第52話 進展
四日目。今日は聖女邸の女子会グループで牢屋にお邪魔した。流石に毎日、若い女が来るので騎士達が色めきだち始める。だがもし俺のミリィやスティーリアやヴァイオレットを口説いたりしたら、電気ショックで即あの世行きだ。
ヴァイオレットが俺に近づいて来て、こっそりいう。
「あ、あの。聖女様、なんか見られているようです」
「ええヴァイオレット。あんなケダモノ達をあなたには近づけさせませんよ。安心してください」
俺のその言葉にヴァイオレットは安堵の表情を見せるが、隣りで歩いているマイオールと騎士二人が複雑な顔で俺を見ている。
「あら、失礼」
「恐れながら聖女様。我が騎士団に聖女様のお身内に手を出そうなどと言う不届き者はおりません」
「そう言う意味では無いのですけどね」
いやそう言う意味だけど。
「我々はルクスエリム陛下の剣! その様な不埒なものが居ましたら私が責任をもって処罰いたしますので!」
ああそうしてくれ。
「あと、できれば。私の身内以外の女性にも、そういう事は控えてもらえるとありがたいです」
「は! 肝に銘じます!」
マジで。世の中の女にみだりに声をかけてはいけません。お前達は一生独身で居なさい。てかマイオールは恐らく童貞だなと思った。そこで俺は違う角度から話を放り込む。
「まあ、裏町にはそう言ったお店もあると聞きます。そちらで楽しんだらいいのです」
「は?」
「いえ。こちらの話です」
そして俺達は捉えた少女の牢屋の前についた。昨日と同じ綺麗なワンピースに赤い靴、そして髪もきっちり結ってあった。俺は牢の前に居た騎士に聞く。
「トイレはさせてる?」
「もちろんです。首輪はつけてはおりますが、乱暴な真似はしておりません!」
「覗いたりは?」
「しておりません!」
「よろしい」
そして俺は牢の前に立ち、中の少女を見つめる。すると少女はいつものようなキツイ顔では無かった。むしろ俺の顔を見て、ほんの少しだけ表情が明るくなったような気がする。
「こんにちは」
「は? また来たんだあんた」
「それはそう。王様からは七日間の猶予しかいただいていないから」
「喋らないよ。とっとと処刑でも何でもすればいいんだ」
「まあそう言わずに」
そして俺は牢の前に立っている番兵に、扉を開けるように指示をした。するといつもより速やかに牢の扉を開けて、俺達はすんなり中へと入っていけた。するとマイオールと騎士二人も一緒に入って来る。
俺は中に入って早々に、番兵に願い事をする。
「すみませんが、椅子を四脚持って来ていただけませんか?」
「は!」
これも昨日より早い返事で、速やかに椅子を四脚運び込んできた。床に置かれた椅子をテーブルの周りに置いて、俺が少女の隣りに、その対面にミリィとスティーリアとヴァイオレットが座る。ミリィは何度か来ているので、既に慣れているようで落ち着いていた。スティーリアとヴァイオレットが緊張気味だが、とりわけヴァイオレットがカチカチだ。
早速俺が口を開いた。
「あなたの名前もまだ聞かせてもらっていないけど、自己紹介します」
「知らないね!」
だが俺は勝手に話し出す。
「私は、フラル・エルチ・バナギア。この国では聖女と呼ばれてます」
「知ってるよ!」
そして次にミリィが話し出す。
「私は聖女様の専用メイドでミリィ・フィエルと申します」
「お前も知ってる」
次にスティーリアが紹介する。
「私はスティーリア・クイーロ。聖女様の部下で、教会で働いております」
「ふん! 修道女が何のようだい?」
最後はヴァイオレットだ。
「私はヴァイオレット・リヴェンデイル。聖女様の事務官です」
「なんだか賢そうな顔をしているねぇ。あたしはお前みたいなのは特に嫌いだよ」
ヴァイオレットが泣きそうな顔で俺を見てくるが、俺はゆったりと微笑み返してヴァイオレットに言う。
「いいのです。人には得手不得手のようなものもあります。私は大好きですよ、ヴァイオレット」
するとヴァイオレットは頬を染めて少しはにかむ。いや、本当に好き! 可愛い!
