第53話 襲撃の真実

 突然感情をあらわにした少女に俺は少し焦る。おそらく俺のこれまでの少女に対するコミュニケーションによって、突然何かが崩壊してしまったのかもしれない。俺から巨大な魔獣がズタボロにされた事を知って泣きだした。


「バラバラにされちゃったんだ。痛かったろうに…」


 どう言う事だろう? この子のワイバーンだけど最後を知らない? 使役していたんじゃなかったのか? 自分でやらせたなら最後の状態は分かっているはずだ。


「ごめんね。もしよかったら聞かせてほしいんだけど、事の経緯が分かれば嬉しいんだ」


「い、言わない! 言ったら、弟が殺される!」


 はい! 言いました! やっぱりこの子の意思じゃなかった。さてとこっから話してくれるかどうか? とにかくこの少女が率先してやった事じゃない事は確認が取れた。


「弟がどうかした?」


「あ、いや…」


「弟が殺されると言ったね? 言う事を聞かないと殺されちゃうって事かな?」


「言わない! 違う!」


「弟君を助けられると私が言ったら?」


「そんな事出来ない! あたしがワイバーンを国に連れて来た事を誰かに言っただけで、弟は殺されるんだ! でも! もう言っちゃった! 弟が…弟が殺される…」


 少女は更にポロポロと涙を流して、嗚咽をもらし始めた。


 なるほどなるほど。それで頑なに口を閉ざしていたって訳ね。まったく! こんな少女になんちゅう事してくれんねん! 


「すぐにそうはならないよ。ちょっと落ち着きなさい」


「ダメだ…もう…ダメだ」


 うん。誰の言う事も耳に入らなくなっちゃったかも。とにかくこの状況を打破しなくちゃいけない。そして俺はマイオールに向き直って言う。


「マイオール卿そして騎士のみなさん、私は今の話を信じます。この子は嘘は言っていません。そしてまだ三日の猶予があります。それまではこの事は誰にも話さないでもらえませんか?」


 マイオールとお付きの騎士が難しそうな顔をしているが、少し沈黙してマイオールが口を開いた。


 もったいぶって! 即答しろよ! 即答! イケメンがよ!


「わかりました聖女様。お前達も今の話は聞かなかった。いいな?」


「「は!」」


「マイオール卿。それでは外の兵士にも口止めを」


「わかりました」


 そしてマイオールが牢の外に出て番兵に話の内容を聞いていたか確認し、他言無用だときつく言っていた。これで三日はどうにかなるだろう。俺は少女に向き直って話を始める。


「じゃあね。これからいろいろ聞くけど良いかな? まず君の名を教えてもらっても?」


「‥‥‥‥‥」


「弟が死んでも良いの?」


「だって」


「なんとかしなくては殺されてしまうんでしょう? あなたの名前は?」


「マグノリア…」


 ようやく言ってくれた。


「マグノリア。可愛い名前だね! あなたのここまでのいきさつを知りたいんだ。もしかしたら何らかの糸口がつかめるかもしれない」


 するとマグノリアは俺を見上げて言った。


「あたしはワイバーンを連れて来た。だけど、まさか人を殺すように使われるとは思っていなかった。だけど最初の約束で、ワイバーンを国内に入れた事を言ったら弟を殺すと言われた」


「そうか。あなたはどこの国の人?」


「アルカナ共和国」


 マジ? 隣国の人間だった。


「アルカナからワイバーンを連れて来たのかな?」


「そう」


「あなたを脅した人は誰?」


「‥‥」


「言えないの?」


「良く分からない。ただ弟を人質に取られて脅されたから。そいつはいつでも弟を殺せると言っていた」


 まるで悪党のテンプレだな。しかもこんないたいけな少女を使って、暗殺を企てるとか無いわぁ。でも隣国に及ぶとなれば、なかなかに難しい問題ではある。良く魔獣を連れて入って来れたもんだ。


「ワイバーンを連れて関所を通った?」


「通ってない。ワイバーンに乗ってやってきたから」


 なるほど。関所は通って来てないか…、ワイバーンならどこからでも入って来れるだろうしな。こんな特殊能力を持っているなら、その悪党ごとやっつけられそうなもんだがな。弟を人質にされたんじゃ手も足も出ないか。


「使役していたのはどこまで?」


「ヒストリア王国の王都側までは使役していた。けど…奪われた。いや…突然言う事を聞かなくなって…」


「そこはどのあたりか分かる?」


「もちろん」


 それから少女は堰を切ったように話をし始めた。観念したというのもあるだろうが、俺に対し僅かな希望を感じ取ったのかもしれない。少女の希望を背負ったら俺は強いよ! もちろん弟がまだ生きていればだが、必ず助け出してやろうと思うのだった。そして必ず主犯を捕まえてそれなりの罰を与えてやろうじゃないか。


