第56話 楽しいお料理タイム

 ソフィアへ送った書簡の返事は時間がかかるだろう。また、俺にやれることは無くなって手持無沙汰になる。仕方が無いので、俺はこの世界に来て初めてキッチンに入ってみる事にした。キッチンではメイド達がせわしなく動いていた。


 一人のメイドが俺に気づいて声をかけて来る。


「聖女様! どうされました?」


「みんな忙しそうだなと思ってね。なにか出来ないかなって」


「そんな、聖女様のお手を汚すわけにはまいりません」


「いやいや。いいからいいから」


「でも」


「じゃあ、好きにさせてもらうっていうのはどう?」


「もちろん聖女様でしたら、ご自由になさってくださってかまいません」


「わかった。じゃあいない物と思ってね」


 そして俺はキッチンの奥へと進む。するとメイド達が手を止めて俺の行動をじっと見る。


「あー、皆は仕事を続けてていいよ。ちょっと見たいだけだから」


「「「は、はい」」」


 そう言いながらメイド達はちらちらを俺を見ている。俺はかまわずに、食糧の保管庫に足を向けた。するとそこには今日買い付けて来た食材がたくさん置いてあった。


「あー、いろいろあるんだ」


 肉や野菜、魚の干物のようなものも置いてある。恐らくこの世界の食事の水準からしたら、相当贅沢な台所になるだろう。俺はそこで食材を切っていたメイドに声をかける。


「それなあに?」


「はい。アウドムラという魔獣の肉です」


 その肉は牛肉の色合に似ていた。


「何用に切ってるのかな?」


「シチューに致します」


 なるほどなるほど。


「それ私、食べた事あるよね?」


「ございます」


「赤色のシチューでしょ?」


「左様です」


 なら牛肉っぽい肉だ。今日の俺は運がいい。


「あの。私それで作ってみたい料理があるんだけど」


「えっ! そんな! 聖女様に料理などさせられません!」


「いいのいいの! どうせ外に出ても、王室に見張られているみたいだし。出来ればいろいろやってみたいなって思ってね」


「ですが…」


 するとそこにミリィがやって来た。メイドの誰かが、俺がここに来た事をミリィに伝えに行ったのだろう。


「聖女様。何をなさっているのです?」


「ああ、ミリィ。ちょっと料理をしてみたいなと思ってね。皆の迷惑にならないようにするから」


「えっ! 聖女様は料理をなさるのですか?」


「あんまり得意じゃないけど」


「驚きました。聖女様が料理をなさっているのを見たことが無かったので」


 そう言えば俺がミリィと暮らすようになってから、一度もそんな姿を見せていない。と言うよりも誰にも見せていないのだから当然だ。


「ダメかな?」


 するとミリィがメイドに話をしてくれた。


「あまり邪魔にならないようにします。いいですか?」


「分かりました。どうぞご自由になさってください」


「ありがとう」


 そしてミリィが俺に向かって言う。


「いずれにせよ。聖女様のお金で買い求めた食材でございますし、自由にされて良いと思いますよ」


「わかった。じゃあやってみようかな」


「私も手伝います」


「ありがとう」


 そして俺はアウドムラの肉を一本取る。置いてあった肉切り包丁で、サイコロ状にそれを切っていくのだった。


「ふふ」


 ミリィがクスリと笑った。


「ん? どうしたの?」


「聖女様が普通に肉を切っているのが新鮮でつい」


「私だって肉くらい切れるけど?」


「それは分かるのですが、魔法を使うわけではないのですね?」


「えっ? 魔法で料理する人いるの?」


「すみません。見た事ございません」


 ‥‥‥‥‥


「いま、からかったよね?」


「申し訳ございません」


「ふふふ」


「「ふふふふ。あははは」」


 ミリィと二人で笑い始める。まさかミリィが冗談を言うとは思わなかったが、何て言うかすっごく嬉しかった。聖女として扱われる事に、なかなか慣れずにいたけど、友達のように接してもらえたことが嬉しかったのだ。


「じゃ、次ニンジンを切ろうかな」


「はい」


 ミリィがニンジンを渡してくれた。そして俺は小さな包丁を手に取り、ニンジンの皮をむいて行く。だが自炊もした事が無かったので、なかなかに厚くなってしまった。


「あ、皮は下手なんですね」


「慣れてなくてね。教えてくれない?」


「喜んで」


 そしてミリィが俺の手を取って、上手に皮がむけるように説明をしてくれた。その通りにやってみると、さっきより薄く向く事が出来た。


「早くは出来ないな。ミリィがお手本を見せてよ」


「わかりました」


 ミリィはスラスラとニンジンの皮をむいて行く。しかもそれは薄かった。


「上手だね」


「メイドですから」


「確かに」


「「ふふふ」」


 二人で食材を切っていると、なんだか楽しくなってきた。スティーリアやヴァイオレットとは事務で共同作業をしているが、ミリィと作業をするのはこれが初めてかもしれない。俺はいつもミリィにしてもらってばかりだったから。


