第66話 聖女の剣
数日アンナと過ごしてみてやはり、彼女には何らかの目的があるように思えて来た。そこで俺はある日の夜にアンナにお願いをしてみる。その日の夜、俺の部屋にはアンナと俺だけがいた。俺とアンナは小さなテーブルをはさんで、数本の蝋燭の光に照らされて座っている。
俺が言う。
「アンナは毎日凄いね。本当に尊敬するよ」
「‥‥‥」
「実はお願いがあってね。もちろん嫌ならずっと剣を振り続けてもらっていい、だけどもし私のお願いを一つでも聞いてくれるなら嬉しいなと思ってる」
「なに?」
少し不機嫌そうなアンナに、俺は単刀直入に言う事にする。
「私の護衛をしてほしい」
「護衛? 聖女は危険なのか?」
「そう。危険、しかもかなり」
すると、いつものやる気の無さそうなアンナの目に、薄っすらと光が差すのが分かった。
「何から守る?」
「それがね。いろんなものから守ってほしいんだ。目に見えないものもあるかもしれない」
「目に見えない?」
「私はいろんな脅威にさらされているんだ」
するとアンナは真剣な面持ちに変わって聞いて来た。
「それは難しい事なのか?」
やはり…もしかしたら俺が思っている通りかもしれない。
「難しい。簡単ではない」
「本当か?」
「本当に」
完全にアンナの目に光が灯っていた。俺は最初から正直に言うべきだったのかもしれない。
「何から守る?」
「一番大きなところでは敵国」
「なんだって!」
アンナが半笑いになって立ち上がった。
「ちょ、落ち着いて」
「あ、ああ。わるい」
腰かけたので、俺は目の前に置いてある紅茶を指さす。
「飲んで」
「ああ」
「私は他国から狙われている。これは他言無用だ」
「言う相手がいない」
だよね? 生粋の引きこもりだもんね。
「敵国が向ける刃から、私を守りきってほしい」
アンナが嬉々として言う。
「難しいな!」
「そうでしょ?」
「うん」
そして俺はアンナの気持ちを聞いてみることにする。
「もしかするとダンジョン攻略は飽きてたんじゃないかな?」
「飽きた! 簡単すぎて意味が無い!」
「だよね! 国を相手するとなると大変だよー」
「大変だぁ!」
アンナは、もう笑っているようにすら見える。どうやらアンナはダンジョン攻略に飽きていたのだ。凶悪な魔獣を狩り尽して、どうしていいか分からなくなっていたのだろう。
だが少し我に返ったような顔をする。
「敵国は悪い奴なのか? いい奴なのか?」
「私にとっては、いや…国の民にとっては悪い奴になるのかな」
「いい奴は斬らない」
「もちろんそれでいい、その判断はアンナに任せる。あともう一つあるから聞いて欲しい」
「なに?」
「はっきりと悪い奴からも狙われると思う」
すると目を爛爛とさせて身を乗り出して来た。
「悪い奴から狙われてるのか!?」
「違う。これから悪い奴から狙われるような事をしようと思っている」
「どんな?」
「孤児を買って悪い事をしたりするやつらから、売られた孤児を全て取り戻す。そしたら、その事で私は恨まれ狙われるだろうね。その相手には貴族も含まれるかもしれない」
「悪い奴は斬る」
「だとこれから一番難しい事は、私を守り切る事かな? あまりにも世直し計画が上手く行かないから、強硬手段に出ようと思っているんだよね。そしてその先はもっと凄い事になると思う。それは絶対に危険で険しい道のりになる」
うんうん! と目をキラキラさせてアンナが頷いた。
「だからね、ここから先はアンナと私だけの秘密が増えると思う。私もアンナの事を外では話さない、アンナも外では私の事を話さない。そう言う風になると思う」
「そうか」
そして俺はアンナの核心に迫る。
「アンナはずっと挑戦し続けたいんでしょ? それを達成するまではやめない、やめたくないって思ってるんだよね? でもダンジョンには既に目標は無くなった。だったら私がその難しい目標をいっぱい作ってあげる。私はこの世の女性の全てが、男と肩を並べる世界を作ろうと思っているんだ。それは最終的に王にすら背く事かもしれない。こんな事を話したら不敬罪で処刑されるかもしれない。だけどやめるつもりはない」
「聖女…凄いな…」
「私からするとあなたが凄い」
「でも、世界を敵に回すかもしれない。自分はそんな事を考えたことも無い」
「だから、ここだけの秘密。私は世界を敵に回しても女の社会を作る。アンナはその無謀な目標の為に走る私を守り切る。私は女の社会が作れなければ負け、アンナは私を守り切る事が出来なければ負け。どう?」
するとアンナがにやーーっと笑った。そして俺に言う。
「分かった。ならば守り切ってみせる。難しいかもしれないけどやりきる。聖女はその社会を作るまでやめるな」
「もちろん止めるつもりはさらさらない」
「うん」
そして俺は、俺が人知れず書いた書面を取り出した。そこにはこう記していた。
聖女は女を男と平等にする世界を作る事を止めない。アンナは聖女が目標を達成するまで守り切る事を止めない。
と。
そして俺はナイフを取り出した。それで自分の親指に軽くさして、プクッと血が出てきたのをその紙におした。血判だ。
「なんだそれ?」
アンナが聞いて来る。
「お互いの血で制約を交わす。アンナもやってくれる?」
「わかった。面白いな」
そしてアンナが自分の親指にナイフを軽く立てて血を出し、親指を紙につけた。
「ありがとう」
そして俺はその紙に契約の魔法をかける。すると紙がふわりと浮かんで、空中に浮きあがりバッと消えて俺とアンナに光の幕が下りた。
「お互いの命尽きるまでの秘密ね」
「わかった」
そして俺は一息ついてお茶を飲んだ。それにつられてアンナもお茶を飲む。
「じゃ、今日は後好きにしていいよ」
「わかった。なら私は寝るまで剣を振る」
「どうぞ」
アンナは背筋を伸ばして、生き生きとした表情で剣を持ち部屋を出て行った。俺が思った通り、アンナは自分の剣の価値がダンジョンになど無いと悟っていたのだ。自分の剣はもっと崇高で、価値のある物だと思っているのだ。とてつもなく難しい課題を課して、それをクリアする為だけに剣を振る。そして今回アンナには超難しい課題が出来たのである。
また俺も俺自身に逃げられない目標を課した。
その時、俺は自分の剣を手に入れたことに気づいていなかった。自由の翼を手に入れたと気づくのはまたしばらく後の事。ただただ俺の頭の中は、様々な問題を片付けて女の地位をあげる事だけに集中していたのである。
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