第7話 美女達の晩餐
俺が聖女になってからの数週間で分かったのは、聖女の毎日は忙しいと言う事だ。
盗賊の討伐や他国との小競り合いで傷ついた兵士を癒したり、魔獣が出れば兵士を支援し結界を張りに出向き、教会に呼ばれては病人を診る。また面倒くさいのが、王族とのお茶会などに参加しなければならない事だ。
夜、一人になるとあまりにもの疲れで、すぐに眠ってしまう。ゆっくり考える時間などほとんどないほど忙しかった。
そして今、俺はようやく今日の仕事を終え一人部屋に戻る事が出来た。俺が住んでいるのは王が用意してくれた邸宅で、かなり豪華な屋敷だ。そこにはメイドのミリィ以下のキッチンメイドと使用人、修道女のスティーリアが一緒に住んでいる。
なんでだろうな…俺はなんで聖女になったんだろうな…
忙しさに追われて、ほとんど考える事が出来なかったが、ヒモだった俺が何故に聖女になってしまったのか? 謎だった。
コンコンとドアがノックされる。
「はい」
キッチンメイドが聞いてくる。
「今日の晩餐はお肉となりますが、よろしかったでしょうか?」
「おねがいします」
「はい」
この生活を始めるにあたり俺は暮らしの改善をした。それは食事が質素だったことがきっかけだった。疲れて帰って来たと言うのに、パンと野菜と薄口の魚っぽいスープばかりだったのだ。聖女となり地位も確立した俺は、かなり自由に意見が出来るため、まずはそこから改善してもらう事にしたのだった。
…そもそも、めっちゃ長い労働時間を終えて、食う飯が質素って無理がある。ちゃんと食べないと、次の日に差し支えるだろ。
どうやら俺になる前の聖女自身が、質素な食生活を求めていたらしい。だが俺が食事を改善したことで、むしろスティーリアやミリィやメイド達は喜んでいた。彼女らは俺と同じご飯を食べなければならず、一生懸命働いて質素な食事では活力が出ない。若い彼女らはこの食生活に満足しているようだ。
「ふう。それにしても魔法がちゃんと使えてよかったな。ちゃんと体が覚えていたので、それだけは助かったぜ」
誰もいない部屋で、ようやく俺は俺になれた。鏡に映る俺は、それはそれは美しい楚々とした聖女だ。白に近い金髪と青い瞳が特徴的な美人だ。だが中身は完全にヒモ男の俺の要素が濃い。そんな俺が、こんな忙しく仕事をしているなんて…信じられない。
だが、この生活は悪い事ばかりじゃない。何せ俺の周りには美女がいーっぱいいるからだ。
まず連日の仕事のパートナーである修道女のスティーリア。彼女はとても華奢で、ストレートのダークグレーの髪をキリリと束ねている。薄紫の目が儚げな女性。
そして王宮から遣わされたメイドのミリィ。彼女は肩までの栗色の髪とクリクリの栗色の目が可愛い女性だ。他にも若いメイドが屋敷には沢山いた。
そして、これから夜までが、毎日の俺のお楽しみタイムだ。俺は着替えを済ませて楽な格好になり、髪を解いて自然な感じに肩に垂らす。
「疲れたなあ…」
前世のだらけたヒモ生活に慣れ過ぎて、勤勉に働く事の大変さを忘れていた。しかも、スケジュールは自分で決めるのではなく、全て王宮からの指示で動いている。その代わりとして、かなりの額の給金と住まいと従者を与えられているのだった。
ふと鏡を見ると若干疲れた顔をしている聖女が居た。休みが無いわけではないが、休みもゴロゴロしていられないのが聖女の辛い所だ。休みは自分の時間を使って、礼拝をしなければならない。そのうち仮病を使おうかと思っているが、まだその権利を行使していない。
「だけど、悪くない。だってあんな子やこんな子が俺に尽くしてくれるんだから」
ハッ! と鏡を見る。すると俺は驚くほどだらしない顔をしていた。ヒモ時代の女を思い浮かべて妄想していた時の顔だ。こんな顔を女の子たちに見られるわけにはいかない。するとドアがノックされ、迎えのメイドがやってきたようだ。
「お食事の用意が出来ました」
「行きます」
「はい」
俺がドアを開けるとメイドのミリィが立っていた。俺の前では、きちんとポニーテールを結って身だしなみはバッチリだ。軽く会釈をして、俺が出てくるのを待ってくれていた。可愛い。
そして食堂に行くとメイド達が壁際に立っている。そして仕事仲間のスティーリアもそこにいた。
「みなさん。ご苦労様」
俺が声をかけると、皆が一斉に頭を下げた。聖女のお付きという事で、屋敷に一人も男がいないのが最高だった。
これで…俺が男だったらなあ。
だけどそれは叶わない。なにせ俺のスーパーマグナム君一号が無いのだから。こればっかりは仕方ない。
