第4話

 時は流れ。

1月の中頃。

昼休み。

僕とあおいとソラは2つ合わせた机を囲んでお弁当を食べていた。

 「ユイさんとあおいさんは高校進級試験はどうでしたの?。」

 「僕は大丈夫だよ。」

 「えっ…と…。」

 高校進級試験。

高校へ上がる際に行われる実質学年末試験。中高一貫といへど上がるにはそれなりの面接と試験はある。

12月に面接。1月上旬に試験。1月末に最終試験。上旬に受かった人はそのまま学年末まで試験を受けなくて良いという制度。

 僕としてはあとはのんびりできるこの制度はありがたかった。

自分の体調に合う学校がそうそう見つかるはずもないのでこのままゆっくり中学生生活を終えたいところだが…。

あろうことか試験に落ちたやつがいる。

そう。

1人歯切れの悪い返事をしたやつ。

あおいである。

この子は前から成績が精神状態に左右されるタイプであり。

調子の良い時は3位圏内。

悪い時は下の下のランク。

となかなかにピーキーな成績を残している。

 「あおいさん…。ユイさんと一緒の高校行きたいのですよね…?。」

 「行きたいよ…。その…その日はたまたま調子に乗らなかっただけで…。」

 「それで落ちたらユイさんと離ればなれですのよ。」

 それはそう。「それはやだ〜。」と言ったところでもう後の祭り。

けど一緒に行けないのは寂しい。

まあそうこう悩む間もなく。

 「ユイちゃん。私のやる気出させる応援して〜。」

 ほらきた。

追試がある時もいつもこうである。

僕も一緒に居られないのは困る。

 「あぁ…うん。いいよ…。」 

 「やった〜。」と喜ばれたが、正直あまり乗り気にならないのも確か。

とはいえ、僕も一緒に居られないもの困るのでここは報酬で釣る作戦にした。

 「わかりました。受かったらご褒美をあげましょう。」

 「よっしゃ〜!!。」

 良い声。

教室全体に響く良い声。

少し辛い。

 「ただしこちらも条件があります。」

 「条件?。」

 もちろんタダとはいかない。

最高のご褒美をあげる以上。こちらも相応の結果を残して貰わないと割に合わない。

 「受かったら僕の身体を1日限定で自由にして良いです。」

 「自由ってなんでも良いの?。」

 「はい。良いですよ。」

 僕の失敗その1。ギリギリできる範囲の報酬を用意してしまったこと。

 「ただし。」

 「ただし?。」

 「月末の試験でオール95点以上の成績を残すこと。」

 「えぇ~…。」

 失敗その2。あおいのやる気を甘くみていたこと。

口ではしょげたとこ言ってはいるものの。

 「わかった。私頑張るよママ。」

 ママじゃないが。

 「ありがたやぁ…。」

 ロザリオを僕に掲げて言う台詞ではない。

 「良いのですの?。」

 「何が?。」

 「報酬のこと…。」

 「あ…いや…あっ!。」

 ここでようやく気づいた。ある意味一番押してはいけないやる気スイッチを押してしまったこと。

 (「もう助からないぞ。」)

 そんな声が聞こえた気がした。


 時は少し流れ放課後。

僕は高校へ向かうため荷物をまとめていた。

 「外部生入学試験の準備に行きますの?。」

 「そうだよ。」とソラに返事をした。

 外部生入学試験。

まあ普通の高校受験のこと。

うちの高校は基本的に中学から直接上がる人がほとんどなのだが。

・外部の中学からこっちの高校へ行く勢。

・諸事情でここを離れて戻ってくる出戻り勢。

が対象の入学試験がもうすぐ始まろうとしていて。

僕はそこのお手伝いへ行くために、荷物をまとめていた。

 「えぇ…。行っちゃうの〜。」

 「今日は顔合わせだけだからそんなにかからないよ。」

 「それにあなたは月末の試験があるでしょ!。」

 ソラの牽制を受けてへこむあおい。

 「じゃあ、報酬はなしで。」

 「えぇー。それは困るー。」

 冗談混じりの半笑いではっぱをかけた。

 「それでは行きますわよ。」

 「わー。やめろー。」

 ソラに首根っこ掴まれながら地獄の特訓に向かうあおい。

言い合いが廊下の奥に進んで行くのを僕は。たぶんジト目になりながら見て、その場を去ったと思う。


 星乃原高校。

中学から徒歩1分圏内の路面電車で10分。そこから徒歩で10分のところにある高校。

 高校へ続く並木道は葉っぱが落ち切り。弱々しい姿になってはいるが。春には桜満開に咲き誇って新入生を歓迎する並木道として有名である。

 学校の校舎に入って、生徒会室のある3階へ上がった。

生徒会室に入っていくとそこには、真ん中に生徒会長。この人は来年には卒業していなくなるから特に覚えてなくていいや。

そこから右側に、うちの兄に榛名さん。手を振っている。他2名とソフィア。

笑顔で会釈する。

 左側には僕と同じ制服が数名。知ってる人が1人。僕の幼なじみの男の一ノ瀬ヤマト

小さい頃はよくちょっかいをかけられた。

よく連れ回されたし、体調もあって特に良いと言える思い出がない。

僕を見かけるとちょっと気まづそうに目線をそらす。

気まづい。

 会長の一斉とともに皆の自己紹介と今後作業内容を説明した後は、交流会という形で自由時間になった。

 そして僕は先輩であるJKに抱き抱えられる。

まるで猫のように。

……。

僕が兄の妹であることもあってそのことを中心に質問してくる。

地味に辛い。

こら!。頭を撫でるでない。

もう諦めた猫状態である。

……。

ふとソフィアの様子を遠目で見る。

……。

寂しそう。

たぶん恋人が取られた寂しさではない。

……。

これはきっと愛するペットをみなに愛でられて嬉しいはずなのに、なんかちょっと違うような寂しい表情…。

……。

そんな感じだった…。




―――――――




 (黒いモヤみたいなのが心の中に漂ってきた。)