「で、今日は一体なんだよ?」
珍しく少女の方から声をかけて来た。だが俺は焦る事無く、ゆったりと少女に語り掛ける。
「今日来たのは他でもない…」
俺が言おうとすると少女が遮る。
「ほらきた! やっぱ尋問するつもりなんだろ?」
「えっと、話は最後まで聞いてもらっていいですか?」
「なんだよ?」
「今日来たのは他でもない、良いものが手に入ったからです」
「いいもの?」
そして俺はミリィに目配せをする。するとミリィは持っていた大きなバスケットをテーブルの上に置いた。バスケットの上には綺麗な布がかぶせられており、ミリィがその布を取り去ると、そこから出て来た物を見て少女が驚いている。
「これは…」
「どうでしょう? 気に入ってもらえたかな?」
「な、なんだこれは?」
少女が少しトーンを下げつつも、嬉しさを隠せない表情で聞いて来る。
「えーっと、これは王都でも一番と名高いレストラン、ルークス・デ・ヒストランゼのブラウニーケーキと焼き菓子です。そしてお茶も用意してます。お茶は最高級茶葉ですよ」
ゴクリ!
はっきり聞こえた。少女の喉からめちゃくちゃはっきり唾をのむ音が鳴った。
「あなたは知っていますか? このお店は並んでも買えない事があるほどの人気店で、王都でも王族や高級貴族が出入りする店なのです? そしてこのお菓子はそこでも一、二を争うほどの人気のお菓子ですよ」
ブラウニーには大量の生クリームがかかっており、焼き菓子の香ばしい匂いがあたりにたちこめた。
「こんなのみたことない…」
少女がポツリと言う。
「それはよかった! ただ一つこれを食べるのに条件があるんだけどいいかな?」
すると少女が俺を睨んで、吐き捨てるように言った。
「は? やっぱりね! これを食わせるからゲロしろってんだろ!」
「ちがいます」
「は?」
「最後まで話を聞きなさい。一つの条件とは、あなたの手枷と足枷を外しますので絶対に私達に飛びかからない事。そして誰にも危害を加える事の無いようにしてください」
「‥‥‥」
「どうです? 食べたいのでしょう?」
ゴクリ…
「わ、わかった。だけど、あたしが飛びかからなくても、どうせあんたは、あたしを動けなく出来るじゃないか」
「もちろんそう。でもそれを使わずに、足枷と手枷をはずしたあなたとお茶がしたい」
「‥‥‥」
「嫌なら持って帰ります」
「わかった! 手を出さない! でも喋らないぞ!」
「もちろんです。ではミリィ」
「はい」
そしてミリィは茶葉を急須に入れたので、俺が魔法でお湯を注ぎ込む。そしてゆっくりと茶葉を蒸らしてから一人一人のティーカップに注いでいく。そしてソーサーにティーカップを乗せて皆の前に置いて行くのだった。その丁寧な所作はいつ見てもほれぼれする。そして次に皿を置いて行き、そこに生クリームたっぷりのブラウニーを分けていくのだった。
ゴクリ
どうやらめちゃくちゃ食べたいらしい。配り終わったところで、俺は騎士に言う。
「すみませんが。手枷足枷を外していただけますか?」
するとマイオールが言う。
「念のため、ここにいても?」
「いいですよ。手を出さないで下さいね」
「もちろんです」
騎士が少女の枷をすべて外した。
そして全員にケーキが渡ったので、小さなスプーンと小さなフォークを渡す。もちろん小さなフォークは鋭利な凶器になるかもしれないが、そんな事はかまわずに俺は少女の前に置いた。少女は一瞬それをじっと見た後、俺の顔を見て口をとがらせて手を開いた。
「それでいいのです」
そして皆にいきわたったのを見て俺が言った。
「それじゃあ皆で食べましょう」
すると少女は一気にブラウニーの皿を持って、フォークにさしてがっつくようにぺろりと平らげてしまった。皿についた生クリームもぺろぺろと舐めて皿を置く。
