二人の王と救世主

@YagiriYuki

序章

 ……人間界は今、長きに渡る大戦時代だった。五つの大国と生まれては消える無数の小国が、人間界初の統一を目指して争い、何世代もの間、終わらない戦乱に明け暮れていた。


 しかし、その終わらない戦乱についに終止符が打たれようとしていた。


 




「王様、パルキナ様をお連れいたしました」


 デルニエ城、玉座の間に一人の男が連れられてきた。


「此度の戦勝、まずは祝福させてもらおう。若き戦神よ」


 デルニエの王は玉座に座ったまま、杯を高々と掲げた。男は玉座の前に片膝をつき、メイドから渡された杯をグッと飲み干して、冷然と答えた。


「大国デルニエの援助、恐れ入る」


 男の名はパルキナ。混迷極まる大戦時代に彗星のごとく現れた彼は、無類の強さを誇った。鍛えぬかれた肉体から繰り出される、卓越した剣技と魔法は向かうところ敵なし。戦えば負け知らずの彼を、人々は『戦神』と称えた。この戦乱渦巻く人間界に平和をもたらす戦いの神と。


「まさか、片田舎の小国ごときが、ここまでやるとはな」


 デルニエの王は、パルキナを見下して冷たく笑った。


「今度の勝利で、他の四つの国は全て統一した。約束通り、この国を貰い受ける」


 パルキナは、無表情のまま頭を下げた。この男が率いる片田舎の小国は、燎原の火の如く次々と大国を攻め滅ぼし吸収し、大国デルニエと人間界を二分する大国まで成長していた。


「他の大国を滅ぼせたらデルニエは降伏する……、たしか、そんな約束だったなぁ~。……ククク、信じていたのか? 貴様はただの踏み台だ。デルニエが動けば、残りの大国は結託してでも阻止しただろう。だから、代わりに貴様にやってもらったのだ。おかげで余の積年の大願、人間界の統一もようやく叶う。ご苦労だったな」


 デルニエの王は嘲笑った。パルキナは頭を下げたままニッと笑うと、あぐらをかいた。


「烈火王と恐れられたアンタも衰えたな」


 パルキナの予想外の態度に、デルニエの王は目を丸くした。だが、すぐに余裕の笑みを見せた。


「そうだな、余は老いた。昔のような力はない。だが、余には世界最強の聖騎士団がいる!」


「歳のことじゃないさ。自己の限界を知ってなお、幻想にすがっているのが滑稽なんだ」


 パルキナは声を殺して笑った。デルニエの王の額に青筋が走る。


「何が可笑しい? 何が幻想だ? たしかに、パルキナの魔法、プルミエの槍術、エルドスーンの弓術に、ケメトサラーサの古代兵器に、サンクフェムの兵力。全てが相手では、余の聖騎士団を持ってしても苦戦は必死。だが、ここには貴様一人だ。不敗の幻想によっているのは貴様だ、パルキナ! 貴様を殺して、世界を貰うぞ! 大戦時代を終わらせるのは余だ!! わっははは」


 デルニエの王は高笑いしながら剣を抜いた。それを合図に、大勢の聖騎士たちが玉座の間にぞろぞろと入ってきた。武器を構え、パルキナを取り囲む。しかし、パルキナは片手で頭を押さえて、声をあげて笑った。


