第65話 伯爵からの情報

 応接室にはドモクレー伯爵が待っていて、俺が部屋に入るや否やぺこぺこして来た。俺はアデルナを引き連れて部屋に入って行く。若い使用人はこいつの前には出さない。


 ジロジロ見られたくないから!


 ドモクレーの後には真面目そうな執事が立っていた。


 そしてドモクレーが言った。


「いやあ! 聖女様、どういった風の吹き回しでしょうか! 私の訪問に対応して下さるなど!」


「いえ、いつもは忙しかったのですけどね。今日はたまたま空いていたのです」


「それはそれは」


 ドモクレーは伯爵という高貴な立場にも関わらず、腰低く俺にすり寄って来る。だがもちろん俺は距離を置いて、ソファに座るように勧めた。


「あ、ああ。では失礼をして」


 ドモクレーが汗をふきふきソファに座った。


「それで、どう言ったご用件でございましょうか?」


「いえ、何やら聖女様が邸宅からお出にならないとお耳にしまして、もしかしたらお身体の具合でも悪いのかと思いましてね。それであればいい薬師や医者をお連れしようかと思っておりました」


「それでわざわざ?」


「はい」


 なんだ? キモいけど悪い奴ではないのか?


「それでしたら心配ご無用、私はこのようにピンピンしております」


「そうですかそうですか! それは何よりでございます」


「それだけですか?」


 するとドモクレーの表情が少し変わった。


「まあそれ以外は特には…」


 なんだよ。じゃあ全く意味ねえじゃん。だがドモクレーはすぐに表情を変えて言う。


「あっ! そうそう!」


 急に何かを思い出したような素振りをするが、なんともわざとらしくて嫌いだ。恐らくはこれが本題なのだろうと思う。そう言うのがムカつくんだよね。悪いヤツっぽくて。


「なんでしょう?」


「最近、王都内ではいろいろな動きがあるようでして、普段とは違った様子なのでございます。それと聖女様が外出しなくなった時期が丁度かぶっておりましたので、何やら心配になりましてね」


「それなら関係ないと思いますよ」


「そうですか! そうですか!」


「ちなみに変わった様子というのはどのような?」


 するとめちゃくちゃいやらしそうな顔を一瞬のぞかせたが、すぐにそれを引っ込める。どう考えても絶対に悪い奴の雰囲気だ。


「噂…程度でございますが、ギルドが何やら動いているのではないかと噂になっているのでございます」


 ほう。


「なるほど。そのような事は初耳でございますね」


「そうですか! そうですか!」


「噂はどこで?」


「あ、いえいえ! うちの使用人が街で耳にした程度のものでございます」


「まあよくある、民の噂話でございましょう」


「まあ、そうでしょうな」


 こいつ…何か掴んでるな? でなければわざわざ俺んとこ来て、こんなことを話さないだろう。


 その時。


 コンコン!


「失礼いたします!」


「はい」


 するとミリィがドモクレーに一礼をして、お茶のおかわりとお菓子を持って来た。別にいらないのに。だが話を切るタイミングとしては絶妙な頃合いだ。


「これはこれは! なんとも教育が行き届いていらっしゃいますな! しかも聖女様の所に居る使用人の方々は見目麗しき女性ばかりで、なんとも羨ましい限りでございます」

 

 うわっ! めっちゃいやらしい目でミリィを見ている! 殺すぞ!


「使用人の事を褒められるのは嬉しいですね。彼女は王室からの推薦でついたメイドです」


「なるほど! 所作が上品でいらっしゃる」


 それ以上ミリィを見るな。腐るといけない!


「ミリィ、後はけっこう。アデルナが引き継ぎましょう」


「ですが」


「大事なお話し中ですよ」


「失礼いたしました」


 そしてミリィが出ていく。


 あーよかった! こんなキモ男に見られたらミリィが減る。


 ともかく話を一旦止めたことで空気が変わった。ドモクレーの雰囲気も変わったので、俺は聞いてみることにした。


「それで、なぜその様な噂話をうちに?」


「いえ。聖女様が関係していないのであれば、私が気を回し過ぎたのでしょうな。ただ、そのようなうわさ話を聞いて、真に受ける人などもいらっしゃるようでした」


 ひゅひっ! とドモクレーがキモい息を吐いた。たぶん恐らくこれが本題だ。


「真に受ける人?」


「はいー」


 うっわ。めっちゃいやらしい顔。こいつは本当に悪党じゃねえのかな?


「どちら様でしょう?」


「ええ、実は一部の貴族が、だいぶ大人しくなったようなのですよ」


 おや? それはギルドからももらってない情報だ。やっぱり貴族の事は貴族と言う事か?


