第60話 女の子の日の訪問者

だるい。


 ギルドへ依頼書を出してから三日たっているが、まだ今日も返答は無かった。俺は一人で私室のソファに座り、ランプの光で照らし出された孤児の名簿を見ている。中でも最も可哀想な子の名前を見つめていた。


「あーあ、なーんも返事来ねえじゃん。俺は待つの苦手なんだよな」


 窓の外には星が輝き始めたので、ここからの来客はたぶん非情事態のみだ。


 俺を襲ったであろう真犯人や真相の王宮からの知らせは、恐らく時間がかかるだろう。またソフィアへの女子部会の副理事の打診は、周りの意見もあるだろうから簡単には答えられない。そして今回ギルドにお願いした、うちで働いても良いという女冒険者も、条件があるので簡単にはこないだろう。


 あーだるい。


 余りにも退屈だ。俺は名簿をそっと机の上に置いて、三面鏡の前に座り自分の顔を見る。今朝見た時と、代わりの無い青い瞳。まつ毛は上も下も長く、白い肌と頬は柔らかくピンク色が差している。唇はふっくらしていて、自分の唇じゃなかったらむしゃぶりつきたいところだ。


「自分を見てもムラムラはこねえけどな」


 俺はベロを出したり、あっかんべをしたり、鼻を釣り上げたり、ほっぺをむぎゅっとしたりした。だが何処をどうやってもそれほど崩れる事は無く愛嬌がある。


「完璧っちゃ完璧だけど、自分の顔じゃ飽きるぜ」


 俺は三面鏡に置いてある化粧品を見つめる。いつもミリィにしてもらっているので、自分で化粧することは出来なかった。


 まあ毎日見ているからなんとなくやり方は分かるが…女になったみたいで嫌なんだよな。てか女なんだけどね。


「やることねえな」 


 だるい…


 俺は椅子を窓際に持って行って背もたれを窓側にし、またぐように座り空を見上げる。


「この世界の星空は綺麗だよなあ。今ごろソフィアも見てるかなぁ?」


 独り言を言っても何も進まない。するとランプの炎が少し揺らいだ。ソフィアを思い浮かべていると、胸がきゅんとなってその上にムラムラしてくる。


「いい女だ」


 ソフィアは良い女だ。目が吊りあがっていて、ワインレッドのウエーブがかかった髪が情熱的でいい。それでいて真面目で、空気を読まずに発言する時がある。彼女は間違った事が嫌いなのだ。その凛とした雰囲気の中にガラスのような脆さが見え隠れするのも良い。そして細身なのに意外に出るところは出ている。


 完璧だ。


 俺にとって完璧は俺じゃなくソフィアだ。彼女の事を考えているとムラムラしてくるのだ。


「だが…」


 俺はそんな時も自分の体を触らない。俺が男だったら迷わずだったが、この体は正真正銘女の体だ。くびれが凄いがお尻はそんなに大きく無く、それなのに胸がある。まるで整形済みのハリウッド女優のようだ。


 まあハリウッド女優が体をいじってるかどうかは知らねえけど。


 とにかく俺は怖かった。自分が女性の感覚を味わうのが怖い。男の心が女の感覚を感じ取るのを拒んでいるのだった。そして俺が一番気が重いのは、月に一度の女の子の日だ。腹は痛てえし頭も重いし、思わず自分に癒し魔法をかけてしまう。俺が聖女じゃなかったら地獄だったろう。女は毎月これに耐えてると思うと尊敬する。そう、それが今日なのだ。だから俺は風呂をパスした。


 皆は皆で入ってくれりゃいいのに。俺が入らないと皆も入らねえんだからな。律儀な子らだ。


「ふう。だるっ」


 口に出して言ってみても何もならない。俺が窓の外の星を眺めていると流れ星が流れた。思えばこんなにゆっくり空を見上げたことなどあっただろうか? だが余りにもだるくなってきて俺はベッドにバフッと横になる。


「なんもこねえし」


 眠ってしまえばいいのだろうが、まだ寝るには早い時間だ。太陽が沈んで星が瞬きだしたころ。前世だったらこっから飲みにでも行こうか? なんて女を誘っている頃だ。


 月明かりが寝ている俺を照らす。


 コンコン


 唐突にドアがノックされた。


「失礼します」


「はい」


 扉が開いてミリィが入って来る。


「あ、ミリィ」


「お辛いかと思いまして、暖かい飲み物でもいかがかと」


 うれしい。俺はミリィの存在が無ければ、毎月死亡していただろう。彼女は俺が具合悪いのを察して、こうやって差し入れをしてくれるのだった。


「入って」


「はい」


 ミリィはそっと扉を閉めて、テーブルにティーセットを置いた。


「新しいお菓子だと言う事です」


 新しいお菓子だと言うが、器には見慣れたものが入っていた。


「えっ? こんなのがあったの?」


「はい。巷で話題との事です」


 目の前に置かれたお菓子はチョコレートだった。なんつーか今一番食べたい物ナンバーワンのような気がする。チョコを一粒つまんで口に入れるとすっごく安心した。


「ほっ」


「喜んで頂いて何よりです。紅茶にはミルクをたっぷり入れますね」


「ありがとう」


 ミリィは心配そうに俺の顔を伺う。


「大丈夫だよ」


「毎月、この日は塞ぎこまれてますので」


 そうなんだよ…苦手なんだよね。君らはずっとこういうのと付き合って来て偉いよ。


「まあそれもあるけど、何の便りも来ないのがね」


「そうですね。焦りも出ますよね」


「うん。それだけ女の子達の幸せが遠のくような気がしてね」


 俺はそういって手元にソーサーごとティーカップを持ち上げる。そして一口コクリと飲んだ。


「ふぅ。甘くておいしい」


「よかったです」


 そしてティーカップを置き、俺は目と目の間の鼻筋に指をあてて首を左右に振る。


「お肩をお揉みします」


 そう言ってミリィが俺の後ろに周り、肩を優しくマッサージしてくれた。


 こんな良い女がいるだろうか? 否! こんなに優しい女はそうはいない! ミリィは俺の為にこんなにしてくれる! 好き!


