第61話 女の子の日の挫折感

 目の前で冒険者の女が飯を食っていた。


「うんま!」


「それはよかった」


「いや。こんなにうまい飯を食わせてもらえるなんて思わなかった。聖女様っつうくらいだから質素な暮らししてんのかと思った!」


 あれ? マズかったかな? とは言えあとのまつり。とりあえずうちの食事を堪能してもらおうか。


「聖女の仕事も結構ハードなのですよ」


「まあ英雄様だから忙しいとは思うけど」


 あ、そういえば名前聞いてねえ。


「すみません。お腹が減っているようでしたので、お連れしてきたのですがお名前を聞いておりませんでした」


「ブッ! そうだよ! すまん。あとこれはギルドからの紹介状だ」


 紹介状を出しながら女冒険者が言う。


「あたしはロサ。一応冒険者でAランク」


「私はフラル、聖女です」


「知ってるよ。王都で聖女様を知らないやつなんて居ないだろうし」


「なら自己紹介は不要かな?」


「ああ、あと冒険者に敬語なんてやめてくれ。話し辛くていけねえ」


「わかった。なら、ロサって呼んでいいかな?」


「ああ。それでいい」


 そして俺がギルドの紹介状を後ろに立っているミリィに渡すと、スッとレターナイフで切って返してくれる。そして中身を取り出してそこに広げた。


 えーと。パーティーに属しているのか。


「パーティーに入ってるね」


「ああ。朱の獅子っていうパーティーさ」


「朱の獅子…もしかして、朱のというのはロサさんの事かな?」


「まあそうだね。あたしがパーティーリーダーだからそう名付けた」


 獅子か。すっごく強そうな感じはする。だけどパーティーリーダーか…。紅一点って感じなのかな?


「だとパーティーに属しながら、私達の依頼をこなそうと?」


「いや。実はあたしの意思でここに来たわけじゃないんだ。なんだか難しそうな依頼だったから、他の奴は断ったらしい。で、ギルマスに、とにかく行ってきてくれって言われてね」


 おもいっきり正直な子だ。嫌いじゃない。


「なるほど」


「で、条件はなんとなく知ってるんだけど、住み込みじゃないとダメなのかい?」


「出来ればね」


「そうかあ…だと難しいかな。あたしが抜けたら朱の獅子の連中が困るし」


 確かにそうだ。恐らくギルドマスターのビアレスが苦し紛れにロサを送って来たのだろう。


「パーティーに迷惑がかかりそうだしね」


「まあ、そうなるね」


 ま、仕方がない。とりあえず今日はガッツリ飯を食って、おとりひき願うしかないだろう。


「まず、たくさん食べてね」


「ありがてえ」


 そしてロサはむしゃむしゃと肉を喰らい始める。その食べっぷりが豪快でなかなかいい。女にしては、隠さずあけすけに話してくれるのもいい。だがそれでは俺達との秘密の作戦を他で話したりはしないだろうか?


