第72話 影の実力者への依頼

 扉が開くと、ローブを着た人相の悪そうな老人が出て来てアンナに聞いた。


「誰かに見られたか?」


「見られていない。追跡の気配は調べてある」


「入れ」


 物凄くアンダーグラウンドな気配の場所だった。どう考えても堅気じゃない雰囲気が漂っている。変な薬品や見たことも無いような物が売られていた。その売り場を通過して、奥の鍵付きの扉の鍵を開けて老人がついてくるように言う。


 ガチャン! と扉を閉めて老人が言った。


「金を見せろ」


 するとアンナが俺に言う。


「オリジン。金だ」


「あ、ああ」


 オリジンとは俺のコードネームで、俺とアンナはオリジンとエンドと呼び合っている。俺は金貨の入った財布を取り出した。


 すると老人が言う。


「貴族様か?」


 やべっ! 高価な財布に入れて来ちゃった。


 だがアンナが言う。


「だとなんだ? 仕事は受けないのか?」


「いや、関係ないな。金次第だ」


「だろう?」


 アンナの駆け引きは堂に入ったものだった。とても落ち着いていて、汗をかいているのは俺とネブラスカだけだ。老人が聞いて来る。


「どうしたいんだ?」


「奴隷の身分を偽って、町娘として王都を出したい。行先はそうだな…」


 アンナがネブラスカを振り向いて言う。


「何処か行きたい所は?」


 するとネブラスカはフルフルと首を振った。ならばと俺が提案する。


「アインホルンの領に、あそこの市場に下働きとして潜り込ませてほしい」


 すると老人の目がきらりと光った。


「王都に近い。そしてあそこの領主は潔白だ。身元不明の奴が入るのは簡単ではないぞ」


 知ってる。領主の息子バレンティアはそれはそれは誠実で潔白な男だ。イケメンだし俺の一番嫌いな人種だから。その父親は議会の重鎮だし一筋縄ではいかないだろう。だからこそあそこが良い。

 

 それを受けてアンナが言う。


「で、いくらだ?」


 老人は嬉々とした顔で言う。


「小金貨百枚」


「なっ!」


 アンナが絶句した。だが俺はそれを制して言う。


「わかった」


「ほう。物わかりが良い貴族様だ。よっぽど訳ありってこったな」


 いや、そんなでもないけど。思いの外、ネブラスカが可愛い顔をしていたから。


「それでどうなんだ?」


「もちろん受けた。金は?」


 そして俺は袋から小金貨百枚相当の大金貨を十枚取り出す。


「大金貨?」


「だめか?」


「いや。問題ない、換金の手間がかかる」


「なら色を付けて、後三枚追加だ」


 そして俺は大金貨を上乗せした。


「なんとも気前のいい貴族様だ」


「あと、これは絶対の口止め料だ」


 そう言って後二枚の大金貨を出す。


「随分太っ腹じゃねえか! わかった。ここまでされちゃ仕方がない、完璧な仕事をしてやろう」


「お願いする」


 そして俺はネブラスカに向かって言う。


「手を出して」


「えっ?」


「いいから」


 ネブラスカが手を出したので、俺はその手に大金貨を三枚乗せた。


「こ、こんな大金を?」


「服は彼が用意してくれるだろうけど、向こうで君が何も買えないんじゃ話にならない。アインホルン領についたら、この金を自由に使うと良い」


 すると老人が言った。


「換金しねえと足がつくぜ?」


 俺は老人に向かって言った。


「ならこの金をあなたに預ける。だが言っておく、これは彼女のお金。手数料を抜いても良いが、必ず彼女に渡して」


 すると老人がにやりと笑っていう。


「こんな太客を裏切ったら、次の商売が無くなっちまう。俺を信用しろとは言わないが、あんたら訳ありのようだしな。わしの勘だが、あんたらはまたここに来る」


 どうだろう? それは分かんないけど、汚れ仕事はこれ以上できないしな。もしかしたらこの老人のいう通りかもしれない。


 するとアンナが老人に行った。


「じゃあ任せた」


「まあ、任せな」


「もし下手な事をしたら」


 そう言うとアンナの雰囲気が変わった。俺もネブラスカもその雰囲気に震えあがってしまう。その空間に恐ろしい魔獣が出現したかのような、恐ろしい気が爆発したのだ。老人は額に浮かぶ汗をぬぐう事も出来ずに、ただ固まってアンナを見ていた。


 次の瞬間アンナが気を緩めた。


「ふうっ、今ので寿命が縮んだぞ! 追加の料金が欲しい所だ」


 老人の言葉にアンナがぎろりと睨む。


「じょ、冗談だ。わかったよ、必ずアインホルンの市場に潜り込ませる。金もちょろまかさないで、ちゃんと渡すよ」


 アンナはそれ以上老人を見なかった。しかし俺は辛うじて大丈夫だったが、ネブラスカがお漏らしをしてしまったようだ。それほどにアンナの気は恐ろしかった。


「すまない。どうやら床を汚してしまったようだ」


 俺が言うと、老人が笑って言う。


「追加料金でおつりがくるってもんだ。かまわんよ」


「よろしく頼む」


「ああ」


 そして俺はネブラスカの顔に自分の顔を近づけて言う。


「あなたにご加護がありますように」


 ネブラスカに癒し魔法をかけた。そして俺は後ろを振り向いて言う。


「この子にお風呂と、暖かい寝床を用意して」


「もちろんそのつもりだ」


「そして、これで美味しい物を」


 俺は財布の中にあった小金貨を取り出して、老人に渡した。


「なんでこの娘にそこまで?」


 老人がボロボロのネブラスカを見て言う。


「この子にはそれだけの価値があるから。だからお願い」


 一瞬、老人に優し気な表情が浮かんだがすぐに消えた。そして元の鋭い目の老人に戻り俺達に言う。


「ここでの約束は他言無用だ」


「もちろん」


 そして俺とアンナはネブラスカを老人に頼み、その店を出ていくのだった。すぐさま闇に溶け込み聖女邸へと急ぐ。だがアンナはいつもより回り道をして、他の道を選ぶのだった。


 俺が分けも分からずに聞く。


「つけられてるの?」


「どうかな、だけど金を払い過ぎだ!」


「えっ? マズかった?」


「目をつけられた」


 そうか。払いすぎても良くなかったのか…


 だが後の祭り。既にやってしまったものは仕方がない。


「娼館通りを通って裏道を行く」


「はい」


 俺はアンナの言うとおりに娼館通りを進み、そして繁華街へと抜けた。


「あの店に」


 アンナが指さす飲み屋に入ると、店の人が声をかけて来た。


「いらっしゃい」


 だがアンナは店の人を押し切って、そのまま俺の手を引き二階に続く階段を上る。


「ちょっ! ちょいと!」


 女の店員が慌てて追って来るが、アンナの足は速くすぐに二階廊下の窓にたどり着いた。そして窓を開けて屋根に出る。


「捕まっていろ」


「うん」


 アンナは俺を抱きしめて、隣りの家の屋根へと飛び移った。数件の屋根を飛び越えて暗い路地へと下りる。


「どうするの?」


「しっ!」


 アンナに言われ俺は黙る。しばらく静かにしてアンナが言った。


「よし、もう大丈夫だ。帰ろう」


 俺が頷き、再びアンナと俺は暗闇から暗闇を抜けて聖女邸に戻るのだった。

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