第7話 王家
王都に続く街道、最後の峠を越えたパルキナは思わず笑った。そこには様変わりした王都があった。
「ははは、カレヴィのやつ、ここまでやったのか……」
王都を囲む堅牢な城壁(に変わりないが)、その上にはずらっと並ぶ大量の兵器の数々、大砲、弩弓に、投石機まであった。近くに目をやると「この先、ワナあり。道から外れるな!!」の立て札があり、眼下に広がる草原のあちらこちらに掘り返した跡があった。人間界の命運をかけた戦いだ、やり過ぎてなんてない。人々のその思いは、全盛期を越える要塞を築き上げていたのだ。
「……そうでもないか」
パルキナもすぐに思い直した。つい先日味わった魔王の力を思えば、これでも足りない気がする。
「みんな、ここから先は気をつけろ、絶対に子供たちを馬車から降ろすなよ。王都はもうすぐだ、頑張るぞ!」
パルキナは振り返り、皆を鼓舞した。
王都内も様変わりしていた。いつもなら喧騒と活気で賑やかな王都は静まり返っていた。一番活気に満ちている時間なはずなのに、どの店を開いておらず、通りを歩く人々は皆、ピリピリとした緊張感を纏っていた。
王都に帰還したパルキナを待っていたのはスタルヒンだった。彼は見張りから接近する大集団の報告を受け、大急ぎで部下を集め正門で待っていたのである。
「やはりパルキナ様でしたか、ご無事で何よりです」
スタルヒンはパルキナに敬礼すると、すぐに部下に指示を出した。彼の部下がテキパキと騎士と避難民を分けて案内していく。
「おお、スタルヒンか。騎士団を送ってくれて助かったぞ、おかげで予想より早く戻れた。それと俺の不在の間、王都をよく守ってくれた、ご苦労だったな」
「いえ、それは私ではなく、軍務大臣と姫様の活躍です」
「デイナが?」
パルキナは意外な名前に思わず聞き返した。が、すぐに首を振った。
「いや、先に城に向かおう」
「はい。馬車を用意しています。こちらへ」
パルキナは王城へ向かう馬車内でスタルヒンから不在時の出来事を全て聞いた。民に王の不在を説明しなかったこと、自らの「ウソ」で民衆の間に戦神信仰が生まれたのこと、「ウソ」に気付かれ民衆が暴動を起こしたこと、それをデイナ姫が止めたこと。そして、最後にスタルヒンは、自らの失態を陳謝した。しかし、
「いや、謝るのは俺の方だ、勝手な行動で苦労をかけたな」
と、パルキナはスタルヒンに頭を下げた。それから、
「そうか、あの子が……」
と、一人呟くと、嬉しそうに笑った。それを見たスタルヒンは目を丸くしていた。王様が家臣に頭を下げたこともだが、それよりも初めて見るパルキナの親の一面に驚いたのだ。
パルキナは軽く咳をし、すぐに親の一面を追い出した。
「……よし。城に着き次第、作戦会議を始めるぞ。大臣たちを集めてくれ」
「私がお迎えに上がる前、軍務大臣が飛び回っていたので、皆すでに集まっているかと」
スタルヒンの言葉通り、パルキナが王城の会議室に入ったとき、すでに大臣たちは集まっていた。
「大臣の数が少ないようだが……」
部屋にいた大臣は四人。王と一緒にいるスタルヒンを合わせても五人しかいなかった。
「五大国の元隊長を召集に向かった大臣たちはまだ戻っていないのです」
「そうか、まだか……。彼らの力を借りたかったのだが、仕方ない。では、作戦を伝える」
カレヴィの報告を受けたパルキナは、残念そうに呟くと、大臣たちを見わたした。
「魔王は想定通り、真っ直ぐ王都に向かっている。王都に現れるのは約二日後だ。ヤツは、一切休まずに一定の速度で進み続けているので、これはほぼ間違いない」
王の言葉は会議室に軽いざわめきを生んだ。大臣たちは、このことを知っていた。そして、迎え撃つ準備を万全に整えた。それでも、やはり動揺してしまう。
「次に魔族軍の兵力だが、これは推定不能だ。魔族たちは人間界に入ってから好き勝手に暴れているようだ。まだ魔王に付き従っている魔族も多いが、王都まで来るかはわからん」
人間界に入ってからの魔族たちに、軍と呼べるような統制はなかったのである。本能に従って行動しているようで、単独で村を襲う者、同じ種族で集まって行動する者に、魔族同士で争う者までいた。
