第2話 「勇者判別の儀ー結果、勇者となる」

「異世界だよ」


 俺がそう言うと、隣にいたユウキとかいう男子中学生は「はあ⁉」と叫んだ。「お前なに言ってんだよ、な、なに言ってんだよ」


 俺の言葉を否定しようとするが、窓の外の景色があまりにもいつもの景色とは違いすぎて、否定しようにもしきれないらしい。

 窓の外には、中世ヨーロッパにありそうな家々が見えた。町の住人と思しき人々が、窓越しに俺たちを覗き込んでいる。近くには噴水がある。恐らく広場だろう。

 お姉ちゃんが俺を抱きしめた。


「大丈夫なのかな、ジン。大丈夫なのかな」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 そう言ってもお姉ちゃんの不安は取れないようだ。今にも泣きだしそうな顔でうつむいている。

 少しすると、憲兵らしき人々が教室を取り囲んだ。


「出てこい!」


「なんて言ってるの?」とお姉ちゃん。

「出てこいだってさ。この世界で流通してるニビシャ語だよ」

「すごい、言語まで分かるの」

「まあね」


 憲兵の言う通り、俺たちは教室から出た。教室を出ると外という不自然さに、どこでもドアみたいだな、とのんきに考える。

 憲兵は槍を俺たちに向けている。この憲兵団長らしき、他よりも豪華な甲冑を着た男が俺たちに歩み寄る。


「何者だ。見たこともない服だな、魔族か」


 憲兵たちの目は敵意に満ちている。

 ま、学ランとセーラー服なんて見たことないだろうし、そらそうなるか。

 うーん、どうしよ。説明するのだるいしなぁ。


「俺は今日で5歳になる。勇者の可能性がある。だから先に勇者判別の儀をやってくれ。話はそれからだ」


 こんなに小さいにも関わらずペラペラと喋る俺を、ボスはさらにいぶかしがった。

 この世界では、5歳になるとその子が勇者かどうか選定する「勇者判別の儀」がある。それで勇者かどうか分かるまで、その子供は保護しなければならない法律もある。

 憲兵団長は少し考えてから「いいだろう」と答えた。「その代わり、馬鹿なマネはするなよ」

「分かった。でも俺が勇者だと分かったら、この人たちを自由にしてくれ。勇者の従者ってことでさ」

「了解した」


 憲兵たちが、生徒を次々と連行していく。生徒は「な、なんだよ」と抵抗しようとするが、俺の「すぐに自由にしてくれるから、少しだけ大人しくしてろ」という言葉に納得して、素直に連行されていった。

 お姉ちゃんは連行される前に俺をぎゅっと抱きしめて、「なにがなんだかよく分からないけど、がんばって」と言い残し、連行されていった。

 俺は憲兵団長と共に、馬車に乗った。馬車はゆっくりと動き出し、俺は馬車の揺れに身を任せた。




 1時間ほど馬車は進み続け、やがて止まった。目の前には、真っ白な城がそびえたっていた。


「ここがここら一帯の町の勇者選別を行う場所だ」

「知ってるよ。ここも『寓居』だろ? 前に使ったことある」


 憲兵団長は「は?」という顔をするが、俺は無視して城―別名寓居に入った。寓居は世界中、人が住んでる場所ならどこにでもあり、そのどれもが豪華絢爛で、勇者なら好きに使っていい施設なのだ。つまり、勇者のための仮の宿。仮というにはいささか贅沢すぎるが。


 寓居に入ると、中の豪華に彫刻された家具も壁もシャンデリアもどれも真っ白だった。

 懐かしい、昔一日だけここに泊まったことがあったっけ。

 真っ白な広間を突っ切り、螺旋階段を上り続けた。最上階に行くと、そこはバルコニーになっており、景色を一望できた。

 そして、そこには綺麗な彫刻が施され、腰の高さまである水晶石があった。

 寓居には必ず一つはある、勇者を判別する石だ。


「憲兵団長、見といてよ」

「やり方が分かるのか…………?」

「分かるもなにも、手かざして魔力流せばいいだけだろ?」


 あっけにとられている憲兵団長を無視して、俺は水晶石に手をかざし、手のひらから魔力を流し込んだ。

 水晶石の色が変わり、白く光りだした。

 そして―――


「おお、すげえ!」


 バルコニーの向こうにある風景が一気に変わった。どんよりと曇っていた空は、雲一つなくなり、空が突然夜のように真っ暗になった。かと思えば、水晶石から白い花火が次々と上がり、真っ暗な空で綺麗に咲いた。

 白い龍が何百体と空を舞い、流星の大群が空を覆い、勇者の再来を祝福した。

 振り返ると、憲兵団長がひざまずいていた。


「勇者様、この世界に再び降り立ってくださり誠に感謝いたします」

「そんなことはどーでもいいから、さっさと生徒―俺の従者を解放しろ」

「はっ」


 憲兵団長の手のひら返しのような態度に辟易としながら城下を見ると、多くの町人が自分の家事や仕事をほっぽって勇者の寓居に駆け寄ってきて、「「「勇者様、ばんざーい!」」」と叫んでいた。

 この町で勇者が誕生したとなると、きっと数年後にはここは立派な聖地となっているだろう。数千とある寓居の中でも、今まで勇者を判別したことがあるのはたったの9個。この寓居が記念すべき10個目になるのだ。きっと観光地として有名になるだろう。


「あ、憲兵団長。俺はここで生まれてここで育ったってことに適当に戸籍作っといてよ。そっちのほうがこの町のためにもなるだろ? 勇者が生まれ育った町って。俺の従者の分の戸籍も作っといて」

「かしこまりました」


 憲兵団長はいそいそとニヤケを押し殺しながら階段を下りていく。再びバルコニーの向こうの景色に目をやる。花火、無数の龍、流星、人々の喝采、祭り。

 なつかしい光景だ。


「反吐が出る」


 ぽつりと呟いて、そんな自分に嫌気がさしてバルコニーを後にする。




 勇者の再来だ。

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