3話 「勇者――進路」
お姉ちゃんは俺を視界に入れるや否やダッシュで駆け寄ってきて、俺を抱きしめた。顔が胸に埋もれる。
恥ずかしさでジタバタしていると、お姉ちゃんは「心配した」と絞り出すように言った。
「姉ちゃん、俺、勇者になったよ」
「勇者…………? なにかと戦うの?」
「うん、魔族と戦う」
「危険じゃないの?」
勇者だと知っても俺の身を案じてくれるのは姉ちゃんぐらいだろう。
そのとき、先生や生徒たちもぞろぞろと話しに交じってきた。
「勇者、すごっ」とチサ。
「俺も勇者なりてー」と馬鹿三人組。
生徒と先生の分も戸籍は作っておいたこと、これからは自由に行動したらいいということを伝えると、皆不安と好奇心の入り混じった顔をしていた。
「さあ、俺もこれから勇者として行動しないといけないし、皆がいるとめんどーだから、解散!」
馬鹿三人組は「じゃーな!」と仲良く走り去っていき、メガネの大人しそうな女の子―あとで名前を知った、西村由紀奈は1人で静かに立ち去り、それを体操服を着たスポーツのできそうな女子―七瀬夏子が追いかけていく。意外な組み合わせだ。どこか目のイってる女子、如月リツは従者っぽい女子流川ののとひっそりと去って行き、ヤンキー男子野田龍介はキレながらどこかに行った。
こうして俺たちは、別々の道を行くことになった。
立ち去ろうとしていた先生を呼び止めた。
「なあ、先生。俺はこれからどうしたらいい」
「どうするって、勇者ならどうすべきなんだい?」
勇者なら、悪である魔族を滅ぼすのが役目だ。
勇者はその為だけに存在する。
俺がうつむいていると、先生は俺の頭をぽんと撫でた。
「勇者になるのが嫌で、でもしたいこともないってのなら、誰かの役に立つことをしてみなさい」
「誰かの役…………?」
「誰かの役に立つことが、きっと自分のためになるさ」
「じゃあ、先生も誰かの役に立つことをするのか?」
「僕は、この世界に科学を広めたい」
「科学…………? この魔法の世界で?」
「あ、やっぱり魔法とかあるんだ。まあ、物理法則はこの世界とほぼ一緒みたいだし、科学が発展する余地もある。魔法っていうのは、誰もが平等に使えるものなのかい?」
「いや、限られた人しか使えないし、使える魔法も人によって違う」
「科学は違う。知識さえあれば、誰もが平等に使える。それに、科学だって突き詰めたら魔法のようになる。元々科学者をしてたぐらい科学にはのめりこんでいたから、これを機にまた科学者になるよ」
「そう、がんばって」
「君も、したいことがないならとりあえず誰かのためになってみなさい」
そうすれば、俺は自分自身の背負った呪いから解き放たれることができるのだろうか。
まあいい。人助けなんてあんまりやったことないし、これを機にやってみるか。
先生に別れを告げ、俺は姉ちゃんと町を回った。
どこに行っても人々はまるでパレードを見るかのように俺たちを見つめ、ずっと追いかけてくる人もいた。
「勇者ってのも大変なのね」と、姉ちゃんがこっそり言ってきた。
「うん」
これには慣れている。
まるで芸能人のような、いやそれ以上の扱いをされ、常に人の目がつきまとう。
「あれ…………」
ふと、人々の向こう側にある建物と建物の間から、凄まじい視線を感じた。人混みをかきわけ、視線の正体を確認した。
それは、孤児だった。
建物と建物の間の細くジメジメした通路に、十数人の子供たちがひしめきあっていた。
どういうことだ、前この世界に来たときは、孤児なんてほとんどいなかったのに。いたとしても、孤児院で保護されていた。
俺を見つめる子供たちの目は、嫉妬の色で鈍く光っていた。
―君も、したいことがないならとりあえず誰かのためになってみなさい―
先生の言葉を思い出して、俺は―――手を差し出した。
周りの群衆がざわめく。
手を差し出された男の子は、俺を睨みつけたまま―――手を払いのけた。
ダメか…………
手をそのままひっこめようとしたとき、通路の奥のほうから来た女の子が俺の手を掴んだ。
「助けて…………」
そう言った女の子の目は、涙が今にも決壊しそうだった。
俺は掴まれた手を握り返した。
俺はお姉ちゃんのほうを見た。
「決めた、孤児院を作る」
俺の呪いを解くには、こういったことから始めなければならないようだ。
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