「カレヴィ! 今現在の我らの兵力を教えてくれ」
若い軍務大臣は立ち上がって説明をはじめた。
王都に集まった兵力は約百万。これは想定より多い数だ。反パルキナ王のゲリラや盗賊団まで協力してくれる、とは想定していなかったからである。彼らの多くは、王と共に戦うことを良し、とはしなかったが、代わりに各地の警護を申し出た。これによって、騎士の大半を王都に集めることが出来た。おかげで、民間人を戦場に出す必要はないだろう。
「……わかった。騎士が多く集まったのは喜ばしい。だが、元の所属国家は別々だ。それに、この数年大きな戦いもなかった。綿密な作戦を実行することは難しいだろう。そこで、作戦はシンプルにする。真っ向勝負だ!!」
パルキナの作戦はこうだった。
まず、部隊は大きく二つに分ける。城壁の上から遠距離攻撃──兵器、弓に、魔法など──をする後衛部隊と、城外に出て白兵戦を行う前衛部隊に。後衛部隊の指揮は、カレヴィにやってもらう。前衛部隊はパルキナ自身が最前線で指揮する。戦闘中、パルキナの指揮がおろそかになる可能性があるため、前衛部隊はさらに細分化しそれぞれに隊長を決める。それを元隊長たちにやってもらいたかったのだが……。いないのなら仕方ない。誰か、適した者を見繕う。
次に作戦だが、魔王が姿を現すまでは王都の守護に徹する。城壁からの砲撃と地上での白兵戦で魔族どもを殲滅し、一体たりとも王都に入れるな。そして、魔王が現れたら一気に勝負をかける。俺と結界部隊で魔王を結界に閉じ込め、孤立させて動きを止める。それから、俺が王家の秘術で魔王を封印する。魔王を倒せば、残りの魔族は逃走するだろう。
「何か質問はあるか?」
この作戦は、総指揮官でもあるパルキナ王が最前線で戦う、という非常識なものだった。しかし、大臣たちはそこは問題にしなかった。パルキナがこれまでの五大国との戦争でも、常に最前線で戦い、そしてことごとく勝利を掴んでいたことを知っていたからである。
ややあって、司法大臣が手を挙げた。
「その、王家の秘術……とやらで魔王を封印できるのであれば、なぜ境界の森でおやりにならなかったのですか?」
「あのときは使えなかったからだ」
司法大臣の質問に王は端的に答えた。
「……王家の秘術とはなんですか?」
「俺たちの一族に伝わる秘術だ」
それは端的を通り越して、答えになっていなかった。言えない、とかではなく、パルキナはただ単に言いたくなかったのだ。しかし王様として、「言いたくない」と答えるのもはばかられた。
当然、司法大臣は納得しなかった。勢いよく机を叩き、立ち上がった。
「秘術とは何ですかッ!? なぜわざわざ王都で迎え撃つのですか!? そもそも、なぜ魔王が王都に来ると予見出来たのですか!? 我々の中にはあなたと敵対していた者もいますが、そろそろ信用してくれても良いのでは!!」
自分の命だけではなく、民の命も、人間界の運命もかかったこの戦いに、司法大臣は爆発したのだ。
普段であれば、こういうときすぐにカレヴィが王の援護に入る。しかし、このときは俯き加減で黙っていた。
パルキナは一瞬の思慮ののち、カレヴィを見た。そして、意を決したように話をはじめた。
「……お前、たちは、ナガラヤ山脈の由来を知っているか?」
「……は?」
パルキナの突拍子もない質問に、カレヴィを除く大臣たちは呆気にとられた。少しの間をおいて、煙に巻く気かとでも邪推したのか、司法大臣の顔が赤紫に変色していく。しかし、王の顔は真剣そのものだった。
「……たしか、あの山脈には巨大な『蛇』が住んでいる。と謂われているから……、でしたか?」
司法大臣が二度目の爆発を起こす前にスタルヒンは答えた。それは、ナガラヤ山脈に馴染みのないデルニエ──境界の森の近く──出身のスタルヒンでも知っている言い伝えだった。
「蛇ではない、龍だ」
「えっ?」
「我が家に伝わる伝承だ。大昔、ナガラヤ山脈には龍が住んでいたんだ」
四人の大臣たちは絶句した。しかし、その目は雄弁に語っていた。コイツは何を言ってるんだ、と。パルキナはその視線に苦笑いで応えた。これがパルキナが秘密を言いたくなかった理由だった。
