第71話 奴隷救出

 俺とアンナは灯りの少ない暗い道を歩いていた。貴族の街や繁華街から離れ、治安の悪い貧しい街を歩いて行く。アンナからは物音を立てないように言われており、俺はアンナのすぐ後ろをヒタヒタとついて行った。


 初めてこの街に足を踏み入れたが、なるほど物騒な感じがひしひしと伝わってくる。なんとなく誰かから見られているような感じだった。俺達は真っ黒の衣装で暗がりに潜み、誰からも気づかれないようにした。


 アンナが立ち止まり、今回の対象が潜んでいるであろう家を探す。そしてアンナが俺の耳に手を当て、小さな声で言った。


「恐らくここだ」


 そこは周りの住居とは違い完全な一軒家だった。俺は指で丸を作って了解の意を表す。対象人物を探すうえで、今回はすっかりアンナ頼りになっている。アンナが妹のロサから聞きだした情報で、俺では全く知らない場所だった。


 そしてアンナが木の棒を拾い、地面に四角の絵を描く。どうやら屋敷の見取り図のようだった。アンナは外に居ながらにして、おおよその内部の様子を掴んでいるようだ。


「この部屋に一人、下の部屋に二人。もう一人は居ない」


 俺はうんうんと頭を下げた。パーティーは四人と奴隷一人と聞いていたが、どうやら三人しか家にいないようだった。


「離れの小屋に一人」


「小屋に?」


「気配からすると、その小屋にいるのが今回の対象だ」


 なるほど。囮に使う奴隷は、まともな家には入れないと言う事か。


「離れにいるなら助けやすいかな?」


「家にいるのは冒険者だ。感づかれる可能性は大いにある」


 やはり冒険者は一筋縄ではいかないようだった。


「どうしよう」


「任せろ」


 そしてアンナは俺を抱きしめて、木の塀を飛び越えて敷地内に入った。周りの建物は木の塀などはない長屋のようなものだが、冒険者なだけあって少しは稼ぎがあるのだろう。建物もそれほどボロボロでは無かった。だが庭は手入れなどは、されておらず草がうっそうと茂っている。


「草に触れないように行く」


 俺はコクリと頷き、アンナの足の運びと同じ場所を歩いて行く。すると建物の奥にボロボロの木で組まれた箱みたいなものがあった。


 えっ? 小屋ってこれ?


 それは小屋というよりも犬小屋に近い。犬小屋のように入り口がくりぬかれているわけではなく、扉がついており外から鍵がかかっていた。


 アンナが剣の柄に手をかけて構えた。


 チッ


 微かに音がしたが、気のせいだとも思えるような小さな音だった。鍵が切れて扉が開けるようになる。そしてそっとその扉を開けると、箱の中の暗闇の中に二つの光が見えた。どうやらその中に入っている奴隷の目だ。


「出ろ」


 アンナが不躾に言うと、中から人が這い出てきた。薄汚れたボロボロの服を着させられており、どう見ても冒険者には見えなかった。


「あなた達は?」


 思いの外、はっきりとした声で聞いて来る。


 アンナが答える。


「助けに来た」


 そう言った途端に、出て来た女は声をあげた。


「旦那!」


 ドスッ!


 アンナが剣の柄で女の腹を突いて失神させた。そしてその女を引きずって草むらの暗がりに潜む。俺も慌ててついて行き草むらに身を隠した。すると玄関の方からドアが開く音が聞こえる。


「なんだぁ? 夜に騒ぐなっつってるだろ! 殺すぞ」


 そう言って玄関からこちらに近づいて来る足音が聞こえた。そして足音が木箱の前に差し掛かった時。


「お、おい! 逃げたぞ! アイツがいねえ!」


 するとドタドタと足音が聞こえて来て、もう二人がこちらに向かって走って来た。


「なんでだ? 鍵をかけていたのに!」


「まだ遠くに言ってねえかもしれねえ!」


「ああ!」


 そう言って三人の気配が、正面の門から外に出て走り去っていった。するとその後にアンナが俺に言う。


「やはり…」


「どうしたの?」


「もう一人屋敷の中に居た。ようやく気配を隠していたようだ」


 アデルナが聞いて来てくれた冒険者パーティーには、Aランク相当のBランクが一人いると書いてあった。先ほどアンナは外からは感じ取れなかったらしいが、気配を消していたようだ。