「どう?」
「…うまい」
「でしょ? こういうの食べたことある?」
「あるわけ無い…」
「世の中には、こんなお菓子があるんだよね」
「‥‥‥」
そして少女が手前のお茶を飲みほした。すぐに俺が食べようとしているブラウニーケーキをじっと見つめている。
「欲しい?」
「ふん!」
「ちょっと手を付けてしまったけどどうぞ」
俺は自分のブラウニーケーキも少女の前に置いた。少女はジッとケーキを見つめている。
「どうぞ食べて、人数分しか買えなかったので私のをどうぞ」
すると少女はスッと皿を取って、またがっつくようにケーキを平らげた。よほどうまかったらしく、口の周りが生クリームだらけだ。俺はナプキンを取って少女の口をささっと拭いてやった。
「女の子だし、もうすこし上品に食べた方が可愛い」
「う、うるさい」
すると今度はスティーリアが自分のケーキを差し出す。
「私のもどうぞ」
するとミリィも自分のを差し出した。
「私のも」
いや。流石に腹いっぱいになりそうだが。様子を見ていると、スティーリアからもらったケーキもミリィからもらったケーキも一気に食べてげっぷをした。すると今度はヴァイオレットのケーキを見つめている。
「えっ? これも?」
ヴァイオレットは自分のケーキを狙われて気まずそうにしている。俺がヴァイオレットに言う。
「ヴァイオレットは食べて。あなたが並んで買って来たんだから、あとクッキーもあるしね」
「は、はい」
そして俺はクッキーを少女の皿に乗せてやる。するとポリポリとクッキーを食い始めた。
「どう?」
「うまい」
「でしょう? ほろほろと崩れて甘くて、こんなにおいしいクッキー無いでしょ?」
「食べた事無い」
「よかった」
すると少女は少し悲しい顔をした。何故かは分からないが、俺はその表情を見逃さなかった。
「どうしたの? お母さんでも思い出した?」
「親なんて知らない。物心ついた時にはいなかった」
「そう。ごめんね。嫌な事を聞いちゃったね」
「別にいい」
「何か悲しい事でも?」
「あたしは…、こんな食べ物を知らないまま生きて来たんだなって、そう思っただけ」
「そうか。でもこれから生きてさえいれば、いくらでも食べられると思うけど」
俺がそう言うと、少女はハッとした表情で俺を見た。だがそれは一瞬、すぐに表情を曇らせてうつむいてしまう。
「あたしにそんな未来はない」
「どうして?」
「どうせ処刑される」
「処刑? されないかもとは考えない?」
「…あたしの、あたしの使役してたワイバーンがお前を襲ったから」
…やっと吐いた。だが俺はそれに詰め寄ろうとはしなかった。
だがマイオールが後ろから声をかけて来る。
「やりましたね! 聖女様! 吐きましたよ!」
「黙ってください!」
俺は厳しい口調でマイオールを止める。マイオールは毎日これに突き合わされて飽き飽きしていたんだろうが、俺の仕事はここからだっつーの! まったく単細胞は! これだから男は嫌いだ!
「しかし…」
マイオールが食い下がろうとするので止める。
「まだこれからです!」
「は! 失礼いたしました!」
とにかく黙っとれ!
「ワイバーンね。可哀想な事をした、騎士達に細切れにされてしまったから」
「…そうなんだ。あいつ、最後そんな風になったんだ」
あれ? 最後に俺を襲わせた事を知らないのかな?
「最後を知らないの?」
「知らない。だけど…」
ワイバーンの死を知った少女は、突然ポロポロと涙を流し始めるのだった。
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