第1話 発見
……はるか昔、まだ人間と魔族が、人間界と魔界がひとつになる前。西の人間界はパルキナ王が、東の魔界は魔王が、それぞれ治めていた。二人の王は互いの境界線を守り、二つの世界は平和を保っていた。
パルキナは、戦乱渦巻く大戦時代をたった一代で統一し、人間界に平和をもたらした王であった。『戦神』とよばれた彼は、卓越した剣技と魔法で『人類最強』として名高い英雄だった。そして平和な世では、王として非凡な才能を示した。公明正大な聖人君子として貴族や民から慕われていた。また、魔界からの流民も積極的に受け入れていた。
魔王は、善や悪に権力や名誉といった曖昧なモノに価値などなく、弱肉強食、力が全ての魔界を、数千年に渡って支配する絶対的な王であった。圧倒的な力を持つ魔王は、魔族から畏敬の念を込めて『魔神様』と呼ばれていた。
人間にとって魔王は伝説に近かった。誰も姿を見たことがなく、今も生きているのか、本当に存在したのかすらわからない。それでも、人間は魔王を恐れ、魔界には手を出せなかった。
パルキナが王になってから数年、人類は初の太平の世を満喫していた。父親を、息子を、孫を戦場に送り出さなくて良い、それはこの上ない幸せだった。壊された町や村の復興も進み、戦いの爪痕は日に日に消えていった。
しかし、全ての戦いがなくなった訳ではなかった。反パルキナのゲリラや盗賊団などが各地に存在し、これらと騎士団の戦いが散発的に起きていた。それでも、国同士の戦いがあった時代とは比べ物にならないくらい平和だった。
パルキナ王は宣言通り、平等で平和な国を目指していた。元敵国の民であっても自国の民と同じように扱い、貴族も平民も同じように扱った。さらには魔族も人間と同じように扱った。その結果、平和を望む魔族や戦いに敗れた魔族が、人間界に逃亡し共に平和に暮らしていた。
しかし、そんな平和な人間界にも一筋の影が差していた。謎の病魔が国中で大量発生していたのだ。それは十歳前後の子供しか発症しない奇病だった。突然発症し少しずつ衰弱していき、そして約一年で死に至る不治の病。他の人や動物に感染することもなく、原因も治療法も不明……。
最初の発生から二年、魔族の協力もあり特効薬が見つかった。しかし、その原料は人間界ではとても希少な物だった。騎士も民も一丸となって、国中をくまなく探したが、見つからなかった。人間界をどれだけ探してもなかったのだ。
一筋の影はどんどん広がり、今や巨大な暗雲となり国中を覆っていた。罹患した子供やその親は絶望にうちひしがれ、小さな子を持つ親はいつ訪れるかもわからない病魔の影に恐怖した。
そんな中、追い討ちをかけるようにもう一つの大事件が起こった。
パルキナ王の一粒種、デイナ姫が流行り病に倒れたのである。
国中が悲しみに包まれた。それと同時に、一国の姫であっても治療できない。この事実は、人々にさらなる絶望を与えた。
「心配するな! 今、医者と魔族が協力して、新たな治療法を研究してくれている。私は彼らを信じている。だから、皆も気を強く持ち、いつもと変わらない日常を送ってくれ」
パルキナ王の言葉は人々に幾分かの希望を与えた。しかし、状況は好転しなかった。暗雲は肥大化を止めなかった。
そんなある日、騎士たちは王の言葉通りに平時の任務、境界の森の巡回をしていた。
境界の森は文字通り、人間界と魔界の境界になる森である。人間界の東端、元デルニエ領にあり、縦長に広がるこの森は唯一、二つの世界を行き来できる場所だった。境界の森自体はどちらの世界の領土でもない。しかし、人間たちは大戦時代から森周辺の村に騎士団を常駐し、森内部の巡回も怠らなかった。
境界の森にはたまに、魔界から魔力を含んだ霧がやってくる。その日は特に霧が濃く、昼間だというのに夜のように暗かった。騎士たちはランタンの灯りを頼りに、森の中を慎重に巡回していた。
それでも騎士たちは、いつの間にか巡回ルートから外れていた。気付いたときにはもう遅かった。騎士といえ、任務のとき以外は森へ入るのは許されていない。ルートを外れてしまっては、ここがどこなのかわからない。せめて方角さえわかれば人間界へと戻れたが、霧のせいで太陽も見えない。
だが、騎士たちに焦りはなかった。このようなことはたまにあることだ。定刻までに戻らなければ、仲間が捜索隊を組んで探しに来てくれる。非常食も常備している。だから遭難することはない。
そうは言っても、一刻も早く森から出たかった。仲間に迷惑をかけたくないし、何より境界の森では魔族に襲われる危険があった。それに鬱蒼としていてあまり長居したくない場所だった。相談の結果、もう少し進んでみて、それでもダメなら諦めておとなしく捜索隊を待とう、となった。
騎士たちは進んだ。霧のたちこめる森の中を、右も左もわからずに。
どれだけ進んだだろう。騎士たちに疲労と諦めが色濃く出始めたとき、真っ白な霧のなかにぼやけた光が見えた。その光は近づくにつれ、数を増やしていった。
騎士たちはホッとした。やっと森を抜けられる。どこの村だろう、と光に向かって進んだ。
森を抜けた。
しかし、そこに村はなく、白い小さな花の咲き乱れる花畑が一面に広がっていた。
「花が、光ってる……!?」
その花畑は月光に照らされているかのように、青白く輝いていた。村の明かりだと思った光は、その花の光だったのだ。霧もその幻想的な風景に遠慮しているかのように、花畑の周りだけ晴れていた。
騎士たちは目をみはった。そして、思わぬ光景にある疑念が生まれた。
「オイ、もしかして、これ……」
一人の騎士が呟いた。自信はあった。が、もし違ったら、と思うと断言はできなかった。答えを求めるように周りの顔色をうかがう。皆一様に、驚きと喜びで目がランランと輝いていた。
「そうだよな!?」
「やった、やっと見つけた!!」
疑念が確信にかわり、歓声が起こった。
「ハハハ、血眼で探していたのにこんな、とこ、ろに──」
そのとき、騎士たちはハッと我に返った。どこだ、ここは……?
見たことない花畑。人間界側の景色は熟知しているはずなのに……。騎士たちは、すぐに魔界側だ、と察し、膝から崩れ落ちた。
騎士たちはその幻想的な光景に、言い表せないほどの歓喜と落胆、その二つを同時に味わっていた。その光る花は、人間界ではどんなに探しても見つからなかった特効薬の原料だったのだ。これほどの量があれば、国民全員分の特効薬を作ることができる。しかし、魔界の物を持ち帰ることは許されていないのである。森の中、中立地帯ならまだしも、それは完全に森の外、魔界に咲いていた。
「そう、だよな……。あんなに探して見つからなかったのが、こんな簡単に見つかるはずないよな……」
手を伸ばせば人間界を救えるのに……。騎士たちにそれは出来なかった。
「いや、まだだ。まだ可能性はある」
騎士たちは諦めなかった。群生地がこんなに近くにあるのだ、森の中にも咲いているかもしれない、と周辺の森の中を必死に探した。森の中を歩き回り、疲労した体に鞭を打ち、探し続けた。
「あった……! あったぞーー!!」
一人の騎士が叫んだ。皆が慌てて駆け寄る。そこには一輪の白い花が咲いていた。
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