 俺は肩を揉んでくれているミリィの手に、そっと自分の手を重ねた。


「ありがとう」


「聖女様はもっとゆっくりなされて良いと思います。それだけの功績を残されてるのですし、無理はせずにゆっくりと」


 ミリィはそう言ってくれるが、この世界の女の自由を確立しないと皆が幸せになれないし、ソフィアと俺が結ばれる日は来ない。


「ありがとう。だいぶ楽になったよ」


「もう少し」


「ミリィの手が疲れちゃうから」


「いいえ。聖女様の肩ならいつまでも揉み続けられます」


 ええ子やぁ…。も、もうミリィと結ばれちゃおうかな!


 俺がグッとミリィの手を掴んだ時だった。


 コンコン!


「えっ?」


「失礼します。来客にございます」


「こんな時間に?」


 俺は咄嗟にドモクレーの顔が浮かんだ。恐らくあいつか王宮からの急ぎの通達だ。こんなにだるい時にそれをやるのは辛い。


 だが。


「女性でございます」


「女性?」


「ギルドから来たと申しております」


 俺とミリィが顔を見合わせる。


「「あっ…」」


「いかがなさいましょう? 帰っていただきますか?」


「いや、行くよ。服を着替えるから応接室で待たせておいて」


「かしこまりました」


 どうやらギルドに頼んでいた女冒険者が来たらしい。俺は辛い体を動かして、ミリィに着替えさせてもらうのだった。腹は少し痛いが、我慢してぎゅっと背中を締められる。面接をするのに腑抜けた格好で会うわけにはいかなかった。ささっと化粧を済ませてもらい、すぐにスティーリアを呼びに行かせる。


「よし!」


 俺は気合を入れて部屋を出るのだった。


 俺が廊下を歩いていると、スティーリアが部屋から出て来て俺に合流した。彼女はまだ寝る支度をしていたわけではなさそうで、キリリとした格好をしていた。まあいつも化粧っけは無いので問題ない。それでもきれいなのだから良いのだ。


 応接室の前にはアデルナが待っていた。


「体調のすぐれないところ申し訳ございません」


「いや、アデルナが謝る事じゃない」


「時間の指定などはしていなかったものですから」


「むしろ冒険者は日中仕事をしている事が多いからね、もしかしたら今日の仕事を終えて駆けつけてくれたのかもしれないよ」


「はい」


 そしてアデルナがドアを開けて中で待つ人に声をかける。


「失礼します」


 すると威勢のいい返事が返って来た。


「ああ!」


 その返事を聞いて俺とスティーリアとアデルナが応接室に入る。すると鎧の上に鉄の胸当てをした冒険者がどっかりとソファに座っていた。腕も太ももも筋肉質で、腹筋がガッツリ割れている。どうやら想像通り今日の仕事を終えて来たらしい。


「わざわざどうも。忙しかったのでしょう?」


「まあな。ていうか、この茶美味いな!」


 冒険者の言葉を聞いて、パンパン! とアデルナが手を叩きミリィを呼んだ。ミリィが入って来たので、新しいお茶を持ってくるように指示を出す。


「すまないね。催促したみたいでさ」


「好きなだけお飲みください。あ、ミリィ部屋にあるあのお菓子も」


「はい」


 ミリィはお茶とチョコレートを取に部屋を出て行った。


 女戦士は眼力が強く、凄い目力でこちらを見て来る。眉がしっかりしていて、茶色と金髪の間ぐらいの髪の色をしていた。髪の毛をバッサリと降ろしており、おでこの所に皮の髪留めを巻いている。


「というかお腹は空いていませんか?」


「ああ、これが終わったら宿場に行って飯さ」


「なら、丁度良い。聖女邸での夕食もまもなくです。ご一緒にいかがでしょう」


「えっ? 良いのかい? 遠慮しないよ?」


「私はちょっと食欲が無くて、ぜひたくさん食べて行ってください」


「そうかい。なら遠慮なくいただこうかね」


「では準備が終わるまでお茶でも」


 そこにミリィが戻って来た。なんと言うタイミングの良さだろう。そしてお茶を入れてチョコレートをテーブルに置く。


「これは最近新しいお菓子らしいです」


 俺がスッとその入れ物を差し出す。女戦士がそれをつまんで口に入れた。


「うまっ! なんだこれ! 食った事ねえな」


「それは良かった。好きなだけどうぞ」


「すまねえな」


 そして女戦士はそこにあったチョコレートを全て平らげてしまう。恐らく今日の仕事でかなりカロリーを消化したのだろう。


「仕事が終わって真っすぐにいらっしゃった?」


「そうだ」


「それはありがたい」


 食事の準備が出来たらしく、ミリィが俺達を呼びに来た。俺は女戦士を連れて食堂へと向かうのだった。

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