第8話 魅惑のバスルーム

 晩餐と食後のお茶が終わったら、疲れた体を清めるハッピーお風呂タイムだ。


 実のところ俺の記憶にある聖女は、一人部屋でタライに水をため布を浸しながら体を拭く毎日を送っていた。だけど俺は考えた…考えに考え抜いた。こんな根詰めた仕事を毎日しているのに、楽しみなのは食事だけなのかと。


 否! そんな事はない! 断じてご飯だけが楽しみな人生で良い訳がない! 


 そこで俺の行きついた答えは、こうだ。王家からの給金は潤沢だが、聖女の暮らしでは贅沢に金を使う事も無い。食事は贅沢にしたものの、別に着る物などは着まわして行けばいい。むしろ着飾って贅沢などをしていると、貴族や市民に何を言われるかわかったもんじゃない。だが俺はこの暮らしの中で、市民の目につかない贅沢を見つけたのだ。


 それは、光熱費をふんだんに使うと言う事。


 水やお湯をふんだんに使っても、誰も文句を言わないし外から見えないので贅沢に思われない。ならやる事は一つだった。それは王族や上級貴族がたしなんでいる湯船だ。この屋敷は、もともと王室御用達の家なので設備が充実していた。後はメイド達が水を汲み、それを湯船に貯めて沸して入る。水が足りなければ俺が水魔法で足す。俺はこういうところで、フルに力を発揮するのだ。

 

「くっくっくっくっ」


 俺は今日も、誰もいない風呂場でお湯を沸かすのだった。数日に一回は薪で風呂を沸かしているのだが、薪をしょっちゅう買っていては贅沢がバレてしまう。そこで俺がやっているのは、職権乱用とも言うべき聖女の力を使った風呂沸し! 水魔法と火魔法の応用で、水温を上昇させる事が出来るのだ。今日はちょっと暑くて汗をかいたので、ぬるめのお風呂にするつもりだ。


「やっぱ日本人は風呂だよなあ」


 前世ではワンルームマンションの狭い風呂が物足りず、よく女と銭湯に行ったものだった。銭湯はワンルームの風呂とは違ってデカいのが良い。そしてこの屋敷の風呂! 流石は王族の住居だった事もあって風呂が広いのだ。数人で入ってもおつりがくる。まるで銭湯なのだった!


「よし!」


 風呂は完璧だ。風呂の準備が終わったので、俺は一旦浴室を出て廊下に出る。


「あ、聖女様! ご準備いただけましたか?」


 メイドのミリィが言うので、俺は親指を立てて『もちろんよ!』の意思表示をする。鶴の恩返しならぬ聖女の恩返しだ。


「本当にうれしいです」


 この聖女お風呂サービスは、この屋敷の女子達には好評だった。最初は毎日風呂の習慣のない彼女らには驚かれていた。だが今では、修道女のスティーリアまでが湯あみを楽しむようになったのだ。女の子というものは綺麗になる事には抗えないようだ。


 俺がミリィに聞く。


「石鹸は確保してる?」


「もちろんです」


 ミリィがそう言うと、後ろの廊下から女達が入って来た。スティーリアを筆頭に、メイド達が風呂支度をして待っていたのだ。


 俺が声をかける。


「皆さん! お疲れ様でした! 一日の疲れを癒しましょう!」


「「「「「はい!」」」」」


 女子たちが目を輝かせた。


 実は、初めの頃は一人ずつ入るようにしていた。だが最後の方はぬるくなってしまい、お湯も汚れてしまう。そこでミリィから提案があったのが、俺さえ良ければ全員でお風呂を済ませてしまえば良いのでは? と言う事だった。


 正直…背徳感が凄くて抵抗があった。いくら俺が絶世の美女の聖女だからといって、中身は女好きのおっさんだ。ヒモ男のおっさんとして、罪の意識が働いたのだった。


 だがそれも今では吹き飛んでしまった!


「さあ、脱いで脱いで!」


 脱衣所で俺が声をかけると、皆が一斉に服を脱ぎだす。この館内に男の使用人は一人もいない為、皆安心している。実は男の心を持つ奴がここに一人いるけど。


 おかげで毎日、鼻血が出そうなくらい興奮している。


 …やっぱ慣れって恐ろしい。全員これが当たり前の日課だと思ってくれている。そして俺だけがめちゃくちゃ役得だという事を、ここに居る誰もが知らない。


「お先に」

 

 俺が先に裸になり浴室に入った。女だらけで恥ずかしいので、俺は布で前面を隠すようにしている。自分も女のはずなのだが、心がおっさんなので見られるのがめっちゃ恥ずかしいのだ。


「流石は聖女様。やはり女性と一緒でも、慎ましくされているのですね」


 スティーリアも俺の仕草を真似するように、布で前を隠して楚々として入って来た。だがメイド達はあまりそういう事は気にしないようだった。多少照れたように体の前を押さえているが、ほとんど隠している様子はない。するとミリィが俺に近寄って来た。


「聖女様! お背中を御流しします!」


「ミリィ! 今日は私が」

「いいえ、私の当番です」

「当番なんてないでしょ!」


 メイド達が可愛く言い争っている。なぜか毎日、聖女の体を洗うのを取り合っているのだ。どうやら聖女に尽くす事が、彼女らとしては幸せらしかった。俺が鼻の下を伸ばしている事も知らずに。


 俺は自分の欲望の赴くままに言う。


「喧嘩しない。では三人にお願いしたいな」


「「「はい!」」」


 俺は栗色の髪を降ろしたくりくりお目目のミリィと、可愛らしいメイドの二人から体を洗われる事となった。


 いやはや…どんな高級サービスだよ…。てか毎日こんなサービスが受けられるなんて…聖女辞めらんねぇ! 最アンド高! …生まれ変わって良かった…


 そして俺はメイド達に泡だらけにされて、この世のものとは思えない気持ちいい時間を過ごす。頭から背中、腰回りから足先までぴっかぴかに磨いてくれるのだ。


「あふぅ…」


 ヤベ! 変な声出ちゃった! 自粛しなくては!


 俺はまがりなりにも聖女だ。聖女がこんな事をしているなんて、貴族や市民に知れたら大変な事になるだろう。なので俺は、スティーリアやメイド達には箝口令を強いている。今まで一度も外にこの事が漏れた事は無い。


 しかも堅くて真面目な聖女がこんな感じになるのを、みんなで楽しんでいるきらいがあるのだ。


 ミリィ達が俺を洗い終わったようなので、お返しに声をかける。


「じゃあ、私もお返ししなくてはね! 洗ってあげる!」


「「「いえ! 聖女様のお手を患させるわけには参りません!」」」


 ミリィ以下メイド達が、声をそろえて言う。


 えーっ! 俺は洗ってあげたいのに! 


「お先に湯船におつかりください」


 俺は湯船に追いやられるのだった。今まで一度たりとも、彼女らの体を洗ってあげた事が無い。どうしても恐れ多いと言う事で、洗わせてもらえないのだった。スティーリアとミリィ、そしてメイド達は自分達で体を洗い湯船につかった。


 まあ、自分は洗ってもらったし目の保養も出来たし…良いって事にしよう。


 だがこの生活、実は楽しいようで蛇の生殺し状態だった。俺は聖女だから女の子に手が出せないのだ。


「ふうっ、物足んねぇ…」


 俺は皆に聞こえないように言いながら、湯船に顔を半分潜らせるのだった。

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