 俺は立ち上がり、マイオールに向き直って言う。


「話はききましたか?」


「はい。恐らくこの少女の作り話ではないでしょう。辻褄があいすぎていますし、その子の表情を見ても嘘ではないと思います」


 よし。少しはおりこうさんのようだな。イケメンだから嫌いだけど。


「主犯は他に居ます。ですが、その事で騎士団が大っぴらに動くと、マグノリアの弟は殺されます。マイオール卿は、私に協力するつもりはおありですか?」


 するとマイオールはその熱血な眼差しで俺に真っすぐ言って来る。


「こんな小さな子に、そんな事をさせた奴を許してはいけない。聖女様、そう言う事であればむしろ早急にルクスエリム陛下に直談判をされた方が良い。かの王はそう言う事にとても心が広い。そしてあなたのお言葉ならば、必ず信じてくれるでしょう」


 なるほど。この熱血イケメン少しは為になる事いうじゃねえか! だからと言って俺の中で得点は上がっていないけどな!


「ありがとうございますマイオール卿。早速、陛下に内密に報告を入れたいと思います。それまではこの子を屯所で保護していてくださいますか?」


「騎士の名にかけて」


 何カッコつけてんの。別にそんな返事いらねえよ。でもこの際、コイツは信用できる男だろうから任せる事にしよう。そして俺はマグノリアを見て言う。


「まだこんな汚い牢屋に居なきゃいけないのは可哀想だけど、私を信じて待っていてくれるかな? 大丈夫! 私は問題が難しいほど克服できちゃうからね」


「その…あんたでも無理なら、あたしを処刑してほしい。そうすれば弟に刃が向けられる事はないから。だからその時はひと思いにお願い」


 いきなり年相応の女の子になった。可哀想で仕方がない。俺はマグノリアにそっと手を差し伸べておでこにキスをした。マイオールと二人の騎士がざわつく。


「女神フォルトゥーナの加護がありますように」


 俺達が牢屋を出る時、俺はマイオールに言った。


「もう彼女に拘束はいらない。だけど牢屋から出すのはダメ、他の騎士がそれを見て他で言うかもしれないから。あくまでも監禁は続けてください。食事とトイレはきちんとね」


「かしこまりました! それではそのように徹底しましょう」


 マイオールが俺に深々と頭を下げる。俺とミリィとスティーリア、ヴァイオレットはマグノリアに別れを告げて屯所の外に出た。するとすぐにスティーリアが俺に行って来る。


「私、許せません! なんとかしなくてはいけません!」


「ああ。必ずね」


 するとミリィも怒りに震えながら言う。


「悪党を懲らしめたいです!」


「当然そうするつもり」


 するとヴァイオレットが最後に言った。


「私、あの子にケーキあげれば良かった」


 俺とスティーリアとミリィが顔を合わせてクスりと笑う。


「ヴァイオレット。彼女と弟を助ける事が出来たら、ルークス・デ・ヒストランゼに連れて行けばいい」


「はい!」


 そして俺達は一度、わが家へと馬車を走らせるのだった。あんなかわいらしい少女に命を賭けさせて、俺の命を狙わせるなんていう不届き者は電撃だっちゃ! さらに俺の始末が上手く行ったら、きっとマグノリアは消されていただろうし。


 俺のはらわたは煮えくり返り、それを表に出さないように真顔になっていた。それを見たミリィもスティーリアもヴァイオレットも一切話しかけてこない。恐らく俺の能面のような顔は逆に恐ろしいのかもしれない。


 だがこの問題は国家間の問題に発展する可能性もある。大掛かりな仕掛けを考えると、バックではいろいろな事が動いていそうだった。


「ヴァイオレット。家についたらすぐに嘆願書をしたためます。そしてすぐに城に届けさせるようにしましょう。数日かかりそうならば、私が直談判に行きます。いいですね?」


「はい!」


「そしてスティーリア。あなたは一度ギルドに行って、ギルドマスターのビアレスに相談してほしい。もしかしたら目撃情報が取れるかもしれないから。帰ったらギルドに持たせる書面をしたためます。ヴァイオレットそれもいいですね?」


「すぐに取り掛かりましょう」

「はい!」


「一刻を争います。皆迅速に動きましょう!」


「「「はい!」」」


 そして俺達が乗る馬車は、聖女邸へと到着するのだった。

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