「なんかいいな」


「なにがですか?」


「ミリィとこうしている事が」


「はい。嬉しいです」


 ミリィは少し赤くなって一生懸命皮をむいていた。俺はその隣の根っこのような野菜を切り始める。だがやはり皮のむきかたは下手だった。ミリィも一緒になって向いてくれた。


「よし、鍋あるかな?」


「持ってきます」


 そしてミリィが中くらいの鉄鍋を持って来てくれた。俺はそれに肉を全て入れる。


「よしっと」


「それでどうするのです?」


「まず一回ゆでる」


「はい」


 そして既に火が起こされている窯の所に行く。ミリィがその上に乗っている鍋を見て、メイドに言った。


「これはもういいようですね。ここを借ります」


「どうぞ!」


 メイドが鍋の一つをよけてくれたので、そこに肉の入った鍋をかけさせてもらう。しばらくすると煮えて来て、肉に火が通ったのを確認する。


「よしっと」


 俺が言うとミリィが聞いて来る。


「どうするのです?」


「お湯は捨てる」


「そうなのですね?」


 俺はざるに煮えた肉をあけた。そしてまた鉄鍋に、人参と根っこの野菜を入れて水を注いで煮込み始める。


「今度は野菜ですか?」


「そうそう。沸騰するまで待ってね」


「はい」


 そして沸騰して来たので、俺はそこに茹でた肉を入れた。そして調味料を見る。


 確か醤油に似た、魚ベースのソースがあったはず。


 と俺は端からそれを探す。すると黒い液体が入っているソースの壺を見つけた。だがそれを持ち上げるわけにもいかず、どうするかをミリィに聞く。


「これを入れたいんだけど。何でいれるの?」


「こちらの柄杓を使います」


「ああ、ありがとう」


 そして俺はその柄杓で黒い液体を掬い上げ鍋に入れていく。


「あとは」


 俺は木箱を開けて探していくと砂糖と塩を見つけた。それを目分量で鍋に少量入れていく。ミリィは何が出来るのかを興味深々に見ていた。


「あの、お酒ってあるかな?」


「お酒ですか?」


「そう」


「ワインが御座います」


 ワインか…まあ仕方ないな。


「それ欲しい」


「はい」


 そしてミリィが持ってきたのは白ワインだった。本当は日本酒が良いのだが、そんなものはこの世界に無いのでそれを使う。


「味噌は無いしなあ…」


「ミソでございますか?」


「調味料なんだけど」


「聞いた事はございません」


 なるほど。やっぱり味噌は無いか、俺がいろいろと探し回っているとドロリとしたタレのような物を見つけた。


「これは?」


「デミグラスソースです」


 ま、いっか。何か全く別なものが出来そうだけど、とにかくこれを入れてみよう。


 そう、実は俺が作ろうとしているのはおふくろの味。牛の筋煮込みだった。だが材料がほとんど違う為、別の料理が出来てしまいそうだった。


「よしっと!」


「それでどうするのです?」


「あとは弱火で二時間ほどに詰めて終わり」


「なるほど」


 そしてミリィはキッチンメイドに声をかけた。


「この鍋、二時間ほどここに置いてください」


「はい!」


 そして俺は十分ごとにその鍋を覗き込み、ミリィも楽しそうに一緒になって見ていた。二時間後。完全にしみこむほどに煮込めたので、俺はそれを取り上げて皿に盛りつけた。


「じゃあミリィ。これをもって書斎に」


「はい」


 トレイに乗せたなんちゃって牛筋煮込みを持って、書斎に行くとスティーリアとヴァイオレットが書類の整理をしていた。俺は彼女らに事務仕事を任せて、のほほんと料理をしていたのだった。


 そして俺が二人に言う。


「スティーリア、ヴァイオレット。差し入れです」


「聖女様! どうされたのです?」


「えっと私が料理してみました。皆で毒見しましょう」


「毒見だなんて」


「「「うふふふ」」」


 ミリィとスティーリアとヴァイオレットが笑う。そして椅子に座り三人に皿を配って盛り付けた。いつもはミリィの仕事だが俺がやる。


「じゃあ女神フォルトゥーナに感謝をして頂きます」


「「「頂きます」」」


 パクッ!


 うーん…微妙。こりゃ間違いなく牛筋煮込みじゃない。どちらかと言うとビーフシチューに近い。というかデミグラスと白ワインとかを使っているので、魚のソースが完全に消えている。


「ごめん。微妙」


 俺が言うと、スティーリアが言った。


「いえ。普通に美味しいですよ。野菜もお肉もすぐにほぐれて、ちょっと薄口ですけどそれが良いです」


 するとヴァイオレットもいう。


「私は好きです。お世辞じゃなくて、各食材の味がしみだしてますね」


 最後はミリィだ。


「作っている間は想像が尽きませんでしたけど、食べてみたら美味しいのでびっくりしました」


「まあ食べられない事は無いけど、キッチンメイド達が作った料理の方が私は良いな」


 俺が正直に言うと、三人が笑った。


 この世界に来てから突っ走って来た俺に、ささやかな休息が訪れたような気分だ。俺自身少し周りが見えていなかったと思うし、そのおかげで空回りしてやることなす事裏目に出た気がする。


 三人の笑顔に癒されながら、こう言う事をソフィアともしたいなー! と思う俺なのだった

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