「一部の貴族と申しますと?」


「いえ、私の口からは誰とは言えないのですがね、うちの使用人が奴隷商から聞いたらしいのです。一部の貴族達が奴隷を買うのをやめたとかどうとか」


「なぜでしょう?」


「それがですね。正規のルートではないところから奴隷を買ったなどと言う噂もございましてね。もっぱらそう言う噂のある方達界隈が大人しくなったのでございます」


 なるほど。ギルドが嗅ぎまわっているのがバレてるな。それに俺が絡んでいるとドモクレーもにらんでいるんだろう。完全極秘のはずだがな。


「そうですか。その様な事が…それは心が痛みます」


「ええ! そうでしょう! そうでしょう! 聖女様であればその様な事は許す事は出来ないかと思いましてね。ちょっとだけお耳に入れておこうかと思ったわけです」


「憂慮すべき事です。それにしても、それをわざわざ私のもとまで訪れて伝えようとするなんて、書簡でも十分でございましたのに」


「いえいえ。まあ噂話でございますので、正式な書面にするわけにもいかず。あ、そうそう! そういえば手土産をお持ちしたのでございます」


 そう言ってドモクレーが後ろの執事に声をかける。すると執事は丁寧な所作で、持って来た包みをあけて箱を取り出した。


「そんな、情報を頂いた上に手土産まで」


「いえいえ。実は私の息がかかった化粧道具屋の逸品なのでございます」


「それはそれは」


 そしてアデルナが執事からその箱を受け取った。するとドモクレーがキモい笑顔を浮かべて言う。


「是非お気に召しましたら、次からは御贔屓になさっていただけますと嬉しいです」


 まあ、タダでは転ばないか。


「ええ。それではありがたく遣わさせていただきましょう」


「ほひゅほひゅ!」


 めっちゃキモい笑いをして、ドモクレーは執事に目配せをした。


「それでは私はこれにて。聖女様のお忙しい時間を頂きましてありがとうございました」


「いえ。聖女支援財団の事も良くしていただいて、随分よくしてくださいますね」


「いえいえ!」


「また何かございましたらよろしくお願いします」


「は、はい!」


 そう言ってドモクレーが立ち上がる。俺も一緒に立ち上がって軽く会釈をした。


 パンパン! とアデルナが手を鳴らすと、メイドが入って来る。


「伯爵様がお帰りです」


「はい」


 そしてメイドを先頭にドモクレーと執事、そして俺とアデルナが玄関に向かう。どうやら夕食が出来上がったようで、館内に良い匂いがたちこめていたが、こいつを食事に誘う事などない。


 玄関口に立ってドモクレーが礼をする。


「それでは聖女様! またの機会に!」


「はい」


「あ、そうそう! もし陛下に謁見されるときは、あの化粧道具は貢物として役に立つかと。ブエナ王妃殿下やビクトレナ王女様もさぞお喜びになるかと思います」


 なるほど。それも狙いの一つね。キモいドモクレーから勧めるより、俺から薦めた方が彼女らも使いやすいだろうしね。だけど本当にいい物じゃなきゃ紹介しないけど。


「ええ、機会があれば」


 そしてドモクレーが玄関を出ようとした時、玄関の外からアンナを連れたミリィが戻って来た。


「失礼いたしました。お邪魔をいたしました」


 ミリィがドモクレーに頭を下げる。


「いえいえ。なにもなにも!」


 そう言ってお辞儀をしながら、アンナを鋭い目で見ていたのを俺は見逃さなかった。


「なかなかに珍しい使用人の方がいらっしゃいますね? 剣などをお持ちで護衛のお方でしょうか?」


「まあそんなところです。女所帯で物騒ですから」


「それは良い考えだ! それでは私はこれで」


「はい」


 俺達がゆっくりと頭を下げると、ドモクレーと執事は馬車に乗って出て言った。


「ふう」


 俺がため息をつくとアデルナが言う。


「感づかれておいでのようでした」


「その様だけど、どこまで知っているのかな?」


「そうですね。とりあえず目論見があっての事でしょう」


「そうだね」


 そして俺達は夕食の為に食堂へと向かうのだった。ドモクレーがわざわざ、王妃に化粧道具を奨めたくて来たわけではないだろう。何かの企みがあって俺に情報をもって来たと見るべきだ。


 しかしアイツは、いつもいつもなんで鼻が利くかね。


 するとアンナが言う。


「あれは悪いヤツ?」


 突然口を開いたので、俺達が一様に驚く。


「いや、悪いヤツでは無さそう」


「ならいい」


 なるほどね。こっちはこっちで俺の見立て通りの人だったかもしれない。


「とにかく、お腹減ったでしょ! ご飯ご飯!」


「わかった」


 アンナもほんの少しだけ打ち解けて来た。まだ三日しか経っていないので、焦らずに心を通わせて行こうと思うのだった。

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