すばらしいお姉さまたち

 宿で待っていたのは、遠くの商家に嫁いでいた2番目の姉だけではなかった。家を継いだ一番上の姉、外国に嫁いだ3番目の姉、全員が待っていた。


「お姉さま!」

「「「オリヴィ!」」」


 駆け寄って抱き合って再会を喜ぶ。宿全体を2番目の姉が貸し切ったとのことで、私たちと子供たちの他にお客はいない。


「きゃあ! またお姉さんが増えた!」

「見てみてー、これ宝物なの!」

「押すなよ、痛いじゃないか!」


 姉の子供たちが辺りを駆け回る。


「オリヴィ、知らなかったの。ごめんなさい。私たちの耳には入ってこなかったの」


 一番上の姉が泣きながら私を抱きしめる。私は手紙には細かい事を書いていない。この口ぶりでは私が良い状況ではない事を知っているようだ。


「私が調べさせたのよ」


 2番目の姉が険しい顔をして、私をぎゅっと抱きしめた。


「カルセドニーさんは何も教えてくれなかったけど、あなたの手紙からは幸せな様子が全く感じられなかった。仲良しだったカルロと結婚したはずなのに、おかしいと思って他人を使って調べさせたの。⋯⋯あなたは、使用人にずいぶん好かれているみたいね。みんな、とても心配していたわ」


 3番目の姉も、私をぎゅっと抱きしめる。


「辛い事をあなたに押し付けてしまって、自分たちだけ逃げてごめんなさい。もう大丈夫だから」


 4人で抱き合って固まった。温かい。一緒に暮らしていた頃、酔っぱらって騒ぐお父様が怖くて、こんな風に4人で抱き合って過ごしていたことを思い出す。


「色々と話をしたいけれど、一番大切なことを先に伝えるわ」


 2番目の姉が全員を宿の応接室に連れて行き座らせる。ルイさんにも同席をお願いする。


「私はオリヴィをこの結婚から解放したいの。一番の問題はお父様が壊滅させたベイヒル家の財政状況よね」


 一番上の姉がうなずく。


「オリヴィの結婚の時の約束で、ヒューズワード家からはちゃんと支援を頂いた。それで借金は返せたから、今はもう困っていないの。夫が堅実に運営してくれているから裕福ではないけれど新たな借り入れをしなくても、ちゃんと成り立っている」


 2番目の姉が嬉しそうに笑った。


「頂いた支援は耳をそろえて返しましょう。そのくらいの金額、私の裁量で簡単に出せるわよ」


 3番目の姉も言う。


「うちでもいいわ。手紙をもらった時点である程度は予想できたから夫から自由に出来るお金を預かってきている。それでも十分なはずよ」


 お姉さまたちがすごすぎる!ぽかんとした顔をする私に裕福な二人は申し訳なさそうな顔をする。


「結婚する時に、それはもう、驚く額のお金を父に残したの。だから、まさかこんなことになっているとは思わなかった。辛い思いをさせて本当にごめんね」


 一番上の姉が私の手をぎゅっと握った。


「あなたは自由だってことよ。もうヒューズワード家に遠慮することはないの。うちはもう、血筋に囚われることはやめて親族の集まりにも行っていない。王都の家は引き払って領地で身の丈に合った暮らしをしているの。私たちは預かった領地と領民のことだけを考えて暮らしている。だから、あの人たちの言う事にも耳を貸さなくていいわ」


(私が自由に?)


「もう、あそこに戻りたくないの」


 涙があふれてきた。カルロの顔はもう見たくない。ジェイドを見ると私のせいで迷惑かけていることが苦しくなる。あそこにいたくない。


「うちにいらっしゃい」

「いいえ、うちがいいわよ!」

「うちの方がいいわよ」


 姉たちが口々に誘ってくれる。私たちは久しぶりに、お互いのこれまでの事を話した。みんなそれぞれ楽しかったことも、苦しかったことも、悲しかったこともある。


 ルイさんが、そっと立ち上がった。帰るようだ。私は見送るために扉の外まで一緒に行った。


「ルイさん、本当にどうもありがとうございました。まさか姉たちが全員いるとは思いませんでした」

「本当に全員来れるか分からなかったから、事前に教えてあげられなかったんだ。すまない」

「いえ、本当に嬉しかったです」


 ルイさんはにっこり笑うと私の頭をゆっくり2回撫でてくれる。


「もう、あの家には戻らないつもり?」

「出来れば。でも⋯⋯ジェイドにはちゃんと話をしないといけない気がします」

「数日ここに滞在することは言って出て来たんだから、その後でどうするか考えよう」

「まだ、一緒に考えてくれますか?」

「まだ、ってどういう意味?」


 私は服の胸元をぎゅっと握りしめた。この不安をどう伝えれば良いのか言葉を考える。


「何となく、もう私の面倒を見るのはお姉さまたちに任せて、いなくなってしまうんじゃないか、って思って」


 友人とは言ってくれたけど、本当は私の境遇に同情してくれたから、手助けしてくれていたんじゃないかと思っている。


「君はひどいな。学校のもうけ話から僕をつまはじきにする気? お金持ちのお姉さまたちが登場したから、もう僕はいらない? それとも⋯⋯もう学校を作る話もやめてしまうつもりか?」


 見上げたルイさんの瞳には様々な感情が渦巻いているようで、複雑にゆらめいていて吸い込まれそうになる。


「女の子の学校を作りたいって夢、まだ見続けてもいいと思いますか?」

「当然だ。友人としての手助けも当然続けるからな」

「ありがとうございます」


 また明日顔を出すよ、とルイさんは帰って行った。


 最後に残して行った言葉が重く心にのしかかる。


「昼間の事を受けてカルロがどう行動するかが読めない。宿の警備には気を付けるように言ったけど、万がいち会いに来ても絶対に会うな。あいつが頭に血がのぼっていない時に落ち着いて話せる場を作った方がいい」


 数日の間に、何度もカルロの使者から家に戻るように、との知らせを受けた。姉たちの指示で私はそれを完全に無視した。

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