第9話 救急要請

 窓の外が薄明るくなってきた。


 風呂に入って祈りを捧げたら、あと何もすることが無いのですぐ眠るのが聖女の日課だ。前世のように、夜更けまでスマホをいじったりゲームをすることはない。それに日の出前に起きてやる事もある。


 元々聖女の朝は早い。朝食の時間までに顔を洗い家の者達と祈りを捧げる。ミリィも俺が朝早いので、それに合わせて早起きをしているが特に不満も無さそうだ。今日も髪を結ってもらっているミリィに声をかける。


「そろそろメイドさん達が働き始めるころかな」


「はい。そうですね、朝食の準備に取り掛かっていると思います」


「私が早いから、皆も早く起きなければいけなくて申し訳ないかな」


「滅相もございません。毎日聖女様と一緒に祈りを捧げられるのが幸せなのです。それに皆、あの風呂のおかげで疲れが取れてシャキっとするらしいです。私も多分に漏れずそうです!」


「それならいいんだけど」


 髪を結い終わると、ミリィが扉の所に行って外のメイドに声をかけた。


「お茶を」


「はい」


 するとすぐにお茶が用意される。なんかぐうたらだった俺は、こうして面倒を見てもらえることで規則正しく居られる事が分かった。前世ならきっと、遅くまでゴロゴロしていた事だろう。


 コンコン!


 またドアがノックされて今度はスティーリアが入って来た。俺がお茶を飲んでいる間に、今日のスケジュールを聞かせる為だ。秘書として俺を管理してくれているので、ヒモの時のようにダラダラする事が無い。彼女らが一生懸命なのに俺がダラダラしてたらヒモ時代と同じだ。


「聖女様。本日のご予定でございますが、お茶会が入っております」


「誰が相手?」


「公爵令嬢のソフィア・レーナ・マルレーン様でございます」


 うそ! やった! 今日はソフィアに会えるの? マジで! 今日は最高の仕事だ! ソフィアとめっちゃ話ししようっと。えーっと何を話そうかな!


 ソフィアはキリリとした目つきにワインレッドの髪の毛がとても似合う。凛とした雰囲気がとてもいい! 悪役令嬢っぽい感じだが本当は優しい子だった。


「喜んで頂けて何よりです」


 えっ? 


 俺は何も言っていないが、恐らくにんまりとしていたのだろう。スティーリアはその俺の顔を見て、喜んでいると判断したらしい。


「あ、うん。まあ別にあれだけど」


「はい。とにかく良い事からお伝えしたほうが良いと思いました。ただ…」


「ただ?」


「午前中は、司祭クビディタス様の教会で礼拝がございます」


 うへぇ…。あのデブのジジイと一緒なのか。めっちゃ嫌。スティーリアは俺の気持ちを汲んで、良い事を先に教えてくれていた。さすがといえば流石だが、出来ればあのデブを消して来てくれるともっと嬉しい。


「わかりました」


「お気持ちお察しします」


 どうやら俺は露骨に嫌な顔をしていたらしい。顔に出さないようにしているのだが、このお付きの人たちは四六時中、俺を見ているので直ぐにバレる。


「とにかく仕事だから」


「はい」

 

 スティーリアの予定確認が終わり俺達は食堂へ向かった。既に朝食の準備が出来ており、いつも座って食べるだけになっている。俺の朝食の好みは皆が知ってくれているので、食欲を無くさずにいられた。


「今日は、パンとトマトのスープ。そして美味しい紅茶をご用意しております」


「ありがとう」


 キッチンメイドに告げられ、俺は席に座る。


 うーん…美味そう! 朝はこのくらいでちょうどいい、前世じゃ朝食を抜いていた事もあったし朝はあっさりが良い。


 皆が着席し食前の祈りを捧げ、俺がスプーンを手に取った時だった。リンリンと門の呼び鈴が鳴らされた。どうやらこんな朝っぱらから、誰かが俺に会いに来たらしい。


「見てまいります」


 ミリィが楚々と玄関の方に行く。訪問者が誰か気になるが、とにかくスープを一口くちに入れた。トマトの酸味と他の野菜から出た甘み、そして仄かな塩味が堪らない。


「聖女様。騎士様です」


 ミリィが戻って来て俺にそう告げた。


 朝食ぐらいゆったりと食わせてくれよ! まったく! 


 俺は心中で愚痴るが、急いで立ち上がり玄関に向かう。俺の後ろにスティーリアとミリィがついて来る。すると騎士団副長のマイオールと部下が二人立っていた。少し血相変えた感じで緊迫した表情だ。誠実そうなイケメンのマイオールがより一層イケメンに見える。朝からウザい。


「聖女様! 早朝から申し訳ありません!」


「どうしました?」


「先ほど魔獣討伐隊が遠征から戻りました。西の森にでた大型魔獣は無事に退治したのですが、思いの外強く負傷者が数多く出てしまったのです。お力を借りれないかと参上した次第です」


「もちろんお力添えをいたしましょう。スティーリア、準備を」


「はい」


 そして朝の平和な朝食風景が一変し、慌ただしい戦場へと化した。メイドがせわしなく動き回り、ミリィが俺の外套を持ってきた。そしてスティーリアが魔力増強用の杖を持ってきてくれる。男連中の怪我なんか治したくはないが、王宮からの御給金にかかわってくるからすぐに行く事にする。これが聖女の仕事だし。


「では行きましょう」


「かたじけない」


 まったくよお…。男なんだから、ちょっとくらい痛いのは我慢してくれよ。


 とは思うが、こういう緊急時は死人が出そうな時だ。面倒ではあるが、助かる命があるならすぐ行動しなければならない。外には馬車が乗りつけられ、それに俺とスティーリアが乗り込んだ。メイド達が俺を送るために、全員が外に出て来て一斉に馬車の脇に並ぶ。


「出せ!」


 副団長のマイオールの掛け声とともに馬車が走り始める。それと共にメイド達が一斉に頭を下げた。恐らく魔獣討伐部隊は、王都の入り口付近に駐在しているだろう。俺は杖を握りしめて、今日のスケジュールを考える。


 待てよ…、これでデブ司祭のクビディタスのとこに行かなくても済むんじゃね? 


 そう考えると、むしろ生き生きとしてくる。するとそれに気づいたスティーリアが俺の瞳を見つめて言う。


「さすがは聖女様です。騎士達を助けるのに使命を感じていらっしゃるのですね?」


「当然です」


 違うけど。デブの司祭に会わなくてもいいのが嬉しいんだよ。


 待てよ…。


 俺は不意に思う。午後のソフィアとのお茶会までダメになったりはしないかと、不安になるのだった。その為にもこんな仕事はちゃっちゃと終わらせなければならない。俺は真剣な表情で、グッと魔法の杖を握りしめた。


「やはり聖女様は尊い…」


 スティーリアがまた勘違いしているが、そんな事はどうでもいい。とにかくソフィアとの時間を邪魔させてなるものかと必死だ。


 昨日の風呂で疲れは取れたし睡眠もばっちりとれている。魔力の続く限り治して治して治しまくると誓うのだった。なにせ俺はチートな魔力持ちの聖女なのだから、全く問題はない。

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