「……もし、その与太話が真実だとして、魔王に何の関係が?」
間をおいての、司法大臣の声には猜疑心しかなかった。そして、彼はそれを隠す気がなかった。
自分が聞いたくせに……パルキナはそう思ったが、言わなかった。彼らも親から聞かされたとき、同じような反応をしていたのだ。魔法も伝説の魔王も存在するこの世界でも、龍は不死鳥やドラゴンに並ぶ、空想上の生き物とされていたのである。たとえ、尊敬する者の言葉でもとうてい信じられない。そして、それは彼の親もそのまた親も……、彼の娘を除いた一族の全員が同じだった。
「直接的な関係は……、知らん。が、その龍はちょうど、この城の真後ろ辺りの山に、穴を掘って住んでいたらしいんだ。そして、龍の住んでいた穴からは、今も大量の魔力が吹き出している。これが王家の、俺の秘密で、そこを手に入れるのが魔王の狙いだ」
「…………」
呆けている大臣たちを気にせず、パルキナは話を続けた。
「俺たちの一族は、龍に認められた一族ではないが、代々この辺りに住んでいた。だから、王都まで近づけば、その穴の魔力を扱える。自由自在ってわけではないが、それでも人の魔法を遥かに越える強大な魔法も使える。伝説の魔王がいくら強くても、龍に敵うはずがない」
パルキナは全ての説明を終え、四人をながめた。誰も何も言えなかった。あまりのことに声を失っていたのである。パルキナにとって、四人が信じようが信じまいが、もうどうでもよかった。ここまで準備が済んだ今、彼らの協力がなくても困らない。
「……最後に、カレヴィへの罰だが、今後一年間、無給で働いてもらう。以上だ。解散」
パルキナは、「王家の秘密」の衝撃から立ち直れない大臣たちを残して、会議室をあとにした。
少し歩いたところで、彼は後ろから近づく足音に気付き、振り返った。そこにはカレヴィがいた。
「どうした、判決が不服か?」
パルキナは笑いながら言った。普通なら笑えない判決だが、この国の大臣にとっては冗談になりえた。
そもそもこの国の大臣の給与は成果、つまり、国民の平均給与に少し色を付けたモノだった。頑張って国民の生活を豊かにすれば、大臣の生活も豊かになる。そういうシステムになっていた。「色」はむしろ、大臣の膨大な仕事量を思えば少ないくらいだが、その代わりに、「王城での衣食住は無償」という特権があった。皆がその特権を使っていたわけではないが、独身者のカレヴィはフルに活用していた。
「そんなことではない。あの秘術を使えばどうなるか知っているでしょう!?」
カレヴィは必死だった。パルキナの冗談に付き合えないほどに。パルキナはその様子を見て、笑顔を消した。誤魔化せないと悟ったのだ。
「……ああ。術者も一緒に封印される。俺一人の犠牲で国を救えるのであれば、悪くない」
魔法は万能ではない。強大な魔法にはそれなりの代償が必要なのである。
「なら、俺が代わりに──」
「ダメだッ!!」
パルキナの叫びはカレヴィの声を遮った。そして、そのまま高圧的に言った。
「お前の力で魔王を止められるのか?」
「それは……」
「自信の無い者の無謀な作戦に、この国の命運を託すわけにはいかん。それにお前には後方部隊の指揮を執ってもらわなければ。お前の援護と俺の魔法、この二つがあって初めて魔王を封印できる」
パルキナはそこまで言うと、ふっと軽く息をつき、カレヴィに向かって微笑んだ。
「心配するな。死ぬわけじゃない」
「でも、王がいなくなれば、この国は……」
カレヴィはまだ食い下がった。
「お前とデイナがいるではないか。あの子なら俺なんかより立派な王になる」
「だが、まだ子供! 母親を失って数年も経たず父親も失うのはあまりに、酷……」
「わかっているッ!! 俺も好きでこんな作戦をやるわけではない! カレヴィ、お前でも他の誰でも、できる者がいるなら喜んで代わってもらう!!」
パルキナは叫んだ。カレヴィが、自分とデイナのために言っていることを理解していた。それでも、怒りに燃える眼光でカレヴィを睨み付けていた。しかし次の瞬間、怒りに燃えていたパルキナの瞳から、つうっと一筋の涙がこぼれた。
