第42話 ワイバーンの襲撃
なんてこったい…全く恋愛なんかしている暇がない! 俺は恋愛体質なんだぞ! それなのにやれ騎士の治療だ、やれ教会の巡回だ、やれ孤児院の視察だと仕事ばかり。それどころか国の命令で帝国戦に参加したら、やたらと活躍を褒め称えられて、もっと忙しくなって…。それでは不味いと思い、苦肉の策で女だらけの研修をやるまで漕ぎつけて、その帰りに待ち伏せされてるかもしれないだと! 絶対に誤情報だ。俺にばかりそんな試練が続くわけが無い。
俺は馬車のオープンカーの上でプンスカと怒り狂っていた。それに拍車をかけているのが、俺の周りに騎乗している騎士達だ。なんでヒストリア王国の騎士は男しかいないんだ! 軽いフルプレートを作れば女でも前線に立てるんじゃないのか? むっさいのなんのって仕方がない!
バレンティアが俺に叫ぶ。
「聖女様。アインホルン領を抜けます!」
「わかりました!」
俺の乗る馬車を囲むようにして、騎士達の馬が走っている。流石に王都の第一騎士団だけあってその統率力はハンパないようだ。隙が無いので、俺に攻撃を通そうと思っても簡単には行くまい。
馬車は雑木林の間の街道を抜けて、草原の道へと入った。流石にこんなに見通しのいい所では襲ってはこれまい。遮蔽物になるような木が無いし近寄る事も出来ないだろう。
ここを更に進めば王都に入るし、やっぱ誤情報だったんじゃねえのか?
「敵襲!」
えっ? どこどこ?
騎士が叫んで俺は少し慌てる。俺は正直なところ戦闘という戦闘はした事が無い。帝国戦はたまたま条件が重なっただけで、あれは攻撃魔法などで焼いたわけではないのだ。とにかく俺は自分の馬車の絶対結界を二重にしてみた。
するとバレンティアが上を指さして俺に言う。
「聖女様! 上です!」
へっ?
上を向くとそこには、でっかい鳥が飛んでいた。いや…鳥って言うか怪獣じゃね?
マイオールが号令をかける。
「ワイバーンだ! 陣形を取れ!」
するとバレンティアが俺のもとに来て告げた。
「聖女様! 分が悪い! 引き返された方がよろしい! 」
いつもすましたこいつが言うって事は、相当危険なんだろう。だがね…俺はめっちゃ怒ってんのよね。俺の恋路を邪魔しようとした奴を目の前にして逃げると思う? んなわけないない! ぶっ殺す!
「あれが魔獣」
「聖女様。恐れながらワイバーンはそんなに弱い魔獣ではないのです! お早く!」
バレンティアが焦っているが…
嫌だね。俺は絶対にあいつを許さない。
「敵が降下!」
するとバレンティアが叫んだ。
「まずい!」
どうやらワイバーンは俺めがけて一直線に降下してきているようだ。なるほど狙いは間違いなく俺って事だ。ならば来るがいい、俺の女だらけの研修を邪魔した報いは受けてもらう!
ガズン! ワイバーンとやらの爪が俺の馬車を掴もうとするが、絶対結界が張ってあるためびくともしなかった。どうやら敵の攻撃方法はあの爪と言う事か?
するとマイオールが声高らかに叫んだ。
「全員! 聖女様の馬車を円形に囲め! 敵の攻撃を聖女様に届かせるな!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
そして騎士達が一気に俺のもとへと集まって来た。よしよし、よく統率が取れているな。俺は御者に馬車を止めるように言う。
「止めて!」
「しかし!」
「早く!」
そして俺が乗っている馬車が停まり、その回りに騎士達が集まった。そしてマイオールが俺に叫ぶ。
「走り続けてください!」
俺はそれを無視して、全方位に無詠唱魔法を発する。
防御力上昇! 金剛! 筋力上昇! 筋力過上昇! 思考加速! 脚力上昇! 剣撃最大!
俺を中心にして周りの騎士達にめっちゃくちゃ大量に魔力が注がれた。まずは騎士達の身体能力を化物レベルまで上げてやる。後から筋肉痛と疲労感に襲われるかもしれないが、ここは一気に戦闘力をあげる必要がある。
「うおおおおおおおお」
「こぉぉっぉぉぉぉぉ!」
「ぐおおおおおおおお!」
騎士達は皆、血眼になってめちゃくちゃ身体能力が上がったであろう。フルプレートの兜の下では鼻血を出している者もいるかもしれない。
「聖女様! 来ます!」
バレンティアが上空を指して言う。
電撃蓄積!
俺が叫ぶ!
