第67話 密談

 アンナとの約束は絶対だった。俺はアンナの剣を振る場所を作り続け、アンナは俺を守りきる。この事はミリィもスティーリアも知らない約定だ。契約の書を書き魔法で締結させている。それを破った方には災いが降りかかるだろう。


 俺は上手く行った結果だけを聖女邸の幹部で共有するだけ。それ以外の内容に関しては一切のトップシークレットとなる。


「まだ剣を振り続けていますね?」


 俺に対してミリィが聞いて来る。


「彼女が剣を振る事に私は何も言わない事にしたから」


「そう言う約束でしたもんね」


「そうそう。だから彼女には好き勝手に修練をさせてね」


「はい」


 俺とミリィが、剣を振り続けているアンナを見て話をしていた。約定を締結した後でアンナが剣を振る姿を見ると、また違う形に見えて来る。


 アンナとの仕事は今夜決行する。既にスティーリアとヴァイオレットが、名簿の洗い出しをして優先順位を決めてくれていた。より救い出せる可能性の高い人からリストを調整してくれたのだ。


「そろそろ夕飯だね」


「迎えに来ると思います」


 そんな話をしていたら、キッチンメイドが俺達を迎えに来た。とても時間に正確な使用人たちだった。俺がアンナを大きな声で呼んだ。


「アンナ! 夜ごはんだよ!」


 シュッと俺の前に来る。


「わかった」


「じゃ行こうか」


「うん」


 随分と従順になったアンナを見て、ミリィは不思議そうな顔をした。アンナは恐らく俺の言う事しか聞かないし、俺が剣を振るに相応しい場所を用意しないと動かないだろう。だけど俺がそれを約束したからか楽しみでしょうがないらしく、こうやって従順に従えているのだ。


 俺とアンナとミリィが食堂に行こうとすると、門から馬車が入ってきてスティーリアが教会周りから戻ってきたようだった。馬車から降りて来るスティーリアに声をかける。


「お帰りなさい。変わった事はあった?」


「特にはございません。クビディタス司祭の顔色が冴えなかったなと」


 それはドモクレー伯爵からのタレコミで原因が分かっている。ギルドが動いているのが分かり、貴族達が性奴隷や闇の人身売買を控えたからだ。その分、金も入らなくなってきているだろうし、貴族達とのパイプが薄くなりつつあるのだろう。だが俺達がこのまま何もしなければ、それは恐らく一過性の物になってしまう。すぐに同じことが始まるだろう。


 こんなチャンスを逃してはいけない。


「それは原因が分かっている」


 スティーリアも内情を知っているので、それについては何も言わなかった。そして俺達は食卓に着いて夕飯を食べ終わる。食事を終えたアンナはすぐに剣を振りに行ってしまった。そして俺は皆がリラックスできるように風呂の準備を始める。


 ミリィとアデルナが俺の風呂の準備を手伝い始めた。


「この習慣も当たり前になってしまいましたね」


 ミリィが言うとアデルナが答えた。


「普通の貴族様の家で、使用人に対してこんなに手厚い待遇は無いんだよ」


 アデルナは複数の貴族の使用人を経て、俺の所に来たベテランだった。どうやら他の貴族では、使用人は冷遇されているらしい。むしろ給金を払っている使用人なので、特別扱いする必要はないらしいのだ。だが聖女邸は違う、働く人の為に最善を尽くすホワイト企業なのだ。


 ミリィが微笑みながら俺に頭を下げた。


「ありがとうございます。聖女様のおかげで、皆が元気に働く事が出来ております」


「お礼なんて良いって。というか皆が一生懸命働いているんだから、このくらい当然でしょ?」


 というのは建前。俺の癒しは聖女邸のみんなとお風呂に入る事なのだ。それが最高の癒しになるのだと皆は気が付いていない。


 アデルナが俺に言った。


「アンナ様はいつも皆が終わってから最後に入られますね?」


 そう言えばそうだ。実は彼女とだけは一緒に風呂に入った事がない。


 ミリィがそれに答えた。


「確かに…というかアンナ様は皆と接するのを嫌がっておいでのようです」


 それもその通り。だが、それは俺の中で解決していた。


「いいのいいの、彼女はちょっと特殊だから」


 そう言いながらも俺は考える。確かにアンナとの距離感は縮まったが、もっと距離を縮めておく必要があると。それにはスキンシップが大事かもしれない。


「…えっと。準備は任せて大丈夫かな?」


「はい。水も足していただきましたし、浄化もしていただきましたから」

「そうですね。後は焚くだけです」


 ミリィとアデルナのお許しが貰えたので、風呂場を出て庭に向かう。庭では相変わらず愚直に剣を振り続けるアンナがいた。


「アンナ!」


 シュッと俺のところに来る。まるで餌をやる飼い主の所に来る犬のように。


「なんだ!」


「今日の夜出るけど、皆には内緒なんだ。内緒話と言えば、お風呂が一番良いと思ってね」


「みんながいるんじゃないのか?」


「人払いをして二人で入ろう。誰も居ない二人だけ」


 アンナは少し考え込むようにするが、すぐに頷いた。


「わかった。他に誰も居ないんだな?」


「もちろん」


 そして俺はアンナと風呂に入る事になった。戻ってアンナと風呂に入る事を皆に伝えると、それなら先に浴びてくださいと言われる。俺はアンナを迎えに行き二人で脱衣所に入った。


