第64話 似た者同士

 あれは根気と言うのだろうか? 


 俺達はアンナを見ていた。


 恐らく血のにじむような努力をしているはずなのだが、努力をしているようには一切見えない。ただひたすら剣を振るのが楽しい人だった。言ってみると剣オタクというやつだ。流石の俺も三日目には見学するのに飽きてきた。やっている事が全く変わらないのだ。


 俺が、何度かアンナに聞いたところ楽しいのだと答えてくれた。


 おー! パチパチパチパチ!


 まあ俺だけが見ているのもなんなので、聖女邸の女性達を観客として全員を庭に連れて来た。凄まじい剣技という物は人を感動させるらしく、皆が目をキラキラとさせてアンナを見ている。


 ある意味サーカスみたいなもんだ。


 そんな事を思いながら飛びあがるアンナを見ている。いつもと変わらずに、剣を振り体を動かし極限まで練習を続けている。あの無尽蔵の体力は一体どこから来るものなのか知りたい。


 すると俺の隣りに座っているスティーリアが言った。


「なんというか、方向性は違うのですが…」


「ん?」


「聖女様に似ていると思います」


「私に? アンナが?」


 いやいや。俺があんな仙人みたいな人と似ているわけが無い。だがその隣にいるミリィもアデルナもヴァイオレットも大きく頷いた。そしてミリィが言う。


「そうですね。なんというか、女性の為に奔走する聖女様は絶対にあきらめないですよね? 何度挫折しても何か糸口を探そうとしている。普通だったらもうあきらめていると思います」


 ヴァイオレットもうんうん頷いている。そしてアデルナが笑って言う。


「類は友を呼ぶというのでしょうか? 一心不乱に女性の地位向上のために動く聖女様と、あのアンナ様は似たもの同士のような気がします」


「似たもの同士ねぇ…。私があの子と…」


「「「「はい」」」」


 全く分からない。俺は女が好きで徹底してるだけだ…


 ん?


 女が好きで徹底している? アンナは剣が好きで徹底しているか。確かに似通っている部分は無くはない。剣と女という違いがそこにあるだけだ。なんとなく俺がアンナに惹かれる理由はそんなところにあるのかもしれない…


 思い起こせば俺は前世でヒモだった。だがそれはなぜかと言えば、女が大好きだったからだ。一人を愛するという事は出来無かったが、それぞれを本当に大好きだったのだ。全員を愛していたと言っても過言ではない。この世界に来てもその気持ちはほとんど変わらず、全員の事を大切に思っている。前世のヒモとは違って聖女という力を持っているために、その力を利用して奔走しているだけなのだ。


 そう考えてみると…


「なんか、アンナの事が分かって来たかもしれない」


 俺がぼそりという。


「ふふっ、やっぱり精通するものがありそうですね」


「もしかしたら、アンナがギルドで冒険を辞めたのは、自分の剣の方向性と違ったからかもしれない」


 するとスティーリアが聞いて来る。


「方向性、でございますか?」


「なんとなく想像だけど。彼女の剣は狩りをするためにあるのじゃない気がする」


「狩の為じゃない?」


「そう。うまく言えないけど、そんなものの為に剣をふるうのは違うと思っているんじゃないかと」


「…そうですか」


 そう考えてアンナを見ていると、強さだけが彼女の目的じゃない事が見え隠れしてくる。もちろん彼女の目的とは剣を振る事だ。だがその奥には、何か秘めている事があるんじゃないかと思えて来た。


