第41話 不穏な情報

 女だらけの研修会は無事に終わった。


 だが忘れないでほしい、家に帰るまでが研修会なのだ。現地で研修が終わったからといって気を緩めてはいけない。俺も皆を家に帰すまでは気を抜く事など出来なかった。俺は飯も食わずに皆のアテンドをし続けて結構ヘトヘトだ。だがそんな事は言っていられない、これで何かがあれば第二回が無くなってしまうから。


「聖女様。皆さんのご準備が終わったそうです」


 ミリィが俺に告げて来る。


「そう…」


「研修会は成功ですよね?」


「まあそれはね。だけど帰りは帰りで結構気を使うから」


「確かに…」


 そんな事を言っている俺達の元へ、第一騎士団副団長のマイオールが駆けつけて来た。


「聖女様! 出発を遅らせる事は出来ますか?」


「どうしました?」


「アインホルンの領から抜けて、王都に移動するまでの道のりに関して不確かな情報が入っております」


「不確かな情報?」


「魔獣が出ているかもしれません」


「魔獣? 王都近郊で? そうだとしても魔獣が森を出て騎士達を襲う事は無いでしょう?」


「それはそうです。普通の魔獣であればの話ですが」


「王都の近郊にそんな強い魔獣がが入り込んでいると?」


「それも含め、調査の時間を頂きたく思います」


「どのくらい?」


「あと一日ほど」


 …それは難しい。無事に今日中に返さないと、この研修の安全性が問われ次が無くなるかもしれない。そしてそこにバレンティアが現れた。


「聖女様。一日ほどであればこのアインホルン家で皆様をお預かり致しますが?」


 俺は引き下がらずに言う。


「このタイミングで、王都近郊に強力な魔獣が入り込むなんてありえない。となれば何かの手引きがあると考えていいのでは?」


「何かの手引き?」


「例えば、間者にテイマーがいるとか」


 するとマイオールとバレンティアが顔を見合わせて頷き、マイオールが言う。


「その可能性は大いにありますでしょう。つきましては騎士団にお時間を頂けますれば」


 いや、そんなもんに邪魔されてたまるか! 俺はなんとしてでもこの研修を成功に導くのだ。


「私が出ます」


「はっ?」

「なにを?」


「この国の女性に危害を加えようかと言う不届き物には、私が自ら天罰を下します」


「いや! 狙いは恐らく貴方なのですぞ!」


「マイオール卿。それは覚悟の上、そしてそのような者に怖気づいたなどと思われては、この国の優位な立場が落ちてしまう。そんな事はヒストリア王国の為に選べない」


 するとバレンティアとマイオールがまた顔を合わせて、今度はやれやれと言った顔をする。


「まったく、貴方と言う人は…。何処まで愛国心の強い御方なのでしょう」

「バレンティア殿の言う通りです。自らの危険を顧みずに国の事を第一優先にされるとは」


 いや、違うよ。俺が第一優先にしているのは、この研修の第二回目の事だよ。更に言うと、ソフィアと合法的に出会えるチャンスを引き延ばさない為だよ。


「近衛騎士団長と第一騎士団は、女一人の命も守れないほどのお力なのですか?」

 

 するとマイオールはキッと鋭い目つきで言った。


「そのような事はございません! この命を賭しても聖女様は守り抜きます!」


 するとバレンティアも負けじと言った。


「剣聖と呼ばれた私の剣をご覧に入れましょう」


 やっぱ男ってバカだ。自分の面子やプライドとか、カッコイイって事を大事にして命を賭ける。ここは俺の意見など無視して、騎士団を総動員して危険を取り除くのが一番なのに。


「なら話は早い。一旦、女性達にはここで待っていただいて、私と騎士団で先行しましょう。そして私が狙いだとすれば、逃げも隠れもしないという意味でも開放された馬車を用意してください」