「じゃ、入ろう」


「わかった」


 俺が先に服を脱いで、アンナを見ているとアンナは恥ずかしそうに後ろを向いた。アンナの服が一枚一枚落ち下着姿になって驚いた。あれだけの剣士だと言うのに体に傷一つないのだ。


「綺麗」


 俺は思わずつぶやいてしまった。するとアンナが恥ずかしそうな顔で振り向いて行った。


「こんなごつごつした体がか?」


 確かにアンナは細いが、体はかなりの筋肉質だった。もしかしたら体脂肪率は0%何じゃないかと思えるくらいだ。皮膚の下が全て筋肉になっているようで、サイボーグのような体つきをしている。あれだけの修練をしているのだから、当然と言えば当然だがその見事な体にため息すら出る。


「うん。綺麗だし、凄い感動している」


「こんなのは女の体じゃない、褒めてくれたのは妹のロサくらいだ。大抵の人は私の体を見ると化物扱いする。女の理想的な体つきは、恐らく聖女のような体の事を言う」


 そう言って俺を指さした。


「私なんかなんにもしてない。たまたまこの体系が崩れないだけ。アンナのは修練の賜物」


「…なんか、ありがと」


「お礼を言われるような事も無いよ。とにかく入ろうか?」


「うん」


 アンナは下着も脱いで全裸になるが、女の体だというのに全く欲情しない。なんと言うか肉食動物を見ているような感覚に陥る。


「傷がない」


「まともに攻撃を喰らった事がないから」


 それだけ強いと言う事だ。俺はてっきり全身傷だらけを想像していたが、予想を裏切り凄く綺麗だった。


「凄い」


「あんまり見ないで」


 そしてアンナは前を隠して、風呂の椅子に座った。


「洗ってあげる」


「はっ? いい! いい! 自分でやる」


「いや。体を預けるパートナーの体を知りたいから」


「…わかった」


 そして俺は布を泡立てて、そっとアンナの背中に触れた。


 凄い…決してカチカチに堅くはなく、しなやかで今にも爆発しそうな力を感じる。まるでその体に秘めたエネルギーを爆発させないために、剣の修練を続けているかのようだ。


 体の前も洗うが、腹筋も凄いし胸は女としての柔らかさが無い。胸が無いわけではないが、それすらも筋肉なのかと思うばかりに張っている。


 ビクン!


 アンナの体が硬直した。


「あ、ごめんね」


「大丈夫。人に触れられた事なんか無かったから」


 もしかしたら脂肪が無い分、感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。物凄く敏感に反応するようだ。


「敏感だね」


「そうでなければ、敵の気配を感じ取る事が出来ない。緩慢な感覚では戦えない」


「まさにその事だけに集中して生きて来たんだね」


「そうだ」


「あれだけ食べるのに、全く脂肪がないんだから凄いよ」


「元々太りはしない体質だから」


「なるほど」


 そして俺はアンナの体を洗い、自分の体を洗おうとする。するとアンナが俺に言って来た。


「お返しする」


「えっ」


 アンナは布に石鹸をつけて泡立てて俺の体を洗い始める。意外に繊細で、とても優しい洗いかただった。恐らくは自分の体を洗うのに、優しくするのに慣れているのだろう。


 体を洗った俺達は湯船に浸かる。


「今日。行くよ」


「うん!」


「皆には内緒なんだ」


「わかった」


「アンナは一人で戦って来たんだよね? 今日初めて二人で戦う事になるかもしれない」


「問題ない。全ての動きは想定済み」


 頼もしい。やはり剣術のエキスパートは様々な事を想定して修練を続けているのだ。


「そして、私の魔法をアンナの身体に施す事もあるかもしれない」


「強化魔法?」


「そう」


「初めて」


「ダンジョンに潜った時も自力で戦ったんだっけ?」


「うん」


「なら必要ないかもだけど、いざという時は使うね」


「わかった」


「アンナからは何か?」


「ほどんど支援は要らない。聖女はしたいようにすればいい」


「わかった」


 俺達は風呂で密談をしお互いの動きのすり合わせをしていく。今夜、俺は法の外で動く事になる。実は俺の方がかなり緊張をしていたが、アンナと風呂に入って話す事でほぐれて来た。本番に向けて俺とアンナは、綿密な話をしていくのだった。

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