「全員! この馬車から離れろ!」
だがそれをバレンティアとマイオールが拒否した。
「しかし!」
「ダメです!」
「死ぬぞ!」
…………
「総員! 散開!」
そして騎士達が一気に俺の馬車から離れていく。俺は御者に伝える。
「座席に入れ!」
「は、はいぃぃぃぃ」
御者が俺の隣りに来たのを確認して、絶対結界の周りにどんどん蓄電していくのだった。外からは恐らく金色に輝いているように見えているだろう。上空にワイバーンが見えて来たが、やはり俺に直接攻撃をかけるのが目的のようだ。こっちに向かって真っすぐに飛んでくる。俺はタイミングを計るためにカウントダウンを始めた。
5、4、3、2、1!
俺が乗る馬車にワイバーンの爪が触れた瞬間、俺は溜めに溜めた電撃を一気に放出する。
バリバリバリバリバリ!
ギャアァァァォォゥゥゥ! ズサササ! ワイバーンはたまらず地面に落ちてのたうち回っている。あれで死なないなんて、やはり馬とは違うって事だ。だが俺は既に二の手を打っている。
声拡張! そして俺は大声で騎士達に号令をかけた。
「全軍! 一気に畳みかけろ! 痺れて動きが取れないでいる!」
身体を超強化された騎士達が、一気にワイバーンに突入し勝敗は一気についた。あっという間にバラバラにされていくワイバーンに、むしろ騎士達は自分の力に驚いている。
「やめい!」
マイオールが全軍に号令をかけると、皆がワイバーンから離れていく。そこには血の海になってバラバラになったワイバーンの肉塊だけが残っていた。自分達の力がいつものものだと思った騎士達が、思いっきり切り付けてしまった結果だ。
するとマイオールが号令をかける。
「まだ警戒を解くな!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
そしてしばらくその草原に漂い、全員が周りを警戒する。そして今度はバレンティアが叫ぶ。
「テイマーがいるはずだ。操るならそう遠くにはいかない!」
なので俺が言った。
「私は絶対結界によって守られる! そしてまた来ても同じ目にあわせてやる! テイマーを探せ!」
するとマイオールが言った。
「聞こえたか! 散開!」
そして俺の周りから一気に騎士達が離れていく。バレンティアだけがここに残った。
「私はここに残ります」
まあ、他の敵が来た時に困るから居てもらうしかないだろう。
「やはりテイマー?」
「そうでしょうね。こんなところにワイバーンなど現れません。山脈の高いところにいる魔獣ですから」
なるほど。ていうか今回の研修の予定を知った上での動きか? なんかやたらと都合よく出て来たな。
「狙われたと言う事ですね。という事は研修の予定が漏れていたと言う事でしょうか?」
「やはり…間者が国内に入り込んでいるのでしょう」
「そうですか。今回の研修の件は多くの貴族に触れ回ってましたからね。どこかで漏れてしまった…」
「はい。もしくは議会内部に情報を流している者がいるかもしれませんね」
「議会内部に?」
「恐らく我々の動きを読んだうえでやっている可能性があります」
「ということは?」
「娘がいないか、研修に参加していない家の者を洗うべきかと」
「そうか…」
「わざわざ自分の娘を危険にさらそうとは思わんでしょう?」
「確かに…」
そしてしばらくすると騎士達が戻って来た。どうやらテイマーには逃げられてしまったらしい。しかし既にギルドには早馬を出したとの事だ。
「マイオール卿。お疲れ様でした」
「いえ。聖女様、お見事でございました。怪我人を一人も出すことなく、ワイバーンを瞬殺する事が出来るなど思いもしませんでした」
「たまたま上手く行ったのでしょう」
するとマイオールとバレンティアが顔を見合わせて言う。
「たまたま?」
「そんな訳はありますまい?」
「帝国もたまたま撃退したと言う事ですか?」
「あり得ませんな」
どうやら二人は俺の事を買いかぶりすぎているらしい。俺はたまたま状況に応じて対応しただけだ。魔獣戦だって今回が初めてだし、怒りに任せてぶっ殺しただけだ?
「で、どうなります?」
「国中に御触れが出て、下手人を数人捕える事になるでしょうな」
「なるほど。わかりました」
「あと少し経てば王都から、援軍が送られてきますので研修のご婦人達は本日中に帰れますよ」
「分かりました…」
はあ…。きっとしばらく研修なんて出来なくなるだろうなあ。わざわざ危険な場所に自分の娘を出す貴族はいないだろうし…。でも! 諦めないぞ! 俺はソフィアと添い遂げるまで、なんとしてでもやり遂げるんだ! まってろよ! ソフィア!
「では一度アインホルンの家に戻りましょう」
「わかりました」
俺達の一団は来た道を戻って行くのだった。
女だらけの研修をぶち壊しにした罪…軽くはないぞ。必ず正体を暴き、それなりの制裁をくわえさせてもらう!
念のためオープン馬車に結界を張りつつ、俺は闘志をみなぎらせるのだった。
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