第74話 皆の希望

 俺達がやった盗賊救出の事は、まだ特に騒ぎにはなっていないようだった。アデルナからは何も変わった事が無いと聞いている。まあ囮の奴隷が居なくなったことで、あの冒険者パーティーは困っているだろうが、それをギルドに報告するような事も無いのだろう。


 俺はと言えば、アンナの言いつけ通り数日は休むことにしている。恐らく立て続けにやったら、俺が体調を崩すかへまをしてしまうだろうというのだ。そしてそれは俺自身もそう思う。なんと言うか、騎士達に囲まれて帝国とたたかっていた時の方がマシだ。


 やっぱ、悪いことしてるって気持ちがあるんだろうな…。だけどもうやめるわけにはいかない。俺がこうしている間にも、孤児院を出た奴らがひどい目にあっているかもしれない。


「ふう」


 俺がため息をつくとヴァイオレットが聞いて来た。


「どうされました?」


「何でもない。まあ目的を達成するのは大変だなあって思う」


「そうですね。でも私は信じてコツコツやって来たから、聖女様に救われたんだと思っています」


 別に俺は女の文官が欲しかっただけで、ヴァイオレットを救おうと思ったわけではない。だがヴァイオレットは必死に王宮で頑張って、それが評価となり俺のもとに推薦されてきた。俺が女の文官を欲しいと言わなければ、今ごろはまだ王宮でセクハラを受けていただろう。


「ありがとう。ヴァイオレット、あなたのおかげで元気が出た」


「そうですか?」


 多分ヴァイオレットは何気ない気持ちで言ったのだろうが、俺は救いを待つ人の事を思った。俺が救わねば、底辺の娼館のミラーナも、冒険者の奴隷になっていたネブラスカも助からなかった。俺は救われる事がなかった女を救う事が出来たのだ。


 少しは罪滅ぼしが出来たかな…


 ふとそんなことを考える。なぜかは分からない、だが俺は前世でたくさんの女を泣かせてしまった。その反動なのだろうか? 俺は一人でも多くの女を救いたいと思うようになった。その為にいろいろやって壁にぶつかり、今はかなり黒に近い事に手を染めている。


 コンコンとノックをしてスティーリアが入って来た。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい。何か変わった事は?」


「はい。なんと、クビディタス司祭の所にセクカ伯爵がお見えになっておりました」


「なんだって?」


「すぐに戻り聖女様に報告をと思い、急いで戻ってまいりました」


「それで?」


「詳しい話を聞いたわけではございませんが。なにかセクカ伯爵がクビディタス司祭をせっついているようなそんな雰囲気でした」


「なるほどね。多分原因は分かる」


「そうですか」


 スティーリアはそれ以上聞かなかった。俺とアンナが秘密裏に動いている事を知っているからだ。知っていても、あえてそこを聞いてはこなかった。


 苦労した甲斐があったってもんだ。末端で事件が起きたことで、セクカ伯爵が何かを嗅ぎまわっているのだ。犯人捜しをしているのか? はたまた情報の出所がクビディタスなんじゃないかと疑っているのか? いずれにしろ俺とアンナが水面に落とした小さな波紋が、少しずつ広がってきているらしい。


 俺はがぜん元気が出て来た。


「スティーリア。いい知らせをありがとう!」


「喜んで頂けて光栄です」


「最高さ」


 そして俺は二人に言う。


「とっても良い風が吹き始めるかも知れない」


「それはなによりです」


「ちょっと、庭で剣を振ってるアンナを見てくるよ」


「「いってらっしゃいませ」」


 俺は二人を部屋に残し足早に庭へと行く。庭では相変わらず、アンナが極限の鍛錬をしていた。俺は口に手を当ててアンナを大声で呼ぶ。


「アンナ!」


 シュッとアンナが俺のもとに来た。


「どうした?」


「動いたよ。私達がやった事の芽が出て来た」


「それは凄いな」


「もう一押しで何かが動き出す」


「なんか聖女は嬉しそうだな」


「嬉しいよ。二人の努力が実を結んだんだからね、まあ話はここまで。後はお風呂で二人の時に」


「わかった」


 そしてアンナが再び修練を始めた。ここに来た時より更に切れ味が上がったように見える。衣食住を確保出来たのが大きく、生活の一切を聖女邸で面倒見ているからだ。それ以外の時間は全て、剣の修練に使う事が出来ている。彼女にとって、聖女邸は本当に願ったりかなったりの環境だったのだ。


 やりがいを見出す。…か…


 俺はミリィやスティーリア、バイオレット、アデルナや他の使用人たちのやりがいを満たせてあげられているだろうか? 彼女らは待遇が良い事でとても献身的にやってくれてはいるが、本当にやりたいことをやれているのだろうか?


 アンナと過ごすようになって、更にそんな思いが強く頭をもたげて来た。この世界の女達は絶対に自分のやりたいことは出来ていない。だがそれは知らないからだ。男より身分が低く、結婚相手を親に決められ才能があっても埋もれていく。それが当たり前の常識だと思っている。だから、聖女邸の待遇ごときでやりがいを見出しているのだ。


 生き生きと剣を振るアンナを見ていて思う。この一連の仕事が終わった時、彼女らにはこの世界を変えるであろう仕組みづくりの相談をしようと思う。聖女邸を中枢にして女達の輝ける世界を作り出すのだ。


「さてと、そろそろかな?」


 俺が振り向くとミリィがやって来た。


「夕食のお時間です。今宵は皆でお風呂でしょうか?」


「そうだよ」


「それは良かったです」


 ミリィが安心した顔を浮かべた。俺が危険な事をすることは、基本彼女らは反対なのだ。俺は彼女らに内緒で動いている。とにかく時が来たら全てを打ち明けよう。


 俺がアンナを呼ぶ。


「アンナ―! ご飯だよー」


 アンナはすぐに俺のもとにやって来た。俺達三人は食堂に向かって歩いて行く、ふと顔を上にあげると二階の窓からスティーリアとヴァイオレットが手を振っていた。俺は笑ってそれに手を振り返すのだった。


 皆が集まっての夕食はやはりうまい。そして今日はスティーリアからの報告で、俺は更に食欲が増した。元気になった俺を見て皆が嬉しそうにしている。


 そうか…俺が皆の希望になっているのか。


 そう思った。俺は皆の期待を裏切るわけにはいかない。前世では女の期待を裏切りまくって来た。だが何も得られず虚しさだけが残った。


 それがどうだろう? この世界に来てみなの為に走って走って、この充実感はいったいなんなんだろう? ヒモとして生きていた俺が皆に頼られる存在になっている。それがこれほど尊いものだったとは知らなかった。


 腹いっぱい大量に飯を食うアンナを見て、皆が驚きの表情を浮かべているのを見るのも楽しかった。


「アンナ」


 俺は唐突にアンナに声をかける。


「なんだ?」


「ありがとう」


「どうした? 唐突に」


「何でもない。ささっ! 食べて食べて!」


「あ、ああ」


 アンナは何事も無かったように黙々と食い始めた。前世のテレビでこんな痩せた大食いの女を見たことがある。一体どこに入るんだろうと思うが、アンナはその分がっちり消化をする。


 俺はミリィに言った。


「おかわり」


「珍しいですね」


 ミリィがニッコリと笑って、俺の皿にシチューを盛り付けてくれるのだった。

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