第59話 ギルドへの特別な依頼

 報告を終えたギルドのビスティー嬢が帰って行った。俺とスティーリアとヴァイオレットが、子供達の慣れの果ての名簿を見てげんなりする。


 俺が言った。


「奴隷墜ちに、盗賊に、薬漬け…などなど…か…」


 名簿を見たスティーリアが怖い顔で言う。


「こんなことがあったなんて! 許せません!」


 まったくだ。まあこの世界が前世とは違うとはいえ、前の世界でもこんな犯罪はニュースで見たことがある。むこうじゃ孤児じゃなくても攫われて、そんな運命をたどる奴がいた。ニュースで見て胸糞だとは思っていたが、実際に目の当たりにすると更にむかむか来る。だがこれはすぐに解決できる問題じゃない事が分かる。

 

 ヴァイオレットが言った。


「聖女様、まずは何から手を付けたらいいのでしょう?」


「そうだね…」


 まあクビディタスをこっそりぶっ殺したい気もするが、そんな事をしても腐った貴族とその風土が残っている限り、第二のクビディタスが生まれるだろう。前世の映画やアニメで見たように、組織に乗り込んで壊滅させて一件落着! なんていかない事だけは分かる。そんな事をしても、買う人間がいる限りは新しい闇の組織が現れるだけだ。


 スティーリアが言った。


「陛下にご相談されてはいかかでしょう?」


 だが俺はそれも違うと思った。と言うのも、ルクスエリムがその事について知らぬ訳はないと思ったからだ。もちろん容認しているという訳でもないだろうが、一斉摘発なんてしたら国内の貴族の派閥が二分して争いが起こるかもしれない。必要悪という訳でもないだろうが、ある程度は見て見ぬふりをしていると見て間違いないだろう。


「私が狙われた事件で、仮想敵国が関与しているかもしれないと分かった今は難しいかな」


 俺が言うとスティーリアが聞いて来る。


「どう言う事でしょうか?」


「ビスティーは、この孤児院の人身売買に有力貴族が関与していると言っていたよね? あれ、ギルドで貴族の末端だけを知る事が出来たなんて言ってるけど、恐らくある程度上の目星はついていると思う。そしてその貴族を怒らせると、大変な事が起きると思っているんだろうね。特に私の襲撃事件に仮想敵国が絡んでいるとなれば、国が割れる事は敵国の思うつぼだし。そんな渦中の人にギルドは、それを教えるわけにはいかないよね?」


「それでビスティーさんは言わなかったという事ですか?」


「まあ、言えなかったって感じだろうね。ギルドはそこまで強い権力は無いから。あくまでも国家をまたいでの組織というだけで、国の権力には勝てないよ」


「まあ…そうですね」


「恐らくは私に力があるのを見込んで、尻尾であるセクカ伯爵の名前だけを言ったんだと思う」


「なるほどでございます」


 まあ、あくまでも推測だが、セクカ伯爵を辿れば関与している貴族は簡単に見つかるはずだ。ギルドで、それが分からないわけが無い。ここまでは分かったけど、これ以上はギルドでは手に負えないよ。と言って来ているのだ。それでなければ報告しに来ただけで、ビスティー嬢があそこまでビビるわけが無い。


 するとヴァイオレットが言う。


「であれば、聖女様が元凶を探すと言う事ですか?」


「まあ、それもあるけど今すぐは無理かな」


「そうですか…」


 ヴァイオレットが残念そうだ。


「だけど先に、この名簿にある消息の分かった子達だけでも何とか出来ないかなと思ってるよ」


「そうですか!」


「うん。幸いにも私には特別な力があるから、助け出しさえすればなんとかなると思うんだ。あとは無償で治癒してやればいいし、精神に負った傷も精神の魔法でどうにかなる」


「どうやって助けましょう? いま聖女様は身動きが取れないのではありませんか?」


「そこなんだよ。どうにかして動きたいと思っているんだけど、あともう一つ問題がある」


「なんでしょう?」


 言っていいのか、ちょっとためらうがここはハッキリ言っておいた方が良いだろう。


「動くのは私だけかな」


「「えっ」」


「私だけ」


 するとスティーリアが言う。


「何故です?」


「簡単。危ないから」


「そんな、聖女様も危険なのは同じ事です! 私は教会から、身を挺してお守りする役目を授かっているのです」


「恐らく現場に出れば荒事は避けられないと思う。だからと言って単独でというのも、私自身厳しいよね…。でも、スティーリアやヴァイオレットが現場に行っても出来る事はないよ?」


「しかし…」


「ごめん、こればっかりはダメ」


「‥‥‥」


 するとヴァイオレットが言った。


「あの! 冒険者の力をお借りするのはどうでしょう?」


 なるほど。確かに冒険者ならば協力してくれるかもしれない。だけど…俺は男臭い奴と一緒に動くなんてまっぴらごめんだ。背に腹は代えられないのは、緊急事態だけにしてほしい。


