第55話 籠の中の鳥

 あーうぜえ。


 俺の心は悲鳴を上げていた。それはなぜかって? 聖女邸の周りに、まるで張り込みのデカのように諜報部のおっさんらが配備されたからだ。幸いにも屋敷の周りには高い塀があるから、中を覗かれる事はないが気分が良いものではない。


 そして俺はギルドから帰って来たスティーリアと部屋にいた。


「聖女様。ギルドを先に動いておいて正解でしたね」


「そうだね。まさかこんなことになるとは思っていなかったからさ」


「致し方ありません。王にしてみれば聖女様は第一要人なのですから、他国が動いた疑いがあるとなればこうなるのは当然でしょう」


「だよねぇ」


 俺達が話しているそばでは、ヴァイオレットがカリカリと文章をまとめている。ギルドに対し表だって動けなくなったので、今度からはアデルナが薬草などの依頼ついでに聞いてくる事となる。その時に機密文章を、こっそりギルドマスターのビアレスに渡してもらう事となるのだ。


「こちらの事情は話せないけど、ギルドは動いてくれそうだった?」


「はい。テイマーの洗い出しと、最近アリバイが取れないような行動をした冒険者を調査してくれるそうです。あとは裏社会の調査もしてみるとおっしゃってました」


「裏か、まあ孤児院調査でもそっちに手を伸ばすし、一石二鳥ってところなのかな?」


「わかりませんが、間違いなく動いてはくれると思います」

 

「公務はどうしよう」


「騎士団の治癒や魔物討伐はスケジュールが組まれておりません」


「教会はなんて言ってきているの?」


「事情が事情だけに、巡回は控えた方がよろしいとの事です」


「うわぁ」


「しかたがありません」


 マイオールの提案で、王様ホットラインを使ったら俺は軟禁状態になってしまった。俺が出かけるには必ず騎士をお供につけて行かねばならないし、そんな事なら外出はしない方が良い。


 息が詰まりそうだ。スティーリアやミリィやヴァイオレットと外出したい。せっかく女性の地位向上委員会を設立しようとした矢先に、全ての動きを封じられる事になるとは思わなかった。


「それこそ、敵の思うつぼなんじゃないのかな?」


「それはどう言う事でしょう?」


「聖女の活動を鈍らせて、諸外国の我が国に対する見方を変えさせようとしてるんじゃ?」


「なるほどです。そんな事も懸念されますね」


 そりゃいかんぞ! このまま活動を停止してしまえば、俺はソフィアに会う日が遠のいてしまう。まるで総理大臣くらいの警戒態勢で、そうこうしているうちにソフィアに縁談でも持ちあがったらどうしてくれるんだ! だけど俺にもしもの事があったら、この子達が不幸になるか…なんと言うジレンマ!