「ま、そのうち分かるかもね」


 四人がコクリと頷いた。すると、その隣で見学していたキッチンメイドが俺に言う。


「さて、私達は夕食の支度をいたします」


 それを聞いた他の使用人達も立ち上がり言う。


「私は買い出しに行ってまいりましょう」


 そして他のメイドが言った。


「そろそろ洗濯ものを取り込まないと」


 どうやら俺達の会話を聞いていて、何か思うところがあったらしい。それぞれが、せわしなく自分の持ち場へと戻って行くのだった。


 アデルナが腰を上げて言った。


「さて、ヴァイオレット。ギルドへの返事を持って行く事にしましょう」


「はい」


 ヴァイオレットも立って、スカートのお尻についた草を払いアデルナと一緒に歩いて行った。今度はスティーリアが言う。


「私は、聖女様の代わりに孤児院を回ってまいります」


「あ、じゃあ私も」


「いえ。聖女様が動き回られると、いろんな男達が付いて回ります。私が代行で行ってきます」


「わかった。ではお願いしようかな」


「はい」


 そしてスティーリアも立ち上がって行ってしまった。残ったのはお付きのミリィと俺、そして剣を振り続けるアンナだった。


「皆、急にどうしたのかな」


「熱にやられたのだと思います。いても立っても居られなくなったのだと」


「熱…か…」


「はい」


 俺はどうだろう? 熱はあるか? もちろん志などは全くない。今ひたすら動いているのは、俺が女と自由恋愛が出来るようにする為の女性の人権をあげる活動だ。良からぬ下心で動き回っていると言っても過言ではない。俺を突き動かしているのはソフィアと恋愛がしたい、そしてもっとたくさんの女達とずっと一緒に居たいと言う気持ちだけだ。


 そう考えながらも、まじまじとアンナを見ていると何かが分かってきそうだった。


「そうか」


「なんです?」


「まだ私の目的をアンナに言っていない」


「目的を彼女に言うと良いのですか?」


「もし、私と同じ思考回路を持っているとしたら、彼女の目的は魔獣狩なんかじゃない」


「なんです?」


「うーん。それは彼女と二人きりで聞いてみようかと思うんだ」


「わかりました。内緒、と言う事ですね」


「そうだね」


「ふふっ」


 ミリィが楽しそうに笑う。


「楽しい?」


「はい。聖女様は本当にアンナ様の事を知ろうとしている。そしてそれと同じ目をいつも、私達に向けられていますよね?」


  そりゃそうだ! 可愛い女の子はジロジロ見るに決まっている! 俺はミリィもスティーリアもヴァイオレットの事もすっごく知りたい。王女ビクトレナの事も知りたいし、もっともっと知りたいのはソフィアの事だ。そして目の前で剣を振り続けているアンナという女性の事も知りたい。知れば知るほどに俺の欲求が満たされるからだ。女という生き物に飽きる事など想像もつかない。


「皆を良く知りたいからね」


「それは皆が嬉しいんです。そうやって皆を知ろうとしてくださる。そんな貴族など聞いた事もありませんし、偉い方達というのは下々の物に興味を示しません。見目麗しい男や女であれば、声をかける事もありましょうが、それは慰みものの傾向が強いです。ですが聖女様はなんと言うか…」


 そう言ってミリィは黙った。


「何?」


「私達の『心』を気にかけてくださる」


 当たり前じゃん! 俺の事を心から好きでいて欲しいもん! それには俺が君達を好きでいなければならないじゃん!


 まあそんな事を正面から言うわけにはいかないけど。


「みんなの気持ちが大事だからね。皆が気持ちよく働いてくれて、気持ちよく生きていられるようにすることが、私の目標だから」


「ふふふ。本当に変な方です」


「変って」


「悪い意味ではありません。偉い方はほとんどの人が自分本位であると感じるのです。ですが自分をさておき、皆に気を使われる聖女様は本当に変です」


 そんな事はない、俺は超自分勝手だ。だが少なくても、俺が感じた中でソフィアだけは自分本位じゃないと思う。KYな所があって、自分本位に見られる事があるソフィアだが、彼女は決してそういう女性じゃない。


「そうなのかな? 自分ではよくわからないよ?」


「ふふっ」


 物凄く愛らしい顔で俺に微笑みかけて来るミリィを、思わず俺は抱き寄せてしまいたくなる。だがそんな事をしたら、変な誤解を生むかもしれないのでじっとこらえる。まあ変な誤解をしたければすればいいとも思うが、そんな事をしたら今までの活動が水の泡になりそうな気がしてくる。


 すると向こうから歩いて来たメイドが声をかけて来た。


「聖女様。ドモクレー伯爵がお見えです」


 ゲボォ! なんでこんないい時にアイツが来るんだよ! 


 …だけど確か、アイツはセクカ伯爵とも面識があったな。何の用かは分からないが、アイツは白だと判明している。めっちゃキモいけど一応話だけでも聞いてやるか。


「会いましょう」


「「えっ!」」


 ミリィとメイドが驚いている。今までずっと無しの礫だったのが、いきなり会うと言ったので意表をつかれたらしい。


「ミリィ、身だしなみを」


「はい。それでは部屋にてお着替えと身だしなみを整えましょう」


 そして俺はメイドにドモクレーに会う事を伝えるように言い、自分の部屋へと戻るのだった

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