「えー、男と動くのは避けたいけど…」


 するとスティーリアも言う。


「そうよ。ヴァイオレット、聖女様のようにお美しくたおやかな御方が、荒くれ者と一緒に動くのはよろしくないわ」


「し、失礼しました。思いつきで」


 でも…まてよ。スティーリアと行った時、ギルドで女の冒険者を見たな…。


「いや、悪くは無いかもしれない。私がスティーリアとギルドに行った時、女の冒険者が居た」


 するとスティーリアが言う。


「あ、確かに」


「ヴァイオレット、すぐアデルナを呼んで」


「はい」


 しばらくするとアデルナが来た。俺達の前にアデルナを座らせる。アデルナの方から雰囲気を察して聞いて来た。


「何用でございましょう?」


「アデルナにお願いがあるのだけど」


「はい」


「そしてこれは、スティーリアにもヴァイオレットにも言えるのだけど」


「「はい」」


「皆に、箝口令を敷いて欲しい」


 するとアデルナが言った。


「聖女様の使用人、全てと言う事でございますね?」


「そう。願わくばあなた方三人とミリィだけで共有したい」


「お話しください」


 アデルナが貫禄のある体を前に倒し、耳を寄せて来た。


「あのね。ここにある名簿の子達を助けたいんだけど」


「はい」


「おそらく荒事に巻き込まれると思う」


「そうなるでしょう」


「だから、冒険者に依頼を出そうと思っているのだけれど、それは可能かな?」


 するとアデルナが当然のように言う。


「もちろん可能です。ただ値が張ると思いますが?」


「お金ならある。それでもう一つあるんだけど」


「なんでございましょう?」


「その冒険者と私が一緒に行きたいって事」


「いけません!」


 アデルナが食い気味に言ってきた。


「ど、どうして?」


「その様な汚れ仕事を聖女様自らがおやりになるなど。それこそ陛下のお耳にでも入ったら!」


「だから、箝口令を敷くんだけど」


「あ…」


「私の力があれば、瀕死の子も治せるし冒険者も強化できる。その為には力を惜しまない。恐らくこの作戦の鍵は私かな」


「しかし…」


「あともう一つ。いくらなんでも厳つい男と動くと身の危険を感じるので、一緒に動くのは女の人にしたいと思って」


 するとアデルナが考え込む。俺達三人もアデルナが口を開くのを待った。そして徐にアデルナが口を開いた。


「かなり難しい案件でございます。まず第一に信用のおける冒険者である事、更に女である事、そして荒事や汚れ仕事に強い事が必要条件となります」


「荒事や汚れ仕事に強いとなると?」


「腕っぷしですよ。強い事が条件です」


「そうかあ…」


 女で腕っぷしが強いとなると探すのは難しいかもしれない。俺達がギルドに行った時は、魔導士や弓を持った女がいた。細身の剣士風の女性もいたが、荒事に耐えうるかどうかは分からない。そう考えてみると難しい案件なのかもしれない。


「相手は貴族や奴隷商や闇の組織かもししれません。ましてや盗賊となると、騎士団が討伐に行くような事もあるのです。そこに聖女様と冒険者が出張って行って出来る事があるのか、ちょっと疑問に思います」


「そうかぁ…」


 でも諦めきれない。こんな不条理な事に巻き込まれている女の子がいるかと思ったら、いても立っても居られなくなってしまったのだ。そんな俺の表情をみてアデルナが言った。


「でも、諦めきれないと…顔に書いてあります」


 あ、バレた。


「どうにかならないかな」


「まずは、ギルドマスターに書簡をしたためましょう」


 アデルナが言った。


「書簡?」


「かなり難しい依頼になりますので」


「どんな?」


「えー、まずは、腕っぷしのある女の冒険者で信頼のある者に人助けを依頼したい。などと、ギルドに行って依頼を出したところで誰も来ませんよ」


「なるほど。そりゃそうだ」


「幸いにも聖女様が直に動いてくださったことで、ギルドマスターとのパイプができました」


「それは、たしかに」


 アデルナの言葉に、俺とスティーリアとヴァイオレットが納得した。アデルナはギルドにしょっちゅう依頼を出しているだけあって詳しい。


「で、どうしたらいいだろう?」


「やれることは限られます。私が思うに、冒険者をを引き抜くしかないです」


「引き抜く?」


「聖女邸の護衛という事で雇い入れるのですよ」


 なるほど、その手があったか。


「でも、来てくれるかな?」


「条件とお金の問題です。あとは厳正な審査をこちらでするしかないでしょう」


「なーるほどね…。でも全くゼロって訳じゃなさそう」


「そうですね。これまで無理な問題を解決して来た、聖女様であればあるいは可能かもしれません」


「良いか悪いか分かんないけど、それ一旦やって見よう!」


「やれやれ、でございます」


 アデルナが破顔一笑する。うちのおふくろさんは懐が深くて助かる。渋谷のおばちゃん店のおばちゃん達を思い出させる。


「じゃ、早速だけど文面をみんなで考えて、ヴァイオレットがまとめてくれるかな?」


「「「はい」」」


 そして俺は、無理難題に首を突っ込み始めるのだった。


「実際の所上手く行くか五分五分と言ったところだけど、聖女邸の護衛を王宮の騎士に頼りっぱなしと言うのもしゃくに障るしね」


 するとアデルナが言う。


「まったく、聖女様はいつからこんなに破天荒になったのでございましょう?」


「まったくです。でも、なんといいますか…頼もしいです」


「ええ。私達の聖女様は本当に逞しくなられた」


 アデルナとスティーリアが俺を見て言った。俺の中身が変わった事は言っていないので、気づかれていないとは思うが少しドキッとする。


「破天荒は昔からかな。ちょっと我慢してただけ」


「なるほどでございます」


 アデルナとスティーリアとヴァイオレットが微笑ましく俺を見ている。もしかしたら俺は皆に期待されているのかもしれない。


 女に期待されたら頑張るしかねえんだよ!


 俺はこの世界の女を幸せにしたい。高貴な女でも虐げられているように見えるからだ。そしてこれは、その為の一つの道であると思えた。それから俺達はギルドに打診する内容を、何度も何度もチェックして書き上げるのだった。

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