「どうする?」


「動けば気が付くだろうが、このままここにいるわけにもいかない」


 マジか。すんなりいくと思ったのに、やはり冒険者はなかなかに手ごわい。


「逃げよう」


「いや、こいつを担いでは逃げられないかもしれない」


「どうしよう?」


「殺そう」


「えっ?」


「他が戻ってこないうちに、殺してしまおう」


 俺は冷や汗が出て来た。奴隷を人権無視で使っているとはいえ、合法で買った奴隷を強奪しようとしているのは俺達の方だ。どう考えても非は俺達にある。


「ちょっと待って」


「問題ない。気づく前に首と胴体はおさらばだ」


「いや、そう言う事じゃなくて」


 俺は頭の中でぐるぐると考えた。


「来たぞ!」


 アンナが言う。もう敵は待ってはくれないようだ。


「どっから出て来る?」


「玄関だ」


「アンナ。いざという時は殺してくれ。だけど私が何とかしてみる」


「わかった。一瞬だぞ」


「うん」


 そして俺とアンナは気絶した奴隷を担ぎ、一緒に玄関口に周った。そしてアンナが俺に合図を送って来る。


「まもなく出てくるぞ」


 俺は玄関に向けて杖を掲げた。


「取っ手に手をかけたら教えて!」


「ああ」


 アンナは気を研ぎ澄ませている。


「3、2、1」


 俺は玄関の鉄の取っ手に杖を近づけて、強烈な電撃を流した。


 バターン!


「倒れた」


「良かった…」


「逃げよう」


 俺はアンナの後ろをついて門から外に出た。暗がりに身を潜めると、探しに行った冒険者の一人が丁度帰ってきて、門に入って行くところだった。


 アンナが歩き出すので、俺は来た時と同じようにヒタヒタとその後ろを歩く。貧民街を出て、街の明かりが見える噴水広場まで来る。アンナは気絶している女をベンチに座らせた。


「起こす」


 アンナが言うので俺が頷いた。喝を入れてボロ布に身を包んだ女を起こした。


「う、うう…」


「騒ぐな。殺すぞ」


 アンナが脅す。すると静かに俺たち二人を見るのだった。俺もアンナも布で鼻と口を隠しているので目元しか見えない。女はぼんやりとした表情を俺達に向けて言う。


「あなた達は…」


 逆に俺が女に尋ねる。


「ネブラスカだね?」


 すると女は頷いた。


「これを見て」


 俺は孤児院の弟から預かって来た手紙をネブラスカに見せた。ネブラスカはそれを見てポロポロと涙を流し始める。


「弟が…まだ孤児院にいるんだ…」


「そう」


「私が逃げたら次は弟を買うというから…私は…」


 何かどっかで聞いた話だな。弟を人質に取って言う事を聞かせる…


「今は表立って人身売買は行われていない。だから君が逃げても弟は無事だ。後は私達が監視をする」


「あなた方は一体」


「そんな事はどうでもいい。どこか身を隠せるところはあるか?」


 女は頭を振った。


「どうするか…」


 するとアンナが俺に言う。


「金はあるか?」


 俺が頷くと、アンナがついてこいと言う。俺とネブラスカがアンナについて行くと、ある建物の前に着いた。そしてアンナはその入り口を開けて、地下へ続く螺旋階段を降り始める。一番下まで着くと扉があり、そこの扉の呼び鈴をならす。しばらくするとギィっと薄っすら扉が開いた。


「誰だ?」


 するとアンナが言った。


「金を払う。黙って女を逃がせ」


 すると扉にかかった鎖の錠前が外されて、扉が大きく開くのだった。

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