第75話 覚悟
名簿にある一覧を潰しながら仕事を進め早くも三週間がたった。俺は皆に心配されながらも、秘密の仕事を続けている。しかし奇跡的に誰も殺していなかった。運が味方したか、それともアンナが優れているからかは分からない。ただ俺とアンナが動き出してから、世間には知られていない陰の奴らが動いてきたようだった。まだ俺達は止まるわけにはいかない。
俺達は中三日の休みを入れて夜の活動をし続け、名簿の上から順番に助けて来た。四人を助け、それに付随して助けた無関係の人は七人いる。だが名簿に記された五人目は助け出せなかった。俺達が駆けつけた時には既に死んでいたのだ。
そしてそれから中三日が経過し、俺はアンナと風呂で密談中だった。
「私が毎日行かないからだ」
俺が言うとアンナが答える。
「聖女は十分にやっている。不慣れな汚れ仕事を必死にこなしているじゃないか」
「でもモタモタしている間に一人死んじゃった」
「死んでたってだけだ。むしろこの仕事を始める前に死んでたかもしれん」
確かにアンナの言うとおりだった。いつ死んだか分からないが、俺達が行った時にはもう死んだ後だった。
「とにかく急ぐ必要がある。次が最後だけど、一番難しいだろうね」
「ああ」
次に助け出そうとしているのは、奴隷として売られかけたり娼婦に身を落とす前に逃げ出した奴らだった。自分の意志で逃げだしているのだが、もしかすると盗賊になっているのだ。ギルドとしても、それ以上踏み込んだ調査は出来ておらず詳細は不明だった。
逆にアンナが聞いて来た。
「もしそいつらがついてこないと言ったら、どうするつもりだ?」
「残念だけど、断念するよ。いずれ騎士団に討伐されるかもしれないけどね」
「そうか」
盗賊に身を落とした奴らは、自分の意志で逃げている。その為、すでに身も心も盗賊になっている可能性があった。その場合は救出を断念するしかない。
「だけど問題は仕事そのものだよ」
「だな」
「すっかり盗賊になっている人を説得するなんてどうかしているし、仲間を呼ばれて私達が一網打尽になるなんて可能性がある」
するとアンナが少し黙り込んで考え重い口を開いた。
「一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
アンナが改まって俺に向かって言った。二人は湯船に浸かりながら話をしている。
「なに?」
「聖女はあえて、人を殺さないようにしているよな?」
バレたか。
「そう。一応、非合法的に奴隷を買っているとはいっても、無理やり攫ってやっているわけではない。対価を支払って手に入れているからね。それを殺したら、むしろ私達の方が犯罪になる可能性が高い。ギルドマスターには暗黙の了解で話が通っているが、騎士団に目を付けられたら大変な事になる」
するとアンナが俺の肩に手を置いて言う。力強い男のような力強い手だった。
「盗賊を殺しても罪にはならん。もちろん勝手に討伐するのはルールに反するかもしれないが、盗賊を殺したところで犯罪には問われない」
「分かってる」
そう、そんな事は分かっていた。実は俺が法を順守するなんて言ってるのは、完全に建前なのだ。俺が殺しを考えると、帝国兵を大量に感電死させたことがフラッシュバックしてしまう。あの大河に大量に浮かぶ死体を思い出してしまう。それを考えると身震いしてしまうのだった。
芯は平和ボケのヒモだった俺が、あの時は暗闇の中で必死にやった。そして朝が来てその光景を目の当たりにして愕然としたのだった。もちろんその事で国では英雄扱いをされ、王には特別待遇を貰っているが気持ちのいいものでは無かった。
それを見透かしたのか、アンナが言う。
「今度の仕事は聖女の覚悟が無ければ行かない。もしかすると守り切れないかもしれない」
そうだ、アンナの言うとおりだ。盗賊襲撃など生半可な覚悟で行ったら死ぬ。だがここで諦めるわけにはいかないのだ。事を動かすには、奴隷の最後の逃げ場を潰しておく必要がある。
五人目も助けられなかったし。
俺は五人目を救えなかった事を思う。この最後の詰めというべき仕事の前で止めてしまったら、今までやって来た事は意味が無い。そしてアンナとの契約も意味が無くなってしまう。
「覚悟は決まっている」
