第6話 ちょっとした充実感

 しかし、俺の記憶と聖女の記憶が混ざってるのは不思議な感覚だ。そのせいもあってか、俺の性格も少し変わった気がする。前世ではそれほど子供好きだったわけでは無いが、なんかやたらと孤児院のチビ達が可愛く見えた。俺は昨日までのクズのヒモでは無くなった感じがする。


「フラル! フラル! 魔法を見せて!」


小さな女の子が俺に言う。


 はて…、魔法? 確かに聖女の記憶では魔法が使えていた。だが今の俺にはどうやったら良いのか見当がつかない。たぶん使えそうな気はしてるけど。昨日、聖女になったばかりで、どうやったらいいのか皆目見当がつかないんだが。


「えっと」


 俺が悩んでいると、孤児院の寮母達が口を挟んできた。


「あのね、聖女様の魔法は軽々しく使っちゃいけないものなのよ」


「そうか…フラルは、聖女様なんだもんね」


 女の子がめっちゃ寂しそうな顔をした。なんか凄く可哀想になってきた。


「あ、そうだ!」


 俺は前世でホスト時代に覚えたマジックを思い出した。


「スティーリア、銅貨を一枚だして」


「はい」


 俺は後ろにいるスティーリアがバックから取り出した銅貨を受け取り、それを手の指の動きだけでコロコロころがした。すると興味津々に子供達が一斉に集まって来る。そして俺に魔法をせがんだ女の子の前に銅貨をかざした。


「じゃあこの銅貨を持ってみて」


「うん」


 俺は女の子に銅貨を渡した。女の子はじっと銅貨を見つめている。


「それは本物の銅貨? 間違いない?」


「普通の銅貨だよ」


「じゃあちょっと返してね。私、貯金しなくちゃ」


 子供達が、くすくすと笑った。そして女の子は俺の手に銅貨を返してくれた。俺はその銅貨を右手に握りしめて、左手も握って前に差し出す。


「どっちに握ってる?」


 当然子供達は、俺の右手を指差した。でもニッコリ笑って女の子に聞く。


「本当にこっちで良いの?」


「「「うん! そっちだよ!」」」


 他の子供達も口を揃えて言った。俺は思わせぶりに右手を開いて見せた。


「あれ?」

「ない?」

「どうして?」


 子供達がキョトンとした顔をしている。すると、一人の男の子が言った。


「わかった! 左手に持ってるんだよ!」


「本当にそう思う?」


 俺が聞き返すと、他の子供達が男の子に同調するように、左手に持ってるのだと騒ぎ出す。今度は左手を思わせぶりに開いた。だがそこに銅貨は無かった。


「あれぇ?」

「あれあれぇ?」

「どこだあ?」


 子供達は狐につままれたようになり俺の手をジロジロ見る。そして俺は、最初に銅貨を確かめさせた女の子に言った。


「あのね。ポケットに手を入れてごらん」


 女の子がポケットに手を入れると、目をキラキラさせて大きな声で言う。


「あったあ!」


 すると子供達はおろか、寮母達も驚いているようだった。


「あーよかった! 貯金しなくちゃいけないのに、そんなところにあったなんて」

 