「……だが、これは俺にしか。わかっている、あの子にまた辛い思いをさせることくらい……、でも、他に方法が思いつかんのだ……」
パルキナの声は弱々しかった。普段の自信と覇気に満ちた王からは想像できないほどに。それゆえ、カレヴィの心に深く深く突き刺さった。王の葛藤を前にして、大臣は無謀な代案しか持たぬ自分の発言が、どれほど無責任なものだったかを思い知ったのである。
「そう、ですね。出過ぎた真似を、申し訳ありません。ですがせめて、今日一日くらいはデイナ姫と過ごしてください。作戦準備は俺がやっておきます」
「ありがとう」
パルキナは、難しい顔をしながら王城の一室をノックした。彼はどんな顔でどう話せばよいのかわからなかった。無理やりに笑顔を作ろうにも、ぎこちないものにしかならかった。
「どうぞ」
可愛らしい答えが返ってきた。室内からの返事に、パルキナは自然と笑顔になり部屋に入った。部屋の主はベッドに座っていたが、来訪者の姿を確認すると、叫んで、走り寄って、飛び付いた。
「パパ~~~」
「ははは、聴いたぞ、デイナ! パパの代わりに王都を守ってくれたんだってなぁ~」
パルキナはデイナをしっかりと抱き締め、くるくると振り回した。その愛おしい姿を見るだけで彼の悩みは吹き飛んだ。
「うん!」
とびきりの笑顔の直後、デイナの足が机の上の花瓶に当たった。花瓶は床に落ち、派手な音を立てて砕け散った。王城の一室とはいえ、子供を振り回すには狭かった。
「ケガはないか?」
「うん。……やっちゃったね」
「やっちゃったな」
二人は顔を見合わせた。少しの沈黙のあと、デイナが先に吹き出した。つられてパルキナも笑い出す。パルキナとデイナは王冠(そんな無駄なモノをパルキナは持っていなかったが)を放り出し、久しぶりにただの親子に戻れた。
二人は久しぶりに、親子水入らずの会話を楽しんだ。テストの点数が良かった、剣術の稽古でカレヴィに誉められた、友達の○○ちゃんと遊んだ、などなど、他愛ない会話を時間も忘れて楽しんだ。
幸せな時間は、ノックの音で打ち切られた。気が付けばもう夜が明けていた。親子の会話は夜通し続いたのだが、結局、魔族との戦争のことは話さなかった。これが最後の親子らしい会話になることを覚悟していた。そして、それを相手に悟られないためにも話せなかったのだ。十分……、ではなかったが、この会話のおかげで守りたいモノを再確認し、心の隅に少しだけ残っていた迷いを完全に消すことができた。
パルキナは、話疲れてウトウトしている愛娘をベッドに寝かせると、「おやすみ」と呟き、部屋を出た。
ドアの外で待っていたのは、カレヴィだった。彼は作戦準備の完了と避難チームの出発を報告した。
「わかった。広場だな」
そう答えたパルキナは、普段を取り戻していた。快活な足取りで広場に向かった。
王城前の広場には、出発の準備を整えた多数の馬車と、荷物を抱えた多くの避難民が集まっていた。荷車をひく馬とロバの数は当初の計画より増えていた。これはパルキナが、
「馬は魔王に怯えて、戦闘で使えそうにないからな、連れていってくれ」
と言ったからだった。
パルキナとスタルヒンは最後の会話を交わした。
「こっちが片付いたら使者を送る。無理に帰ってくる必要はないがな」
「はい。パルキナ様、どうかご武運を」
「スタルヒン、民を頼んだぞ」
パルキナと大勢の民に見送られて、長い列が王都を出ていく。
誰も故郷を捨てたいわけではない。未開の土地で生きていける保証もない。それでも、魔王と魔族の脅威から逃れるには仕方がない。これが彼らの選択なんだ。分かっているが、見送る方も見送られる方も涙が止まらなかった。
人々の不安をよそに、夜は更けていく。次の太陽が昇れば、魔王は現れる……。準備は万全なはず、兵器も、ワナも、作戦も……。それでも、不安は拭えなかった。人々は魔王の影に怯えながら、その日を迎えた。
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