第6話 人魔化


 「ルーニャはどうなの? 人魔は嫌いじゃないの?」



 「えっ! …………あたしは……嫌いじゃない。人魔のことは他の人間よりは知っているつもりだから」



 「そっか! 良かった~~♪ じゃあ、はい!」



 「……なにこれ?」



 「お水! 喉が渇いてるかと思って♪」



 そう言うとリューは嬉しそうにベッドで腰かけるあたしに謎の液体を差し出してきた。とても水には見えない、得体の知れないどす黒い紫色に液体を。そして差し出してからただただひたすらにあたしがそれを飲むのをまだかまだかと目を輝かせながら見つめている。



 「…………何が入ってるの? これ」



 「うぇええ!? ……な、何も、入って……ないよぉ?」



 わかりやすい。この子は嘘を付くのが苦手らしい。この得体のしれない液体には何か含まれている。リューの表情から察するにあたしにとても飲んでもらいたいようだ。

 


 「何が入ってるのか言いなさい? 怒らないから……」



 あたしはリューの頭をそっと触り、子どもをなだめるように優しく問いかける。



 「な、長生きできる……飲み物……」



 「長生きできる……飲み物?」



 「うん。さっき人間の寿命は人魔よりも短いって言ってたでしょ? でも、僕……ルーニャともっと長くいたいから、その……長生きしてもらおうと思って……」



 リューはあたしの質問にすんなりと答えてくれた。長生きできる飲み物。

 健康飲料か何かだろうか。いくら健康に良く、長生きになったとしても人間の寿命の範囲ではたかが知れている。が、せっかくこの子が用意してくれた飲み物だ。毒が入っている感じはない。



 「そっか……。じゃあ、もらおうかな」



 「わ~~♪ やった~~!」



 なかなかに素直でかわいい。それに出会ったばかりであたしのことをこんなに気遣ってくれるとは。人間よりも心優しい魔物かもしれない。あたしは差し出された飲み物を飲んだ。



 「…………ん?」



 あたしが液体を飲む様子をひらすらにじっと見つめている。なんだろうか。この飲み物はそれほどに目に見えるほどに何か身体に変化が起きるものなのだろうか。そんなことを考えながらリューの顔を見つめ返していると急に身体に違和感を感じた。



 「けほっ!! け……けほっ、けほけほ!! ……な、何……これ。…………く、苦しい……」



 あまりの苦しさにベッドの上に倒れ込む。今までに感じたことのないほどの息苦しさを感じる。というよりも、息ができない。



 (まさか……毒?)



 あたしはベッドの上でわずかに動かすことのできる頭を動かし、リューの方を見た。リューは嬉しそうににこにことした表情であたしを見つめている。何がそんなに楽しいのだろう。人が死にかけているというのに。まぁ、確かにあの森で死ぬつもりではあったけど。



 「な……にを…………飲ませた……の……」



 「人魔化する薬だよぉ!!」



 「じ……人魔化する薬!?」 



 その言葉に驚き、あたしはベッドから起き上がり自分の身体を見る。



 (特に変化は……ない……か)



 あたしの身体には特になんの変化もなかった。そもそもそんな薬をこの子が作れるとは思えない。



 (ただの冗談か……)



 あたしはリューのにこやかな顔を見ながらベッドから立ち上がる。息苦しさはもうない。どうやら毒ではなかったらしい。

 が、代わりに頭が痛む。



 「まったく……一体なにを…………!?」



 その時きがついた。頭の違和感に。



 「何……これ?」



 あたしは頭を擦った時に手に触れたさわり覚えのない違和感の正体を確かめようと鏡を探す。が、部屋に鏡はない。あたしは剣を抜き、そこに映る自分の姿を確認した。



 「な、な……なに…………これ……」



 そこにはあたしのいつもの姿があった。が、ただ1つ。いつもと違う箇所があった。頭の上に。2つの変化が。



 「こ、これって……つ、角!?」



 なんと剣に映し出されたあたしには2つの角があった。目の前の、リューと同じような2本の角が。人魔が有する2本の角が。



 「な……な、なななんで……あたしに……角が!? 人魔になる薬って何!!」


 

 「僕の父さんがつくってたんだ! だからルーニャに使おうと思って!!」



 「はぁ!?」



 あたしは咄嗟に目を見開き、リューの顔を掴んだ。



 「な、なんてものを飲ませんのよ~~~!! こ、この~~!!」



 「あっ!! い、いひゃい……ひゃ、ひゃめへ……ヒューヒャ……」



 あたしはリューの両頬を力いっぱいに左右に引っ張る。リューの頬っぺたはあたしの手に吸い付くようにして左右にびよーんと伸びている。



 (元とは言え勇者だったあたしが魔物になるなんて……)



 確かに妻になるとは言った。けど、それはこの子があいつの……リュゲルドの息子だから。あの時にあたしが犯した罪を償うため。それだけのつもりだったのに。



 「……もう!! 痛っいなぁ!!」



 そんなことを考えているとリューはあたしの手から逃れ、真っ赤になった頬を両手で擦っていた。



 「痛いなぁじゃないでしょ!? なんであたしを人魔なんかにしたのよ!?」



 「だ、だってさぁ……人間の寿命は短いんでしょ? だからルーニャが人魔になったらもっと長く一緒にいられるかもって思って……へへへっ!」



 「うっ……」



 とても嬉しそうなリューの笑顔を見たらついついそれ以上怒れなくなってしまった。



 (まったく……)



 まるで悪びれてもいない。この綺麗な瞳にこの笑顔はずるい。まぁ、人魔になってしまったのなら仕方がない。リュゲルドが人魔化する薬をつくったのなら人間に戻る薬も作れるはずだ。

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