第73話 心の支え

 俺とアンナは聖女邸に戻り、アンナの部屋で静かに服を脱いでいた。アンナは向こうを向いて、いつものラフな服に着替えている。同じ女だというのに、やはりアンナは俺には見られたくないらしい。俺はここに用意していたネグリジェを着て椅子に座る。とにかく今回はめちゃめちゃ疲れたし、すっごく怖かった。


「ふぅ」


「疲れたか?」


 アンナが気遣う。


「気を使ってくれるんだ?」


「聖女を守る約束」


「そうか。そうだね」


 するとアンナが近づいて来て、俺の体を上から下までまさぐった。


「な、なに?」


「怪我はないな。寝れるか?」


「ちょっと興奮していて眠れないかもしれないけど、とりあえずアンナは寝て」


「聖女も」


「そうする」


 俺が自分の服を持って廊下の扉を開けたら、廊下にミリィがいた。


「わっ」


「失礼しました。驚かせるつもりは無かったのですが」


「こんな深夜に」


「いえ、間もなく空も明るくなりますでしょう」


「で、どうしたの?」


 するとミリィがニッコリ笑って言う。


「お眠りになる前は、ミルクティーと甘いものが必要かと思いまして」


「ありがとう…」


 優しすぎて泣きそう。


「いえ…」


 そしてミリィと一緒に俺の部屋に入ると、ミリィが手を差し伸べて来る。俺が手に持っている黒い服をよこせということらしい。ミリィはそれを丁寧にハンガーにかけながらいう。


「こちらは私がクリーニングを」


 そうか。俺の服を外に洗いに出せば、それでバレるかもしれないからミリィが自らやってくれると言う事か。本当に気遣いの出来るメイドだ。


「お願い」


 俺が言うとミリィがニッコリと笑って言う。


「はい」


 俺はとにかく彼女らに心配をかけているのが申し訳なくなってきた。だが彼女らは、俺の仕事にあれこれ言わず見守ってくれている。それがとにかくありがたかった。


 俺が椅子に座ると、ミリィがミルクティーとチョコレートを差し出してくる。それを一粒ぱくついて、ミルクティーを飲むと甘い香りが口いっぱいに広がった。


「ふぅ」


 俺がため息をつくと、ミリィが俺の後にまわって肩を優しくほぐし始めた。


「はってますね」


 そりゃそうだ。今回はかなり緊張したし手に汗握る仕事だった。俺は終始体を強張らせていた。今日の仕事は、アンナがいなければ絶対に成立しなかったろうし、聖女邸の面々がいなければやり遂げる事も出来なそうだった。


 そしてそっと俺の肩をほぐすミリィの手に自分の手を重ねる。


「震えておいでです」


「そうだね。ちょっと疲れたみたい」


「安らいでくださいませ。私がずっとお側におりましょう」


 俺は黙ってコクリと頷いた。しばらくテーブルでくつろいでいると睡魔が襲って来た。どうやらミリィのおかげで、体が緩んで来たらしい。


「ベッドへ」


「そうする」


 そして俺がベッドに横たわると、ミリィも靴を脱いでベッドの上に座った。そしてミリィは俺の頭を自分の太ももの上に乗せる。


「重いでしょ」


「いえ」


 そして優しく俺の髪の毛を指ですいてくれた。そのなで方がとても優しくて、俺はミリィの太ももに顔をうずめる。そしてそのうち俺の意識は、まどろみに包まれ寝てしまうのだった。


 そして俺が起きたのは昼過ぎだった。なんと俺ベッドの側にミリィが椅子を置いて、ベッドに突っ伏して寝ていた。俺はミリィを起こさぬように上半身を起こしたが、ミリィに気づかれてしまう。


「おはようございます」


「ずっと居てくれたんだ」


「はい」


「ミリィ」


「はい」


「本当にありがとう」


「当然の事です」


 ミリィは窓際に行きカーテンを開けた。外はすっかり明るくなっており、俺はだるい体を引きずるように鏡面台に座った。ミリィがすぐに俺の後ろにやってきて、俺の髪を整え始める。


「お顔がお疲れの様です」


 ミリィに言われ鏡を見ると、眼の下に軽くクマが出来ている。今起きたばかりだが、横になれば余裕で眠れそうだ。


「ふわぁーあ」


 俺は大きなあくびをしてしまう。


「今日はお休みになられてください」


「そうする。ただお腹減ったよ」


「私もです」


「ふふっ」


「ふふっ」


 二人で顔を見合わせて笑う。


 俺達が部屋を出て廊下を進むと、同じ階の書斎のドアが開いた。そこからスティーリアとヴァイオレットが出て来る。


「「聖女様…」」


 二人が声をそろえて言う。


「こんな遅く起きちゃった」


「それは良いのです。お疲れの様子です」


「ちょーっぴり疲れたみたい」


「今日はお休みになってください」


「そうする」


「書類はまとめておきますので、ゆっくりしてください」


「ありがとうヴァイオレット」


 そして俺は二人と別れ一階に下りる。それに気づいたアデルナがキッチンから出て来た。


「聖女様! 今日は横になっていただいてよろしいのですよ! 食事ならお部屋まで運びましたのに!」


「いや、ミリィと一緒に食べるんだ。二人分お願い」


「わかりました」


「あ、そうそう! アデルナ。アンナは?」


「相変わらず朝から剣を振っております」


 もうね…バケモンだよね。とにかく俺には真似ができない。


「彼女は何か言ってた?」


「いえ。私達には話をしませんので」


「そうか…」


 アンナは本当に欲しい物とか無いんだろうか? あんなに命がけでやってくれてるのに、何も求めてこないのは心苦しい。


「アンナ…高級レストランとか興味あるかな?」


「さて…どうでしょう」


「服とか宝石は?」


「興味があるようには思えません」


「だよね」


「では、食事の準備を」


 俺はアンナに何かをしてあげたかった。ギリギリの仕事をさせているのに、ただ給料を払って飯を食わせているだけだ。明日は早く起きてアンナに聞いてみることにしよう。


「ミリィ」


「はい」


「皆のおかげで私は前に進むことが出来ているよ」


「どうしたのです? いきなり」


「いや、ただそう思っただけ」


「そうですか」


「今度さ。皆のしてほしい事とか、欲しい物とか聞きたいな」


 するとミリィが少し黙って言う。


「欲しいものなどございません。ただ…」


「ただ?」


「聖女様は私達とずっと一緒にいて下さい。ずっと元気でお側に仕えさせてください。それ以外に欲しい物はありません」


「…そう…。なら私が勝手に褒美を考える!」


「いえ! それには及びません!」


「いいのいいの! 私が勝手にやりたいんだから!」


「でも外出が難しいのでは?」


「それも解決しそうだよ。アンナを連れて出ればどうにかなると思う」


「アンナ様を?」


「そう!」


 俺がテンションを上げて言っていると、アデルナ達が食事を運んで来てくれた。


「あら? お元気になりましたね!」


「良い事思いついちゃってね」


「そうですか。それはなによりです!」


 元気が出たら急に腹が減って来た。俺は席に座って、ミリィと一緒に遅い朝昼を兼ねた食事を始めるのだった。

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