気を取り直して皆に声をかける。
「では、皆さんでいただきましょう。席についてください」
「「「「「はい」」」」」
そう。そしてこれも俺が改善した一つだ。本来のところ、皆は聖女が食べ終わるまで食事にありつけなかったのだ。だが俺は一人で食う食事が嫌いで、みんなで食う事を提案したのだった。最初は賛否あったが今では習慣になってきている。前世でも晩飯は必ず女と一緒に食った。昼は一人で食う事もあったが、いつもそばに女がいた。一人で食うなんて、寂しすぎて死んでしまう。
うさぎちゃんなのだ。
俺が席につくと胸の前に手を組んで祈りを捧げる。だがこれも、かなり簡素化してしまった。毎日ありがたいお話をするのが日課だったらしいが、そんな大層な話をしていたら飯が冷たくなってしまう。最初は修道女のスティーリアが少し抵抗していたが、その意見は却下し挨拶は短くした。
「それではみなさん。今日もありがたく、頂戴いたしましょう。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」」
そしてもう一つ。食事中に会話をすることは無かったが、これも改善させてもらった。楽しく談笑して食べる事を命じたのだった。まずは俺から話を始める。
「スティーリア、ミリィ。そしてみんな、私などの為に毎日頑張っていただいてありがとう。本当に感謝しています。あなた達がいるから私はこうして聖女をやっていられます」
これは本心。マジで彼女らのサポートが無ければ、俺は三日と持たずに逃げ出していただろう。前世でも貢いでくれる女には感謝していた。
「その様な事はございません。聖女様がこうして私達の暮らしを変えてくださいました。最初は驚きましたが、今となってはとても良かった事だと思っております」
「スティーリア様のおっしゃるとおりです。突然お肉をお召し上がりたいと聞いた時は、驚いたものです」
スティーリアとミリィが俺に答える。俺はそれを聞いて笑いながら話す。
「ふふふ。だって聖女って思いの外、大変なんだもん」
するとスティーリアが、少し苦笑いをしながら言う。
「まさか、聖女様がそのような事を言い出すとは思いませんでした」
「もちろん仕事はする。だけど、自分達の時間や食事までキリキリに詰めることは無いと思う」
「聖女様は、お変わりになりましたね」
「別に変ってない。ただ、皆と楽しく暮らしたいだけ」
するとスティーリアとミリィ、他のメイド達も一旦フォークを置いて俺に頭を下げる。別にそんなに畏まらなくていいのだが、聖女としての地位を考えれば仕方がない。王族の次に高い地位を得ているのだ。
「いや、本当に。とにかく嬉しいな」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
そして談笑しながら食事を続けるのだった。だから料理はあらかじめ全部そろえてもらう事にしている。そうじゃないとキッチンメイド達が忙しくなってしまうからだ。するとメイドのミリィが話を切り出す。
「そういえば、またお手紙がきておりました」
「えっと。恋文関係の手紙は捨ててね」
「はい、もちろんでございます」
聖女には仕事やお茶会のお誘い以外の手紙が届く。それは貴族や騎士からの恋文や、舞踏会へのお誘いだった。もちろんどんなイケメンだろうが、金持ちだろうが俺の眼中には無い。男の誘いに乗るくらいなら、死んだ方がましだ。逆に殺してやる。
「聖女様はすばらしいですわ」
「本当に」
「何故?」
俺の問いに、スティーリアが答える。
「バレンティア様やミラシオン伯と言えば、王都では誰もが憧れる殿方です。その誘いに一度も乗る事が無いのは、本当に聖職者の鑑だと思います」
いやいや。イケメンはもっと嫌い。アイツらは、女が簡単になびくと思っているきらいがある。あんな奴らと食事などまっぴらごめんだ。
「私達も聖女様に見習い、色恋沙汰などいたしません」
ミリィが言うと皆が頷いた。それはそれで嬉しい。俺以外の男…俺は女だが、変な男にくれてやるくらいなら俺が娶ってやる。
俺はこの世界に来て意識が変わった。それは女達を絶対に不幸にしたくないと気持ちだ。前世では大勢の女を泣かせ不幸にしてきたと思っている。きっと今ごろ美沙樹は牢屋に入っているだろう。奈緒はいなくなった俺の事を心配して泣いているかもしれない。
だから、せめて今度の人生は、多くの女を幸せにするように生きていきたいと思うのだった。
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