 するとバレンティアが口ごもる。


「いや! それは…」


「だから危険は承知の上だと。まあ何事も無いということもあるでしょうし、もし敵が現れたら総力戦で撃退しましょう」


 ‥‥‥二人は考えるが、俺が考えを曲げる事はない。強い眼差しを二人に向けていると、その決心が分かったようで頷いた。


「それではそのように」


「大丈夫。丸見えでも完全結界を張っていきますから」


「…わかりました」


 そうして俺は貴族の女性が集まっている大広間に行く。皆が帰り支度を終わらせて、俺が来るのを待っていてくれた。


「皆さん! 恐れ入ります! 不確かな情報ではあるのですが、道中に魔獣が出没したかもしれません」


 するとざわざわと騒めきだす。そして俺がそっと手をあげると場内が静かになった。


「でも大丈夫。これから私とバレンティア近衛騎士団長、及びマイオール第一騎士団と精鋭部隊によってそれを確認してまいります。本日中にお帰りいただけますので、今しばらくアインホルン邸にて待機していただければと思います」


 すると中から一人、ソフィアが声を上げて言ってくれた。


「もちろんでございます。そして我らが聖女様が行くとなれば、魔獣など、どうという事はないでしょう。皆様! こちらでお待ちさせていただく事にいたしましょう!」


 公爵令嬢の一言に皆が納得して頷いた。俺は皆に微笑みかけて言う。


「すぐに片づけてまいりますので、お待ちいただけたらと思います」


 そして俺は大広間を出て玄関口の方に向かう。廊下で待っていたミリィとスティーリアとヴァイオレットが覚悟を決めたような表情をしている。だが何を勘違いしているのだろう?


「あなた達はここで待ちなさい」


「えっ! いや! ダメです! 私はついてまいります!」

「そうです! そんな危険な場所に聖女様だけではいけません!」

「私も何の力にも良ならないと思いますが、この身を盾にしてお守りいたします!」


 いやいやいや。君らを失ったら俺は再起不能になるよ。こんなかわいい子らを目の前で死なせたりケガさせたりしてみぃ! 俺は引きこもりになって地下で一生を終わるよ!


「ダメです。相手は正体不明なのです。そしてもう一つ付け加えると、貴方方が来ると騎士団の方々の邪魔になります。ここはおとなしくここで待ちなさい」


 ‥‥‥‥


 三人がシーンとしてしまうが、俺の気持ちは変わらない。ここで俺の帰りを待ってもらう。するとミリィが言った。


「わかりました。ですが聖女様! くれぐれも無理はせぬように! 自分の命を最優先でお願いします」


「もちろんです」


 するとスティーリアも言う。


「お約束ですよ。私はまだまだ聖女様から学ぶ事があるのです。その為にも無事に帰って来ていただかないといけません!」


「分かってます。大人しく待っていなさい」


 するとヴァイオレットも重ねて言った


「私は聖女様の元で働きたいのです! 絶対に無事に戻ってください!」


「路頭に迷わせたりしないから」


 三人は俺の手を握り、しっかりと目を見つめて伝えて来た。


「では」


 そして俺は三人に別れを告げて、玄関口へと向かうのだった。三人はそれでもあきらめきれなのか、玄関口までついて来てしまう。


「困った子達だ。でも安心なさい、私は帝国を追い払った英雄なのだから」


 まぐれだけどね。


「「「はい!」」」


 そして用意されていた、馬車のオープンカーに乗り込んで三人に手を振った。するとバレンティアとマイオールが、俺の従者三人の前に現れてこういった。


「命に代えてもお守りいたします。聖女様は必ずお帰ししますよ 」

「王国で一番の部隊がお守りするのです。問題ありません」


 三人はイケメンに言われて更に納得した。 納得してほしくないけど。 この際それでいいや。


「では出発しましょう」


「「は!」」


 俺は騎士達と共にアインホルン邸を後にした。正直な所、俺は魔獣狩りをしてきた後の騎士達を治癒したくらいで、魔獣戦なんかしたことない。今まで騎士達から見聞きした魔獣の情報だけが頼りだ。だが相手も生き物、やってやれない事はないだろう。


 ま、情報が間違っていると思うんだけどね。こんな中枢にそんな魔獣を運んで来れるわけが無いんだ。そう思いながらも馬車に完全結界を張る準備をするのだった。

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