「ここでの話は他言無用だけど問題ないかな?」


「ないない! あたしゃ口は堅いんだ。パーティーメンバーにも言うなっつうんだったら、あたしは黙っとくよ」


 まず信用してみるか。というかそこまで深い所を話さなければばいいだろうし。


「人助けがしたい。それが依頼内容だよ」


「人助け?」


「そう、その言葉の額面通りの話だよ」


「どんな人を? ゴブリンにでも攫われたのかい?」


 うーん。やっぱそんな感じになるか。


「違うんだ。一部は盗賊から助け出す人もいるかもしれないけど」


「盗賊か。ならギルドでも数個のパーティーでなくちゃだろ。まあ相手の規模にもよるけど、あまりにデカけりゃ騎士団に頼むしかないだろうし」


 どうするか? ロサに頼むかどうかも分からないのに、これ以上話して良いものかどうか。だけど分かっている中からかいつまんで話すしかない。


「実は助ける相手は複数で、それぞれが違う状況に置かれているんだ。それらを時間をかけて助けていくという仕事なんだよね」


「…そりゃ、なんというか、難儀な話だね」


 ロサは飯を食いながらも難しい顔をして言う。


 そう、難儀な話なのだ。こうやって考えてみると、この依頼自体がめちゃくちゃ無理難題だったかもしれない。


「だから。住み込みでうちから給金を払って、仕事をじっくりと片付けられる人が必要って事でね。恐らく全てを助け出して安否を確認するまで仕事が続くから」


「なるほど…、こりゃあちょっと荷が重いかな」


 うーん。残念、やはりロサは自分の仲間を持っているからな。そいつらを巻き込む訳にも行かないしな。


 するとロサが続けて聞いて来た。


「もし差し支えなければ、そのうち一人の状況を聞いても?」


 まず一番当たり障りのない所から言う。


「えーと、ある子が盗賊に入ったんだけど、それを連れ戻して更生させたい」


 一瞬ロサが止まる。そして次の瞬間に大笑いした。


「自ら盗賊になった子を連れ戻して更生させる? そんなの騎士団でもやらない仕事じゃないか?」


 あー、やっぱりそうなるよね。


「おっしゃる通り。だけどその子は好き好んで、そうなった訳じゃなくて、どうしようも無くそれしか選ぶ事が出来ないように追い込まれたんだ」


 するとロサは真面目な顔をして言う。


「確かに聖女様のお仕事らしいな。だけど、あたしら冒険者にそんな仕事は無い。好き好んで盗賊になった奴を連れて来て改心させるなんざ、聞いた事も無いよ」


 だよなぁ。まあ難しいと思う。やっぱり衣食住を共にして、気ごころ知れた仲にならないと難しそうだ。


「依頼の段階で難しいとは思ってたんだけど」


「まあ、聖女様の言う事は分かる。そして聖女様という立場ならそういう事もするんだろうが、なんで冒険者なんだい? 聖女様なら騎士団にお願いする事も出来るだろうに」


 うーん。偉い貴族が絡んでいるからそういう訳にもいかない。なんて言えないよ絶対。


「まあ事情があってね」


「一つ聞いて良いかい?」


「どうぞ」


「その盗賊に降りた奴の素性は?」


 ロサが何かに気づいたような顔で聞いて来る。


「孤児かな」


「‥‥‥なるほど」


 ロサが考え込むように言った。何が、なるほどなのだろう?


「どうしたの?」


「ギルマスが、この話に入れ込む理由が分かったって事さ」


「ああ、彼の出身を知ってるんだね?」


「そう。そして今の話から大まかな概要も分かって来たよ。はっきりと言えない理由も、騎士団に頼めない理由もね」


 するどい。流石はAランク冒険者。


「噂とか聞いたことある?」


「こっちも他言無用でお願いしたいが、あるね」


「そうか。ある程度は知っているか」


「そうだね。だけどそんなところに切り込もうとしてるのかい? 聖女様は」


「私はそんな子らを見捨てられないだけ。それ以上の理由はない」


「噂にたがわぬ志の高いお方だ。だけど、話の内容からすればパーティーメンバーにも迷惑がかかってしまう。ちょっとすぐには答えが出せないね、むしろ難しいと思ってくれていいかもしれない。無下に断らないのは、あたしだって許せないからさ。だけどそれは本当に難しい問題だ」


「そう。だけど誰かが立ち上がらないといけない」


「とりあえず。今夜の事はあたしの心にしまっておく事にするよ。二、三日中に答えを出すって事でいいかい?」


「もちろん。むしろ半端にやれることでもないから」


「ああ」


 そう言ってロサはフォークを置いた。どうやら今日の面談は失敗のようだ。


「わざわざ来ていただいてありがとう。冒険の帰りなのでヘトヘトでしょう?」


「いや。今日は商人の護衛の仕事だったからね。それほど大変では無かった」


「いずれにせよ。今日のところは」


「わかった。とにかく数日待ってくれ」


「わかった」


「うまい飯をありがとう。今度何か依頼する時は、少し安くやってやるからギルマス経由で声をかけてくれよ」


「その時はそうしましょう」


「ああ」


 そう言ってロサが立ち上がる。俺とスティーリアとアデルナが、ロサを門まで送り。彼女はさっそうと夜の町へと消え去って行った。


「うーん。いい感じの人だったけどねえ」


「はい。人格は申し分ないかと、ですが状況が許しませんね」


「だねえ…。アデルナ次はあるかな?」


「どうでしょう? ギルドで何人に声をかけたのか? あるいはロサが最後だったのかもしれません」


「そうか…」


 無駄だったと思うと、女の子の日のあれがずっしりとのしかかってくる。腹が痛てえけど皆が心配するといけないので黙っておこう。とにかくそっと聖女邸に入るのだった。


 するとミリィが俺の所にやって来て言う。


「聖女様。今日はもうお休みになられてください。ただでさえ体調が悪かったのですから」


「そうする。ミリィありがとう」


「いえ。とにかくお部屋に」


「はい。じゃあスティーリア、このギルドからの紹介状をよく読んで返信の書簡をしたためて欲しい」


「わかりました」


「それを出すのは三日後。もしかしたらロサが気変わりするかもしれないから」


「はい」


 指示を出して俺は部屋に向かう。スティーリアもアデルナも、メイド達も俺が意気消沈しているのを心配そうに見ていた。腹も頭も痛いし寝るしかない。部屋に戻ると、早速俺のドレスをミリィが脱がしてくれた。腹が緩まったのでホッと一息つけた。


「ちょっとごめんね」


 俺はミリィから離れ、自分に癒しの魔法をかける。すると腹痛と頭痛が軽減していく。


 こんなにつらいなら、他の女の子達にもしてあげなきゃと思う。だけど、皆自分の時は口に出して言わないんだよなあ。


 そう。女の子達は俺の前では弱音を吐かないのだ。むしろ俺は女の子のそう言う一面が好きなのに、みな気丈にふるまいそんな素振りは見せない。


「じゃあ、眠るかな」


「はい。寝付かれるまでお側におります」


「ありがとうミリィ」


 俺がベッドに向かうとミリィが掛布団を上げてくれる。そして俺がそこに横たわると優しくかけてくれた。そしてミリィは俺の手を握ってくれた。


「どうにか眠れそうだ」


「よく、母がそうしてくれました。ですので聖女様はゆっくりお休みください」


「うん」


 そして俺は目をつぶり、ロサの事を思い出してみる。


 よく考えたらロサのパーティーの人員構成を聞いておくんだった。どんな構成か分かれば、全員を雇い入れる事も可能だったかもしれない。まあ冒険者パーティーが、女だけなんて言う事はあり得ないだろうけど。


 そして俺はミリィに手を握られながら眠るのだった。

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