俺はアンナに告げた。そうだ、覚悟は決まっている。俺は女の地位を上げる為にこれをやっているのだ。人の人権を無視した世界の在り方を、俺は無理やり正そうとしている。その為に、この世界の人権問題の根本とも言うべき、孤児や奴隷の救出という事に手を付けたのだ。
「嘘じゃないな?」
「嘘じゃない。今度は私だけじゃなくアンナの命もかかってくるからね。私はアンナに死んでほしくないし、二人が目指す目的を果たすまではやめられない」
「躊躇なくやれる?」
「やれる」
「巷で聞いた、聖女の偉業は本物なのだろう?」
「多分そのまま」
「ならば失敗はしない」
「わかった。誓う、アンナと私の目標を達成する為に躊躇しない」
「わたしの背中を預けるぞ」
俺とアンナは湯船から手を出して、お互いの手を握り合う。
「じゃ、あがろうか」
「ああ」
俺とアンナが風呂から上がった。だが何故かアンナは、いつものように体を隠そうとはしなかった。今までは何故か俺から体を隠していたが突然隠さなくなった。もしかすると俺の覚悟にアンナが答えたのかもしれない。
しかし…物凄い筋肉美だ。無駄が一切なく太ももと二の腕と腹筋が半端ない。背中を見ると筋肉が浮き出て何かの模様のようにも見える。
俺はアンナが、俺に背中を預けると言った意味が分かった。こんな超人でも盗賊団を相手にすれば危険だと言う事だ。
「私も」
俺がアンナに言う。
「なに?」
「私もアンナに背中を預ける」
「わかった」
アンナはそれ以上何も言わなかった。黙って服を着始めるので、俺も自分の服を取って着始めた。俺達が風呂場から出るとまたミリィが待っていた。ミリィは俺の顔を見て言う。
「後ほど、身支度をさせていただきます」
「お願いする」
「はい」
そしてそこに皆がやってきて、俺達と入れ替わりに風呂に入って行くのだった。アンナは俺以外の人には慣れていないので、さっさと自分の部屋へと上がっていった。その後をついて俺も二階に上がり自分の部屋に入る。
「あれ?」
すると既に黒い衣装が俺の部屋に用意してあった。
「こんなの見たことない」
そこには漆黒の法衣と黒いベール付きのマントが掛けてある。そしてその足元には動きやすそうながっちりしたブーツが置いてあった。
更にご丁寧に、テーブルの上に軽い軽食とお茶まで用意してあった。
「ホント気が利く」
黙ってこういうのを用意しているミリィに感謝するのだった。ほどなくしてミリィが俺の部屋にやってきた。
「失礼いたします」
「あ。お風呂あがった?」
「はい。今日は聖女様との時間を過ごしたいものですから」
「そう…」
ミリィは俺の髪の毛をキリリと結い始め、その黒いベール付きのマントをパサリとかぶせて来た。しっかりと顔が隠れるようになり、俺の白金の髪の毛もきっちり隠れている。
俺は新しい衣装について聞いてみる。
「これは見たことがないね?」
「これは魔道具です」
「えっ!」
「アラクネの糸で織ったと言われるローブです」
「良くこんなものを手に入れられたね!」
「実はあるお方から献上していただきました」
「えっ? 知らなかった! 誰?」
「はい。聖女様が遠慮するといけないから伏せておいてと言われました」
「ドモクレー伯爵?」
「違います」
うわ! 気になる! 一体誰がこんな超貴重な物を?
「気になって仕方がない」
「もちろん聖女様に隠し事はしません。これを献上して頂いたのはミラシオン伯爵様です」
「えっと、アルクス領の? カルアデュールの領主?」
「はい。聖女様が他国に命を狙われていると知り、各地を駆け回ってこれを入手されたそうです」
なるほどね。領兵を無傷で救った俺への恩返しと言う事か。と言う事は、ミラシオンも少しは余裕が出て来たと言う事だな。だが帝国への捕虜返還の交渉もまだ終わっていないらしいし、忙しい中でこれを探して来てくれたらしい。
「ありがたい」
「詳しい機能などは私達では分かりかねますが、素晴らしい物であることは分かります」
「確かに。とにかくありがたいな」
俺はどうやら、いろんな方面から期待されているらしい。ミラシオンはイケメンだし嫌いであることに変わりはないが、俺がカルアデュールで起こした奇跡は彼にとっては大きな貸しだ。俺がこれをどう使おうが、ミラシオンがとやかく言ってくる事はないだろう。
俺は装備をバージョンアップさせて、最後の仕事に取り掛かる事が出来そうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます