜っていた冒険者、食材が危険かどうかを瞬時に判断したようだ。アンナはそれを口に含んでもぐもぐしてみる。


「毒の類も無い」


「そう。じゃあ食べよう」


 そして俺も干し肉をぱくついた。


「固ったっ!」


「食った事無いのか?」


「ない」


「少し口に含んでもぐもぐして、柔らかくなったらちぎれ」


「なるほど」


 俺はアンナに言われたとおりに、干し肉を口に入れてもぐもぐした。


「しょっぱいね」


「文句を言うな。日持ちさせるために加工してあるんだ」


「なるほどね」


 この世界の食の技術は前世とは比べ物にならないほど低い。とにかく保存食はしょっぱいと言う事が分かった。メイドのみんなが美味しく調理しているから、俺の口に入る時はあんなに美味しくなってるのだ。


 もぐもぐしながら、明るくなってきた草原を眺めていると何かホッとした。よく考えてみれば、襲撃騒動があってからは王都の外に出ていなかった。俺は大きく伸びをした。


「わーーーーーーー!」


「どうした?」


「自由って素晴らしい」


「そうか」


「そう」


 これから盗賊に接触しに行くというのに、何故か俺は自由を満喫していた。まるで遠足にでも出て来たような気分だった。だが、あの貴族婦人研修の時はもっと楽しかった。絶対に俺は、またソフィアと旅行をすると誓う。


「なんか笑ってる」


 俺はソフィアとの旅行を想像してにやにやしていたらしい。だが仕方がない。


「えっと。そう? とにかく今回の仕事が上手く行くと良いな」


「だな。早くしないと騎士団が出るらしいじゃないか」


「そうそう。ちょっと聖女襲撃事件からこの方、騎士団が他の事に追われていたおかげで、盗賊の動きが活発化しているらしい。そろそろ目をつぶってはおかないと思う。結構被害も出てきているみたいだし」


「こっちが先に見つけないと、救出は出来ないだろう」


「だよねー。しかも先に見つけても説得できるとは限らない」


「ああ」


 このあたりは王都に近いため魔獣の数は少ない。時折、小さいウサギみたいなのがいるくらいだし、滅多に人間を襲う事は無いらしい。それなのに俺はワイバーンに襲われたけど。あれはテイムされていた奴だったから仕方がない。


 一応アンナも警戒してはいるようだが、それほどピリピリしたムードは無かった。半日ほど休まず進むと村が見えて来た。


「アンナは行った事あるんだっけ?」


「ダンジョンに向かう途中で立ち寄ったくらいだ。だけどほとんど素通りだ」


「ちょっと立ち寄って聞き込みして行こう。幸いにも商人の荷物もあるし」


「荷物をどうする?」


「食べ物と交換してもらう」


「…そうか」


 だってこんなしょっぱい干し肉と、固い干し芋だけだと辛いんだもの。とにかく何か食べ物と交換してしまおう。お金を払っているのだし有効活用するに越したことはない。


 村は木の塀で囲われているが、それほど厳重ではないようだ。王都に近い村なので小さな魔獣対策さえできていれば問題ないのだろう。そして俺は第一村人を発見するのだった。


「こんにちはー」


「あら? 女の人かえ?」


 畑仕事をしていたおばさんが、腰をトントンしながら立ち上がった。


「商人なんですけど、何か欲しい物ありますかね?」


「おやおや」


 するとおばさんは畑仕事しているみんなを呼んでくれた。


「おーい。商人さんが来たよ」

 

 ぞろぞろと六人ばかりが荷馬車の周りに集う。そして俺とアンナが馬車を折りて村人に挨拶するのだった。


「どうもこんにちは」


 するとおばさんが言った。


「あらら? 女の人二人旅かい?」


「まあそうです」


「どっちへ?」


「あの山脈を越えようと思っているんです」


 すると村人達がざわざわとしだす。そしておばさんが俺に言った。


「悪い事は言わない。あの先に行くなら戻って迂回したほうが良いよー」


「何かありましたか?」


「最近盗賊の出が激しいんだ。おかげで山から下って来る商人はぴたりと居なくなったよ」


 よっしゃ! 前情報通り! それならば盗賊に会う確率は高い。


「でも急ぐので」


「いやいや。女二人でなんか行ったら、慰み者にされて売り飛ばされるよ」


「そうですか…。それなら後で考えるとして、何か必要なものがあればお譲りしようと思うんです」


「そりゃありがたいけど…危ないんだけどねえ」


「まあまあ」


 そして俺達は荷馬車の荷物を見せる。すると雑貨や鍋などに目を付けたらしい。そして俺は村人達に言う。


「あの、お金じゃなくて何か食べ物と交換してほしいんだけど」


「えっ! お金はいらないのかい?」


「野菜とか他の食べ物があればそれと交換で」


「珍しい商人様だねぇ」


 だって売りに行く訳じゃないし。もし失敗したら盗賊に取られるだけだからもったいない。


「まんず、何か食べて言ったらいいべー」


 優しそうなお爺さんが声をかけて来た。


「いいんですか?」


 すると隣に立っているおばあさんが言う。


「特別なものはねえけど、暖かい物がいいかい?」


「おねがいします」


「わがりました」


 俺達は農家の人達からの新鮮な野菜や魚の干物をもらい受け、荷馬車に乗っていた雑貨と交換した。荷馬車を閉じて俺達はお爺さんとお婆さんの家に行く事になったのだった。

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