第40話 ナンパの極意

 研修の昼食はバレンティアの実家、アインホルン家にてふるまわれる事になっていた。既に馬車はアインホルン邸に到着し、貴族の女達は大広間にて席についている。


 そして! 策略通り! ソフィアは俺と同じ卓についている! やった!


 だが…距離がある。位置取りまでは計算に入れていなかった。ソフィアの座っている場所からは距離が開いていた。


 ぐぬぬ!


「聖女様」


 どうして! どうしてこうも、うまくいかないんだ!


「聖女様!」


 はっ!


「え、えっと、はい?」


「お考えの所すみません。皆様席についてお言葉を待っております」


 はっ! しまった!


「あ、すみません」


 そして俺は立ち上がって、一応、場を用意してくれたバレンティンに一礼をした。嫌だけど。


「バレンティア卿。議会でお父上様が居ないにも関わらず、この場を提供して頂いた事に感謝しております。しかもこんなに豪華な料理を準備いただけた事は、みなさんの記憶に残る事でしょう」


 バレンティアが皆に一礼をしてから、また無表情になって立つ。


 あんな不愛想な男でも、色めき立つなんて…。くやじい!!


「そして皆さん! 今日はお疲れ様でございました。この会食が研修の最後となります。本日は王都以外の市民の暮らしの一部を見る事が出来たと思います。周りに並ぶ騎士の方々のおかげで、無事に研修を終える事が出来そうです。皆様からお礼の拍手をお願いします」


 まあ護衛は仕事なんだから当たり前だけど、二回目の為にも言っておかないとね。


 拍手が収まり、俺がバレンティアに言う。


「あの、バレンティア卿から一言」


 するとバレンティアは物凄くスカした顔で、スッと手を上げて言った。


「本日はただの護衛の一人です。私からは何もございません」


 むぎぎ! 生意気な! 何か喋れ!


「わかりました。それではこの後の会食で、今日起きた出来事や学んだ事などを話合う事に致しましょう。ざっくばらんにお話をしていただいて良いと思います。それではグラスを持って乾杯いたしましょう! 乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 グラスとチンッ! と交わしてそれぞれが口に運び拍手をした。流石は上流階級の皆様、作法はきちんとしていらっしゃる。何をしても女ってかわいいなあ…


 すると隣からスティーリアが声をかけて来た。


「お疲れ様でございました。見事大役を務められたと思います」


 すると反対側に座るミリィも言う。


「ウエストをお緩めになりますか? 一日絞めていたので苦しくありませんか?」


「大丈夫。主宰だし、最後まできちんとして無いと」


「わかりました。何かございましたらすぐに言ってください」


 すると今度はヴァイオレットが言った。


「聖女様。とても勉強になりました。私は文官としての仕事ばかりで、世の中の事を何も知らなかったと思います」


「それなら良かった。ヴァイオレットが来てくれて何かと助かっているし、今後もぜひ一緒に居てくれると嬉しいな」


「もちろんです!」


 さて…飯なんか食ってる場合じゃねえ! でもいきなりソフィアの所に行くのもおかしいし、前世の結婚式みたいに他の席に行ってお酌をするなんてマナー違反だ。そういうのは全て給仕がする仕事なのだ。だが俺はこの会の主宰である。皆に今日の感想を聞く使命があるのだ! 特にソフィアに!


 そして俺は席を離れて、一人一人に声をかける事にした。いきなりソフィアの所に行く訳にもいかず、近い人から順番に周っていく事にする。

 

 …いやあ…、マジで帝都戦の凱旋からこの方、長い道のりだった。あんな功績をあげてしまったが故に、俺は気軽にソフィアと会えなくなってしまった。


 だがそれは、さっきのバレンティアとマイオールの話を聞いても分かる通りだ。俺が要人の第一号のようになってしまい、気軽に外に出かける事が出来なくなってきているのだ。俺が動く度に厳重警戒網が張られるのでは、うかうかお茶会などしていられない。こういう場こそが、俺とソフィアの中を縮める絶好の機会なのだ。


 そして俺は一人一人当たり障りのない事を聞いて行く。これからも研修に参加してくれるかとか、今日の内容は満足だったかとか、今後に期待する事は無いかとか。だが皆、気もそぞろでバレンティアやマイオール、気に入った騎士の話をする事が多かった。人によっては、騎士様とお話をする機会を設けてほしいなどと言う始末だ。


「そうですか…分かりました…」


 くっそー、次の研修会の騎士団はブサメンばっかりでそろえてくんねえかな! おかげで女達の意識が散って仕方がない。俺以外の男の話をされると…俺は聖女だけど…とにかく気分が悪い。


 だが! やっとだ! ソフィアの番が周って来た!