「ハハハ! 終いには、丸腰の男を殺すことも自分の力では出来んのか? 覇気を失った今のアンタでは、魔族を指揮したところで俺は殺せん」


 パルキナは鋭い眼光でデルニエの王を睨んだ。


「神への祈りはもう済んだのか?」


 デルニエの王は醜く笑った。


「生憎だが、俺は神には祈らない。アンタと違って、自分の力に絶対的な自信があるんでな」


 パルキナは軽く笑い、立ち上がる。


「驕るな、小僧ッ!!」


 デルニエの王の激昂で、聖騎士たちは一斉にパルキナに襲いかかった。


 しかし、聖騎士たちの剣や槍はかすりもしなかった。パルキナは全身に目があるかのように、全方位から襲いかかる攻撃を難なく避けていた。


「こんなやり方で世界を手にいれても、デルニエ聖騎士団の名が泣くぞ?」


「黙れッ!!」


 叫びながら繰り出した聖騎士の一撃を、パルキナは簡単に避ける。そして、


「俺に凄んだところで、太刀筋の迷いは消えはしない」


 と、鋼鉄の鎧の上から聖騎士を殴り飛ばした。それを皮切りに、パルキナは反撃を開始した。次々と聖騎士たちが殴り倒されていく。


「な、何ッ!? クッ──、後は頼んだぞ、ディルギス!!」


 自慢の聖騎士団が手も足も出ないのを見ると、デルニエの王は騎士団長にそう告げ、逃げ出した。


「オイ! 王が民を置いて逃げるのか?」


 パルキナの言葉に聖騎士たちも動きを止め、玉座の方を見た。デルニエの王は部屋の奥、隠し通路に向かって走っていた。


「当たり前だ! 民などいくらでもいる。しかし王は余一人。余が生きている限りデルニエは滅びん!!」


「そこまで堕ちたかッ!!」


「好きなだけほざ──」


 振り返ったデルニエの王の目の前には、槍があった。パルキナが近くの聖騎士から奪って投げた槍が。


 デルニエの王は音を立てて倒れた。


「王―ーーッ!! キッサマ、よくも!!」


 聖騎士たちからはこれまで以上の殺気がみなぎる。主君を殺された怨みが、身体中から迸っているようだった。


「見上げた騎士精神だな。いいだろ、気が済むまで相手してやる」


 パルキナは拳を構え、ニッと笑った。双方の間にバチバチと火花が飛び散る。聖騎士たちは武器を構えたままジリジリと距離を詰め、一斉に飛びかかろうとした。そのとき──、


「やめろッ!!」


 雷鳴のような怒号が聖騎士たちを止めた。それは団長のものだった。


「なぜ止めるのです、ディルギス団長ッ!?」


 尊敬する団長の意外な言葉に、聖騎士たちは戸惑った。


「王の言葉を聞いていなかったのか? 王が崩御された今、デルニエは滅んだのだ」


 ディルギスは部下を諭すように言うと、パルキナに向かって堂々と歩き出した。何も言わずとも、聖騎士たちの間に道ができた。


「し、しかし──」


 反論する聖騎士の言葉を、ディルギスの手がさえぎった。


「パルキナ王、今の私に抵抗の意思はありません。貴公は、この国をどうなさるおつもりですか?」


 聖騎士団団長のディルギスはそう言い、パルキナ王の前に膝をついた。しかし、ディルギスの瞳には、凄まじい覇気が宿っていた。もし、パルキナ王の答えが意に沿わないものならば、我が二刀で細切れにしてやる。と雄弁に語っているようだった。


 一瞬の間を置いて、他の団員たちも一斉に膝をついた。ディルギスの覇気が伝播するように、彼らの瞳にも覇気が宿る。パルキナは、これが噂に名高いデルニエ聖騎士団の本来の姿なのかと、思わず唾を飲み、姿勢を正した。


「私の望みは、人間界の支配ではなく平和だ。デルニエにも他の四カ国と同じように、パルキナの傘下に加わってもらいたい。人間だけでなく魔族とも、平和で平等に暮らせる国を創るために、私に力を貸してくれ」


 パルキナは夢を語った。これまで攻め滅ぼした国で語ったの同じように。






 デルニエの国境から少し離れた場所に建てられたテント内は、静まり返っていた。パルキナが一人でデルニエに向かって数日、何の音沙汰もなかったからだ。


「遅いっ! やはり、御一人で行かせるべきじゃなかった」


「そういう約束だったのだ、仕方がない。あの人は意地でも正道を征く」


「ですが、あまりに遅い。デルニエが裏切ったのでは!?」


「そうであれば、デルニエがここを襲っている!」


 と、ここ数日、代わり映えのしない議論をしては、深い溜め息を繰り返していた。


 大人たちの重苦しい雰囲気に嫌気が差した少女は、テントの外に出た。


 外の雰囲気もあまり代わりはしない。味方と敵の兵士が見えない線を挟んでにらみ合っている。だが、この景色は──、どこまでも続くようなこの草原は気持ちよかった。たとえ、見ていることしかできなくとも。


 少女は仕方なく、いつものようにテント近くの大岩によじ登って、国境の方を見る。


「あれ? いつもより兵士さんが一人多い……?」


 少女は首をかしげた。国境のほうから一人、こっちに向かってるような……。


「あっ!!」


 少女は大岩から飛び降りた。いつもは怒られるからしなかった行為に、足がじ~んとする。だが、そんなことも気にせず走り出す。兵士たちが止める間もなく国境を越えた。


「パパ~~~!!」


 陰鬱な空気を可愛らしい声が引き裂いた。少女は、そのまま向かって来た人に飛び付いた。


「ははは! やったぞーー! パパはついにやったんだ~~!!」


 パルキナは愛娘を抱き締め、くるくると回った。二人の笑い声が草原中に響いた。




 こうして、長きに渡った大戦時代は終幕し、人間界に初めて統一国家が生まれた。

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