 ユイとの同居生活がもうすぐで半月をむかえようとしていた。

高校から中学校へユイを迎えに行く生活もすっかり日常になってきてひさしくなっていく。

 (ユイちゃんとその友達と話してる時の笑顔は

私の時とは別物で…。

心から笑っているような感じで。

黒いモヤが心の中に霧を拡大していく。)

 「そういや、ユイちゃんとは仲良くやれてるの?。」

 「えぇ。ユイはしっかりものですから。私が特にやれることはないですよ。」

 「ヒモ生活させといてか。」

 「させといてです。」

  (そう。ユイちゃんはとてもしっかりしてる子。)

 マヤとの昼休みも半月も続くといつもの日常に戻ってきた感覚が実感できる。


 今日もユイを迎えに行く。

(この時間が今では人生で一番の楽しみになってる。)

学校の正門を抜けて、ユイのいる教室へ向かう。

教室へ到着し…。

(ユイちゃんの友達がユイの身体をまさぐっている。)

 「おりゃおりゃ〜。」

 「ははは。やめてよー。ははは。」

(楽しそう…。私はまだそこまでいっていないのに。)

何故か教室のドアを勢いよく開けてしまった。

(なんかイライラしてきた。)

 「フィオナ!。」

 ユイの元気な声が教室にこだまする。

(嬉しい。)

 「ちょ。」

 ユイの友達が離さないようにぎゅっと腰を腕で包む。

(離して…。)

 「それではユイさんが帰れませんよ。」

 「えぇー。やだ〜。」

 「「やだ〜。」って…。」

 ユイのもう一人の友達が離すように促すが、友達はユイを離そうとせず。それどころか強く抱きついている。

(離せ。)

 「こら。も〜こんな時間なんだから。」

 「うぅ…。」

 「ね。」

 「はい…。」

 「うん。いい子いい子。」

 ユイが友達の頭を撫でる。友達はとても嬉しそうにしてる。ユイのそういうところは私は好きだ。

 (羨ましい。私は一度もされたことないのに。)

 友達の拘束から解かれたユイが私のところへ向かう。

 「おまたせ。」

 「大丈夫ですよ。」

 ユイと一緒に教室を去る。

 (ユイちゃんの友達が勝ち誇ったように私を見る。)


 帰り道。

いつもの道。

いつもの。日常になった道。

 そのはずなのに何かが引っかかってる。

 (霧がかった黒いモヤはしだいに雨となり。)

 手を繋ぐのも日常になった。

 (まだ指を交差させるほどではない。)

 「今日はさぁ…。」

 ユイは今日の学校での出来事を話してるが。私の頭はそのことを素通りさせる。

 心の引っかかりが僅かに。だけれど確実に私の心を侵食していく。

 (雨はしだいに泥となり。)

 いつもの帰り道のはずなのに私の心は景色をモノクロにしていく。


 今年も外部生入学試験の期間がやってきた。

 「これから生徒会室室-?。」

 「そう。」

 私は去年も中学から学生スタッフとして参加していたので、今年も在校生として参加することになった。

 「今年は愛しのユイちゃんも参加するんだろー。」

 「なっ。」

 不意打ちである。

 「顔に出てるよ。」

 「そ。そう?。」

 思わず手で顔を包む。

どうやら思った以上に嬉しいみたい。

 (私の学校にユイちゃんが。)

 「じゃ。じゃあ。行ってくる。」

 「おう。行ってらー。」

 慌てて教室を後にした。


 生徒会室に到着した。

ある程度は人がいて。見知った人もそれなりにいる。

 (ユイちゃんはまだ来ていない。)

 私は部屋の隅っこで大人しくしている。

 (……。)

 この時間は退屈だった。

 (ユイちゃんまだ来ないなぁ。)

 SNSに連絡は来ない。

 (はぁ…。)

 退屈の終わりを告げるようにガラッとドアの開く音がする。

 (来た。)

 ユイが到着した。

 「遅れてすみません。」

 「いいよ大丈夫。まだ時間じゃないから。」

 春樹がユイを宥める。

 私はほっとしていた。

たぶん自然と笑っていたと思う。


 人が揃ったところで生徒会長が場をしきった。

 全員の簡単な自己紹介と今後の活動内容の説明を終えて、交流会という自由時間になった。

 次期生徒会長候補である春樹の妹であるユイに人は集まる。

 (慌ててるユイちゃん可愛い。)

 当然のように質問攻めにあい。

少しキャパオーバー気味になっている。

 女の子の先輩がユイを抱き抱えて椅子に座る。

 少し困惑したユイが抵抗を試みるも、制圧されて、今は大人しく頭を撫でられている。

 (「 」)

 心が何故かざわついている。

 (「███」)

 ユイが皆と戯れている。

とても嬉しそう。

楽しそう…。

 (「縺ゅl縺ッ遘√?繧ゅ?縺ェ縺ョ縺ォ。」)

 疎外感が私を包む。

 (「繝ヲ繧、縺。繧?s縺ッ遘√?繧ゅ?縺ェ縺ョ縺ォ。」)

 何かが私の中で暴れ始める。

奇妙な不安感が私を侵食している。

独占的何かがが心の底から湧き上がる。

なんなのかよく分からない。

ユイが楽しそうにしているのに。

 (「繝ヲ繧、縺。繧?s繧帝屬縺。」)

 何故かそれを受け入れられない。

何故。

どうして。

ユイは…。

ユイは……。


 (「私のものなのに。」)


 ……。

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