 俺は時間をとるために、ソフィアを一番最後に持ってきたのだった。


「あ、あのソフィア様」


「はい! 聖女様!」


「本日は楽しかったですか?」


 他の人に聞く内容とは別な事を聞いてしまった。


「はっ、えっと、はい! 勉強になりました。他の領での市民の暮らしを垣間見えたと思います! そしてこのアインホルン家の領は特に素晴らしいと思いました。現当主のフェアラン様の御手腕が素晴らしいのだと思います。ヒストリア王国中の領がこのようであったら、この国はもっと強くなる事でしょう」


 うひょ! 百点! ソフィアは真面目だなあ。ちゃーんと勉強してたんだ! でも俺はもっとこう、友達のような恋人のような会話をしたいんだけどなあ…


「それは良かったです! 今日のペンダントはお持ちですか?」


 するとソフィアはバックから、俺が買ってやったペンダントを取り出す。


「はい! こちらですね!」


「それを見れば、今日の学びを思い出して下さると思います」


「もちろんです! 流石は聖女様だと思いました。こういう事で記憶は残る物なのですね」


 そうそう! 何でもない時の何気ないプレゼントが、女は喜ぶんだよね! それが、こういったイベントと一緒だと、その思い出がらみで思い出すから良いんだよ!


「私もこれを見てソフィア様との学びを思い出すようにします」


「うれしいです! 聖女様に思い出していただけるなんて!」


「もちろんです。だから次も参加してください!」


「はい!」


 すると俺の所に、バレンティン所の使者がやってきて告げた。


「聖女様。料理は終わりました。最後に領主様からのお土産がございます」


「わかりました」


 そして使者は一旦部屋から出て言った。


「ソフィア様! ではまたお会いしたいです!」


「はい! 是非!」


 俺は後ろ髪を引かれながら、さっきの使者の後をついて行った。するとそこには小さな袋に入った何かがたくさん置いてある。


「えっと、これはなんですか?」


「この街で一番の職人に作らせた香水にございます」


 えっと…ここの領主、フェアランだったっけ? 抜け目ない。自分の領地の特産をさりげなくアピールする辺り、商売に対しても貪欲なのだろう。


「それは皆さん喜ぶと思います」


「では、お持ちいたしますので」


「わかりました」


 そして俺が大広間に戻ろうとした時、バレンティアがスッと俺の前に現れた。


「聖女様。お疲れ様でございました」


「疲れてなどいません」


 俺はその横を素通りしようとしたが、バレンティンに呼び止められる。


「今日はルクスエリム陛下が側にいないですし、このような機会は無いと思いまして」


 なんだよ! ハッキリ言えよ! 今日の飯代の請求か? それとも香水代の請求か? あ、あれだろ! 俺が女達の雑貨をお前に買わせたから恨んでんだろ!


「なんでしょう?」


「機会が御座いましたなら、一度ご一緒に食事などいかがでしょう?」


 無理。ゼッタイ。


「すみません。なかなかに忙しい身でございまして、その様なお時間が割けますかどうか」


 どうせ、今日の市場の腹いせに、俺から金をとるか豪華な料理をおごらせるかしたいんだろ!


「少しでも良いのです。もしお時間が御座いましたらで良いので、よろしくお願い申し上げます」


「わかりました。でも陛下と一緒に食事などとるではありませんか?」


 するとバレンティアはため息交じりに言った。


「もし可能であれば二人きりでお願いしたいものです」


 やっぱ金のむしんだ。聖女支援財団の資金が目的に違いない。おあいにく様! あれはもうカルアデュールにて使う事が決まっております。


「まあ機会がありましたら」


「はい」


 そして俺はバレンティアに軽く会釈をして、大広間に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る