第54話 密談
協議の結果、王都への打診は直接の方が早いという結論に至った。緊急の時はいつでも来ていいと言うルクスエリムの言葉を信じて、俺はヴァイオレットを連れて王宮へと赴く。
王城の正門前で馬車を降り、二人で門番の所に行ってみる。近寄っていくと門番が俺を確認し、慌てて待合室のような場所へ入っていく。すると中から髭を蓄えた恰幅の良い騎士が出て来て、慌てて俺の所に走って来た。恐らく隊長かなにかだ。
「こ、これは聖女様! 今日はどのような御用で?」
「緊急です。陛下に直にお会いしにまいりました」
「か、かしこまりました! おい! 大至急お取次ぎを!」
髭のおっさんから激を飛ばされて、騎士が慌てて城内へと走っていく。そして俺は待合に通されて、無骨な番兵達がいる場所へ座らせられた。だが王城で俺に色目を使うやつなど一人もおらず、皆が緊張の面持ちで俺を遠目に見ていた。
ガシャガシャとフルプレートメイルの音が聞こえて来て、隣りの部屋のドアが開き騎士が言うのが聞こえた。
「すぐにお通ししろとの事です!」
「わかった」
またガシャガシャと音を立てて、髭の騎士が俺達の所へ来る。
「お通ししろとの事であります! それではご一緒させていただきます!」
「よろしく」
そして俺達は髭のおっさんと一緒に、王城に入っていくのだった。突然訪問した俺を、使用人や騎士達が何事かと言わんばかりに興味深々に見ているのが分かる。そして俺達は一時待合に通されて、髭の番兵が深々とお辞儀をして出て行くのだった。するとすぐさまメイド達が現れて、俺達にお茶を用意し始める。
「すみません。突然」
女の子が慌てふためいているのを見て、申し訳ないと思い心から謝った。するとメイドが驚いた顔をして言う。
「いえ! 私達にお気遣いなど不要でございます!」
そして給仕を終えたメイド達は、そそくさと部屋を出て行ってしまう。可愛らしいメイドさんともう少しおしゃべりをしたかったが、立場上それは許されない。残念。
コンコン!
しばらくすると、扉がノックされてメイドが俺達を呼びに来た。
「陛下の準備が整いました」
「ありがとうございます」
そしてメイドについて行くと、いつもの王の間へと通された。メイドが扉を開けてくれたので俺達が中に入ると、既にバレンティアと近衛数名が待機していた。
「これは聖女様。突然のお越しで驚きましたよ」
「バレンティア卿もお仕事ご苦労様です」
「まもなく陛下が来ますのでお待ちを」
「はい」
そしてすぐにルクスエリムがやって来た。いつもより簡素な服装なので、慌てて準備をしたのだろう。驚いたような顔をしているが、どこか嬉しそうにしていた。
「おお! フラルよ! よくぞ来てくれた! いつでも来いと言うわしの言葉を信じて来てくれたのだな」
「左様にございます。そしてすぐにご報告をと思いまして」
「うむ。マイオールから直々に聞いておるが、詳細は聖女からと言っておった。一度人払いをした方がよいか?」
うわ。すげえ、もの分かりの良い爺さんだ。まあだからこそ、この国は裕福で治安も良いのだろうけれど。とにかく話が早くて助かる。
「はい。許されるのであれば、人払いをお願いいたします」
「うむ。では私の私室へと来るがよい」
えっ…、爺さんの私室へ二人っきり? それは…ちょっと…。だが…
「お気遣い痛み入ります」
「よし! バレンティアよ近衛と共にここで待つが良い」
「かしこまりました」
そして俺も後ろを振り返って、ヴァイオレットに告げる。
「ヴァイオレット、あなたもここで待ちなさい。陛下と大切なお話があります」
「畏まりました」
本当は一緒に居て欲しいけど、何かあったらヴァイオレットにも責任がいっちゃうからね。とりあえず被害を被るのは俺だけで良い。まあ王様ホットラインを使ったんだから、それくらいは覚悟しないといけないか…。やだなあ。
すると数名の王家専属メイドがやってきて、俺を誘導しルクスエリムの私室へと連れていかれる。そしてルクスエリムがテーブルの側の椅子に座ると、俺においでおいでをして小さいテーブルの対面へと座らせた。すぐさま他のメイドが入ってきて、テーブルにお茶セットを用意して出て行った。
「二人きりだ」
「はい」
「わしの私室に入ったのは、家族以外ではフラルが初めてだぞ」
「至極光栄にございます」
「うむ。まずは口を潤そうではないか」
「はい」
そして二人は用意されたお茶を、一口飲んで沈黙する。俺はルクスエリムが話し出すのを待たなければならない。俺から一方的に話をしたら不敬に当たるからだ。するとルクスエリムがようやく考えがまとまったようで俺に話をしてくる。
「女が吐いたそうじゃな」
「はい。時間をかけてしまい申し訳ございません。少女が固く心を閉ざしていましたので、どうにか本音を聞きだすためにと思っていたら時間がかかってしまいました」
「よいよい! むしろよくぞ本音を引き出す事が出来た物じゃ。あんな獣のような娘を手懐けるとは、やはり聖女の名は伊達では無いのう」
「恐れ入ります」
「それでは、細かい事を聞くとするかの」
「はい。あの少女に真実の声を聞いたところ、どうやらあの少女は家族を人質に取られ、このヒストリア王国へワイバーンを運び込むように言われたそうです」
「なんと…それは信じれる情報なのか?」
