第57話 労働環境を改善したい

 聖女邸に缶詰め状態が続いている。王宮からの連絡もソフィアからの返信も未だにない。身動きが取れないので最近はキッチンに入り浸っており、メイドからお菓子作りを教えてもらっていた。


「ジャムが美味しい」


「それは良かったです」


 今は食堂に皆が集まり、お菓子の品評会をしていた。今日はクッキーやパンを焼いて、それにあったジャム研究会をしている。最初は聖女が料理なんてしなくていいという意見が多かったが、俺と一緒に料理作りをしているうちに皆も楽しくなってきたようだ。


 俺は隣にいるアデルナに聞く。


「果物や木の実の買い付けは結構大変?」


「まあ日に寄りますね。市場に行っても毎日決まって同じものがあるとは限りませんし、ギルドに頼んで冒険者に取って来てもらうのもは数に限りがあります。それに冒険者に取って来てもらうと、珍しい果実が入手できるのですがその分高くつきます」


「そうか。ジャムを常備出来たら、皆の朝ごはん作りも楽になりそうなんだけどね」


 するとミリィが俺に言う。


「聖女様。ジャムは都度作らねばなりませんよ」


「悪くなっちゃうってこと」


「ある程度日持ちするものもありますが、カビが生えたりします」


 ジャムは常温でも長持ちしたと思うがやはり糖度が足りない? 糖度が高ければ腐りづらいとは思うんだが、砂糖の分量が少ないのかもしれないな。あとは保存状態。冷蔵庫が無いから常温で保存しなくちゃならないし、保存方法を確立すればなんとかなりそうなんだけど。糖分を多くして作り置きが出来れば良さそうだ。


「多分、砂糖の量と保存方法だと思う」


「砂糖と保存方法ですか? 陶器に入れて木の蓋はしてるんですけどね」


「なんていうか、かっちりハマるような。そんな感じの物があるといい」


「聖女様のおっしゃっている物が想像できません」


「ワインのようにコルクで栓をすればきっちりハマるけど、それだと毎日使うのに不便だしね」


「確かにそうですね」


 俺はガールズトークが出来ている! この時間が至福! 未だに俺の心はヒモのままだが、最近は女の子と女の子らしい会話が出来てきている! こんな感じにソフィアともお話がしたい! はあ…なんで上手く行かないんだろう。


「あとキッチンで困った事とか無い?」


 するとキッチンメイドが答えた。


「どうでしょう? 普段から困っているという意識はありませんので」


 なら俺が言おう。俺は前世を経験しているから不満はいっぱいある。


「ちょっとしかやってないのに、私がこんなこと言うのもなんだけど、水が冷たいなと思う」


 そろそろ秋も深まってきており、水が冷たいのだ。冬になればもっと冷たくなるだろう。そしたらメイドの子らの指がかじかんでしまう。これはいけない、前の世界のように瞬間湯沸かし器が無いのだ。俺はメイドの細指を守りたい。


「それは慣れております。それに井戸水は案外、冷たくなりませんよ」


「まあ、みんなにはそれが普通なんだものね?」


「はい」


 今まで厨房になんか入らなかったから気が付かなかったが、この世界はかなり不便で改善するところがたくさんあった。だが家電なんか無いので工夫が必要だった。


「あと食材の日持ちがね。ほぼ毎日食材を買いに行かなければならないしね」


「まあ、聖女様のお食事事情がかなり変わりましたので」


「私のわがままで、かなり苦労かけてるね」


「いえ! 毎日おいしいものをいただけるのは幸せです!」


 冷蔵庫が無いので、毎日食材を買いに行かねばならないのだ。この世界の女性はつくづく大変な思いをしている。貴族達がキッチンメイドを大量に雇い入れている理由がそれだ。まあ雇用があるというのは良い事だが、彼女らの毎日の仕事がもっと楽になったならと思う。


「アデルナ。私が少し考えているのがあるんだけど、準備してもらえたりするかな?」


「何でございましょう?」


「えーっと。陶器を焼いている工房を知りたいのと、石で作られた箱を作れる職人がいないかな?」


「それでしたらすぐに調べられます。腕のいい職人をギルドで聞いてきますよ」


「よろしく」


「何をするおつもりなのです?」


「もっと皆の仕事が楽に便利にならないかなと思って」


「そんなにお気遣いなさらなくてもよろしいのでは?」


「いいの!いいの!」


「わかりました」


 俺達が話をしながらお菓子を食べていると、ドアの外から声がかかった。


「失礼します」


「はい」


 メイドが入ってきて告げる。


「お客様です」


「どちら様?」


「ギルドのビスティ嬢です」


「あー! じゃあここに通して!」


「はい」


 どうやらギルドが何か情報を持ってきたらしい。俺達が食堂で待っていると、ビスティが連れてこられる。眼鏡娘のビスティは、何故食堂に通されたのかとキョトンとしていた。


「入って入って! 丁度みんなでお菓子食べてたんだけど、ビスティさんもどうぞ」


「あ、失礼いたします」


 そしてビスティは畏まりながら壁際に立った。少し緊張しているらしい。


「あ、緊張しなくていいです。ただ皆でお茶してただけなので、座ってください」


「は、はい」


 ビスティーがトコトコと俺達のテーブルにやってきて、ミリィが椅子を引きビスティーを座らせた。そしてビスティーの前にティーカップが置かれ、そこに淹れたての紅茶が注がれる。


「いい香りです」


 ビスティーがティーカップを見ながら言う。


「どうぞ。歩いて来て喉が渇いたでしょ?」


「すみません」


 ビスティがお茶を飲んだ。


「おいしい!」


「王家御用達のお茶だから」


「さすがは聖女様です」


 何が流石なのかはわからないが、とにかくお菓子も食べてほしかった。


「どうぞ。パンとジャムとクッキーです」


「す、すみません」


 ビスティーがパンをつまみあげ、ジャムをぬって口に入れた。俺はどんな感想を言われるのかを待った。


「これもおいしい!」


「よかった!」


「出来立てですね!」


「初めて作ってみました。ちょっと焦げちゃったけど、味はまあまあかなと」


「おいしいですよ! と言うか…これ聖女様がお作りになられたのですか?」


「あーそうそう。初めてだけど」


「上手です。というより聖女様は料理をなさるんですか?」


「最近やり始めたばかりで、まだ下手くそなんだ」


「そうなのですね!」


「ははは」


 するとビスティーが俺の顔をじっと見て言った。


「え、英雄様が料理を作るなんて! びっくりです!」


「いやあ、最近やることなくてね。それで今日は何の用です?」


「聖女様がギルドにいらっしゃることが難しそうでしたので、変装して来ました」


 わざわざ変装までして? ていうか、それ変装できてる?


「良く気づかれなかったね」


「はい。問題ありません」


 どうやら彼女には気づかれないという特技があるらしい。変装してるとか言われても、何処をどう変装しているのか全く分からない。


 まあ今はそんなことはどうでもいいので用件を聞こう。


「それで?」


「あ、はい! 今日は例の孤児院の子らの仕事の件です!」


 おっ! そっちのほうか! 


「待ってました! 何か分かりましたか?」


「はい」


 ビスティーがそこで資料を広げようとしたので、俺はそれを止めた。


「えっと、機密資料だと思うので書斎に行こう」


「あっ、あ、はい! 失礼しました」


 ドジっ子ビスティを連れて、俺は書斎へと上がるのだった。

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