 息が詰まって来たので、俺はスティーリアとヴァイオレットに中庭で息抜きしようと提案する。


「わかりました」


「そうですね。私も一度書面と距離を置いて再確認したいです」


 二人が同意したので、俺はチリーンと呼び鈴を鳴らした。しばらくしてミリィがやって来る。


「失礼します」


「はーい。ミリィは何か仕事してた?」


「他のメイドと共に、洗濯物を干しておりました」


「あ! 洗濯物か! 何処に干した?」


「庭ですが?」


「あー、ダメダメ。ちょっと全部中庭に干そう。しばらくは洗濯物は中庭に干す事!」


「わかりました」


「私も手伝うから」


「いえ! 聖女様にそんなことをさせるわけにはまいりません」


「違うんだよ。暇なの、私はだけどね。スティーリアとヴァイオレットも手伝ってくれるよね?」


「もちろんでございます」

「はい!」


 そして俺達は皆で庭に出て、洗濯物を取り込んでいく。こんな下着とかシーツとかを、万が一諜報部員に見られでもしたらと思うとゾっとする。


「さあ、カゴに詰めた?」


「「「はい」」」


「じゃあ中庭に吊るすから持って行こう」


「「「はい!」」」


 そして俺達は大量の洗濯物を中庭に運びこむ。縄を持って来て木に括り付けて反対側も木にくくる。俺達はその縄に一枚ずつ洗濯物をかけていくのだった。


「これからしばらくは、洗濯物は中庭に干すのを徹底しよう」


「かしこまりました」


「じゃ、中庭でお茶しよう。もし手隙のメイドが居たら呼んできて」


「はい」


 そしてミリィがお茶セットを取りにキッチンへと向かっていく。するとミリィは一人のメイドと共にお茶セットを持って戻って来た。


「聖女様。お買い物から帰って来たメイドです」


 俺はそのメイドに椅子に座るように言う。


「こっちへ来て」


「はい」


「外はどうだった? 変な人に後を付けられなかった?」


「変な人ですか?」


「そう」


「特には」


 流石はルクスエリム直下の諜報部員。こちらに気とられる事無く、動く事が出来ているようだ。まあそうでなければ諜報部員なんて務まらないか…


「誰かと話をした?」


「いえ。店の人だけです」


「そう。ならいいんだけど」


「どうかしたんですか?」


「ううん。なんでもない。買い物から帰って来たんだったらお茶しない?」


「はあ」


「ささ、どうぞ」


 そして俺はキッチンメイドにお茶を勧める。


「マルレーン邸の前は通った?」


「もちろん通り道ですし」


 マルレーン邸と言うのは、ソフィアの家の事である。公爵家の家なので、ここと同じくらい大きくて目立つ。俺はもう一つ踏みこんで聞いた。


「えっと。そこに誰かいた?」


「は? 誰か、でございますか?」


「公爵様とかさ、例えばその娘とか」


「いえ。そちらを見てはいませんでしたので分かりません」


「そっかそっか」


 そりゃそうだ。わざわざ公爵邸をじろじろ見るわけがない。見たら見たで衛兵に注意されそうだし。とにかく、ソフィアは一体どこでなにしてるんだろう? 最近は全く話を聞かなくなった。あの、女子部研修会以降は全く会っていない。


 こういう時、スマホとかあったらいいのに!


 そんな事を考えたところで、スマホはこの世界には無い。そしてこんな状況下ではソフィアに女子会の手紙を送る事も出来ない。すっげえストレスだ。


「いや…」


 キッチンメイドが何かを思い出した素振りをする。


「なになに?」


「そういえば。貴族の女性達とすれ違いました。なんだか楽しそうにお話をしておいででしたね」


 うっそ! 


「そこに公爵令嬢は?」


「恐れ入りますが、公爵令嬢様のお顔を知りません」


 そっかぁぁぁぁぁ! そりゃそうだ!


「分かりました」


 俺はあからさまに落胆してしまう。少しでも情報を聞けたらと思ったのだが、そんなに甘くはない。するとヴァイオレットが聞いて来る。


「公爵令嬢様がどうかなされたのですか?」


 ぎっくぅ! いや、ちがうんだ。俺が惚れてるから何してるかなって思ってるだけなんだ。いや、違わないか。でもそんな事言えない。


 いきなりな質問に動揺してしまった。好きな女の事を聞かれて、心臓がバックンバックン言ってる。


「いや。公爵令嬢なら女子部会の理事会に相応しいと思って」


 口から出まかせを言ってしまった。するとスティーリアが納得したように言う。


「あの方であれば、真っすぐでいらっしゃいますからね。周りの雰囲気に流されずに、きちんと自分の意見を通す事が出来る御方です。聖女様、私も常々そうではないかと思っておりました」


「そうだよね」


 流石スティーリア。見るとこ見てんねぇ。だけど別に彼女を女子部会に引き込もうとは…


 まてよ…


 それ、在りかも! 女子部の外出や研修会は難しいにしても、小さな勉強会なら開いてもおかしくはない。ましてや彼女はとてもまじめで堅いし、やってくれるかもしんない!


「そうだよね!」


「ど、どうされました?」


「彼女、副理事に向いてるよね!」


「そう思います」


「今の状況的にも難しいかもしれないけど、研修はもっと違った形で出来るかも」


 すると皆が目を輝かせて俺を見る。そしてスティーリアが言った。


「さすがは聖女様です。こんな状況下でも、先を見据えて行動しようとする。あんな事件があった後ですから、かなりデリケートだとは思いますが打診するだけなら良いかもしれません!」


 だよね! だよね!


「ヴァイオレット、公爵令嬢に女子部会の話をしたいと文を届けましょう」


「かしこまりました!」


 諜報部員や衛兵に屋敷が囲まれてはいるが、まだやれることはある。俺は手元のティーカップを飲み干しながら、次の作戦を考え始めるのだった。もしこれが上手く行けば、近々おれはソフィアと会えるかもしれない!


 あれこれと妄想が始まるのだった。

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