 俺の軽い冗談に、子供達がまたクスクス笑う。そして俺は女の子から銅貨を受け取った。そしてまた同じように握った手を差し出した。


「今度はどっちかな?」


 すると子供達はこう答えた。


「どっちでもなーい!」


 俺は子供達に言う。


「せいかーい! じゃあどこかなあ?」


 子供達は一斉に自分のポケットを弄り出した。またポケットに入れられたと思ったのだろう。だが中には何も入っていないのだ。それを見て俺が言う。


「どこかに行っちゃったみたいだねえ?」


「凄ーい!」

「魔法だ!」

「魔法だ!」


「んー、でもまてよー」


 俺が続ける。目の前の女の子の耳のあたりに手を伸ばした。


「銅貨の代わりにこんな物が出て来たぞ!」


 そう言って、ぽんっとキャンディを出した。


「わっ!」


 子供達がまた驚く。


「じゃあ、お一つどうぞ」


 キャンディを女の子に渡す。


「ありがとう!」


「いいなあ」


 隣の男の子が言った。なので俺は今度、男の子のお腹のあたりに耳をあてる。


「んー、コロコロ音がするなあ。ここかな?」


お腹のあたりでキャンディを出した。


「わっ! 凄い!」


「お一つどうぞ」


「ありがとう!」


 そして俺は次の子にも、次の子にもそうやってキャンディを出してあげる。だけど最後の一番小さい男の子のところで、ちょっと立ち止まった。


「あれ? あれれえ? もう魔法が切れてキャンディが出せないぞぉ」


  すると、小さな男の子の顔が曇り少し泣きそうな顔でうつむいた。


「君は、お兄さんやお姉さんの言うことを良く聞いているかなあ?」


 男の子はコクリと頷く。


「君は寮母さんのお話を良く聞くかなあ?」


 また男の子がコクリと頷いた。他の子や、寮母達が固唾を呑んでその様子を見ている。今にも泣きそうな男の子を見つめて、成り行きを不安そうに見ていたのだ。


「それを聞いたら、みるみる魔法が回復してきたぞ! んー!!」


  男の子が不安そうに見ている。


 俺は、ポンポン! と二つのキャンディを出した。


「君は偉い子だから、二つ出て来たぞ!」


 小さな男の子は、ぱあぁぁぁ!っと顔を輝かせた。小さな手のひらに二つのキャンディを乗せてあげた。


「やったぁ!」


 めっちゃ喜んでくれた。


 元々キャンディは配る予定で持ってきたものだ。だがちょっとしたいたずら心で、演出を思いついたのだった。


 これをホストクラブでやると、地方から出てきたお姉ちゃん達が鉄板で喜んでくれたんだよね。


「素晴らしいですわ!」

「流石は聖女様です!」


 寮母達が絶賛してくれた。客を増やすために必死で練習したマジックで、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。目の肥えた港区女子はこんなんじゃ逆に寒い目で見られたもんだ。


 なんかこういう仕事も良いな…。俺は保育士とかが向いていたのかもしれないな。真面目に働くって、いい事なのかも!


 俺が浸っているとスティーリアが、パンパンと手を叩いて静かに皆へ声をかける。


「じゃあ皆さん! 並んでください! お身体を診せてくださいね!」


 そうだ! 記憶にある聖女は治癒の仕事をしていた。治療の為に巡回をしているんだ! やばい…。マジックで誤魔化せたかと思ったのに、やっぱ魔法使わなきゃなんねえのかよ! どうすんだっけ?


 並び出す子供達を見て、俺は焦り出すのだった。


 だがまてよ…、なんとなくいけそうな気はしてる。なんか身体が覚えているような感覚だ。ここでやっとかねえと俺に明日はない。聖女をクビになってしまうかもしれない。そしてスティーリアも待ってくれずテキパキと準備をしている。


 俺は心の中で必死だった。だが大丈夫! 何とか覚えて良そうだ!


「じゃあ君から」


 六歳くらいの女の子を呼んだ。


「お願いします」


 女の子はペコリと礼をして椅子に座った。俺も対面の椅子に腰掛ける。女の子は俺をじっと見ているので、俺も彼女をじっと見つめる。意識を集中させて、彼女の事を知ろうと必死に見つめるのだった。


 むぐぐぐぐぐ!


 すると…ポワッと右肘の辺りが白く光って見えた。


 わお! これだ! 見えるぞ俺にも敵が見える!


「ちょっと右腕あげてみて」


女の子が腕を上げると、どうやら肘を擦りむいていたようだ。


「怪我してるね」


「このくらい、平気!」


 女の子が元気に言う。確かに、まっいっか程度の傷ではある。だがじっとスティーリアが横で見ているので、治療しなかったと上に報告されてしまうかもしれない。


「見せなさい」


 よく見ても大した事ない傷だった。だが遊んで泥で汚れているので、破傷風とかになったら不味いと思いはじめる。既にスティーリアが桶と水を用意してくれていたので、軽く絞った布で肘を拭いてあげる。


 まずは綺麗にしよう。と、女の子の腕を綺麗に、泥を落とすつもりで拭いたのだが傷がどこにも見当たらない。


 あれ? ちょっと血が出てたんだけど、見間違いかな?


 俺はスティーリアを見て聞こうと思った。するとキョトンとした顔で、スティーリアが俺を見つめ返している。


「聖女様…」


 あれ? なんかまずった? 俺を疑念の眼差しで見ているような気がするぞ…


「詠唱は?」


 あ、なんか記憶では、なんか呟いてたな…。えっ、なんかまずい事しちゃった?


「治ったよ! ありがとう聖女様!」


 俺がパニックに陥ってる状況で、治してあげた女の子がお構いなしに言う。確かに白く光っていた肘は光っていない。すると、ぽつりとスティーリアが俺に言った。


「聖女様…、素晴らしいです。無詠唱で治されました」


「無詠唱?」


「はい」


 えっと、オッケーって事? とにかく切り抜けた?


「…あ、ああ。ならよかった」


「本当に聖女様になられたのですね」


 スティーリアがうるうるとした瞳で見つめてくる。可愛い! 清楚さが更に際立っている。今日の夜まで一緒に居たい! とりあえず魔法も使えたようだし、俺はスティーリアの尊敬を集めている!


 どうやら俺は聖女になって、グレードアップした事が判明するのだった。


 なんでかさっぱり分かんないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る