「嘘は言っていませんでした。そしてそのワイバーンをこの付近に持ってきたところで、奪われてしまったと言っています。結果、ワイバーンの最後を知ったのはあの牢獄で私の口からでした」
「それで?」
「少女は嗚咽を漏らし泣き始め、それで真実を述べたのです」
ルクスエリムが考え込むように髭を撫でる。そして俺に向かって言った。
「して、フラルはどう思うのだ?」
「推測ではございますがよろしいでしょうか?」
「うむ」
「恐らくは他国のさしがねかと思っております」
「やはりそうか?」
「推測でございますので、不用意に動く事はなさらずに」
「うむ。それは心得ておる。お主は何処の国だと睨んでおる? 娘はアルカナ共和国から侵入してきたのであろう? アルカナが怪しいと思っているのか?」
「恐れ入りますが、まず一番怪しいのはズーラント帝国でしょう」
「戦いの報復かの?」
「それもあると思いますが、脅しで人質の受け渡し交渉を有利に運ぶためではないかと」
「それが的を得ているようだな」
「アルカナ共和国の人間を使う事で、さもアルカナがやった事と見せかけたのではないかと思うのです」
「ふむ」
ルクスエリムが深く考え込み、髭を撫でながらもう一度聞いて来る。
「アルカナが直々に、という可能性は無いか?」
「あまりにも分かり易すぎますし、私は可能性は低いと考えています」
「理由は?」
「タイミングが早すぎます。アルカナ共和国は少し前まで、帝国と仲が悪かったですし最近国交を始めたばかり。それにアルカナ共和国に得が御座いません」
「なぜだ?」
「アルカナ共和国には強い軍はありません。我が国に負けた帝国の肩をもっても意味が無いからです。本来は強いズーラント帝国に守ってもらうはずの国です。聖女に対して事を起こし、戦争になってしまったらアルカナは我が国に負けます」
「その通りだ。では他の国の可能性は?」
「アルカナ共和国より可能性が高いのは、東スルデン神国でございましょう。神国は強い魔導士軍を持っています。魔導士からすれば私は目の上のたんこぶ、私を排除して攻め入る事は十分に考えられます」
ルクスエリムは更に深く考え込んだ。もちろんここでは答えなど出ないだろう。少し沈黙してさらに聞いて来る。
「フラルはどうしたいのだ?」
「本当の気持ちを申し上げても?」
「もちろんだ」
「あの子と、あの子の弟を救いたい。孤児で二人で力を合わせて生きて来たらしいのです。その弟を人質に取ってあのような事をさせるなど言語道断。私はそう言う輩を許せません。国の一大事かもしれませんが、私はただあんな小さい子にそんなことをさせたのが許せないのです」
するとルクスエリムが笑って言った。
「なるほどのう。国の大事より、あの少女の命を救いたいと申すか」
「不敬な発言をしてしまい申し訳ございません」
「いや! それが聖女である。聖女が聖女であらんとする姿勢は立派であるよ」
「ありがとうございます」
「わかった! ならばわしは虎の子を使うとしよう」
「諜報部を?」
「うむ。国を挙げて調査をするとしよう。この事はくれぐれも他言無用じゃ、して処刑の日まであと二日となったがどうしたらよい?」
俺は少しためらいながらも考えを言う。
「内々で処刑した事にしていただけませんでしょうか? 私の慈悲で公開処刑を取りやめにしたと言う事にしていただきたい」
「よかろう。それで決まりだな。ここからはわしが全権を持って対応しよう。お主は普段通り公務をこなし、動きがあるまで王宮からの沙汰を待つのだ。あくまでもすべて内密に執り行う」
「ありがとうございます。何卒よろしくお願い申し上げます。ただ一つだけよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「あの捉えた女の子。あの子は取り扱いが難しいのです。そして放っておけば弟の元へと走るでしょう。そうなれば全ての計画は水の泡に、それまではどこかに軟禁する必要がございます」
「問題ない。その様な対応はいくらでもある」
「わかりました。それではお任せいたします」
「うむ。気になるようだな。だが悪い様にはせん、安心しておくれ」
「ありがとうございます」
話を終えた俺とルクスエリムが私室を出て、王の間へと戻って来た。するとバレンティアと近衛が近づいて来て深く礼をする。
「聖女は帰る。万が一があってはいけない、お前が護衛をして差し上げろ」
えー! いらねえよ!
ルクスエリムの言葉にバレンティアが驚いている。もちろん俺はもっと驚いている。
「陛下のお側を離れても?」
「近衛など腐るほどいるではないか!」
「かしこまりました」
「陛下、恐れながら私共は自分達で帰れますが?」
俺がルクスエリムに言うと、逆に強めに言って来る。
「この度の事の詳細が確定するまでは、聖女邸の周りにも騎士を置く。それだけ危険かつ重要な出来事であるよ」
まあ確かに。国が絡んでいるとなると、危険度は高いだろうな…
「…かしこまりました。それではバレンティア卿、よろしくお願いします」
「え、ええ」
そして俺達はバレンティアと騎士に囲まれて、王城を後にするのだった。
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