そこに嫁ぐと消息不明になるという
お茶会からの帰り道、私は女の子たちとの楽しい会話の余韻にひたっていた。
「ルイさん、もし女の子たちの学校があったら、毎日あんな風に話せるんでしょうかね。ルイさんの学校はどうでしたか?」
ルイさんは空を見上げた。
「そうだなあ。男ばかりだから、あんなに華やかではないけど、集まっては下らない話をしてふざけあっていて、勉強や運動よりも、そっちの方が楽しいと思う事の方が多かったかもな」
「やっぱり、うらやましいです。学校」
「ますます、やる気が出た?」
「もちろんです!」
そうそう、私はただ楽しんでいただけではない。ちゃんと情報収集も行った事を報告する。
「家庭教師に習うと、自分に合わせた内容を教えてもらえるけれど、色々な先生のやり方を学んだり、他の人のやり方を見たりする機会がないのが残念なんですって。先生も科目ごとに違う先生をお呼びするのは面倒なので、まとめて一人の方に教わることが多くて、どうしてもその先生の得意な科目に偏ってしまうのが難点らしいです」
こういう点は学校の方が向いている。たくさんの先生がいて好きな科目を習える。更に音楽や美術、ダンスなどを難易度ごとに好きな時間を選べるような学校があればいいのに、そういう話を聞くことが出来た。
「驚いた。ただ楽しくおしゃべりしているだけかと思ったよ。君は案外商売人に向いているのかもしれないね」
得意な気持ちになって、えへへ、と笑うと嬉しそうに笑い返してくれた。
「あの、友人と言いながら、私の事ばかり気にかけて頂いて助けて頂いて申し訳ない気持ちになりました。私もルイさんのことを、もっと知りたいです」
ルイさんは少し目を見開いて、足を止めた。
「困ったな。奥方が変な事を言うから⋯⋯。例えば何を知りたいの?」
「えっと。学校を卒業した後すぐに旅に出られたんですか?」
「何だ、知りたいのはそう言う事か。僕の結婚事情に興味を持ってくれたのかと思ったよ」
苦笑してまた歩き始めた。
「僕は学校を出てすぐに旅に出たんだ。父の言い付けで、学問として習ったことと、実際のもの、実際に起こっている事が結びついていないうちは、一人前じゃないって。世界中の色んなものを見て、色んな人や考えに触れてこそ、商品の価値が分かるって。実際、旅に出て良かったと思ってる」
旅行記のような事を本当に出来たら。想像するだけで胸が躍る。
「5年くらいかな、世界を周って去年やっと戻って来た。途中色々な店で修業をしたけれど、今は父のもとで、うちのやり方を学んでいるところだ」
今日話をした女の子の中にも、両親や兄弟と一緒に家業を継ぐという子もいた。私には閉塞感に満ちた親族たちのような生活よりも楽しそうに見えた。
「ご苦労はあるんでしょうけれど、旅をするような暮らしに少し憧れます。私は王都と父の領地しか知りません」
「だったら、同族で結婚なんてしないで、君の姉さんたちのように商家に嫁げば良かったじゃないか」
珍しく強い口調で言われて、思わず顔を見上げると、ルイさんは見た事がないような硬い顔つきをしていた。
「申し訳ありません。私の言い方が失礼でしたか。でも、私には嫁ぎ先を選ぶ事は出来ませんでしたし⋯⋯。いえ、それでも確かに商家に嫁ぐのは怖いという印象はありました」
「なぜ? 君は僕にも、誰に対しても、身分を意識させるような振る舞いをしない。それなのに、なぜ商家を嫌うの?」
遥か遠方の裕福な商家に嫁いだお姉さまと、外国の豪商に嫁いだお姉さま。二人とも美しく気立てが優しかった。年が離れた私を可愛がってくれて、お別れの時にはぎゅっと抱きしめてくれた。寂しそうな笑顔が忘れられない。
「嫌いではありません。怖いだけです。商家に嫁いだ姉たちは二人とも消息が分かりませんから。父が亡くなった時にも連絡がつきませんでしたし、健在かどうかすら知る術がありません。きっともう今生では会うことが出来ないのです」
「消息不明?!」
驚くルイさんの声に、涙が出そうになる。
「結局、同族に嫁いだ私も悲しい思いをして逃げ出そうとしていますから、嫁ぐという事自体が、こういうものなのかもしれないですね」
ルイさんは足を止めて、私の両肩をぐっと掴んだ。
「違う。君の父親や夫のような男ばかりじゃない。結婚は不幸になるものばかりじゃない。⋯⋯姉さんの事は知らなかった。商家を怖がる理由も分かった。でも――」
何かを言いかけて、口をつぐんだ。そして肩を掴む手を離し、優しくぽん、とたたいた。
「とにかく学校を成功させて自由を手に入れなくてはね。僕はそれで儲けるんだから、お互い頑張ろう」
「はい」
また歩き出す。家まであと少しだ。ルイさんと二人でゆっくり歩く時間が好きだ。もっと家が遠ければ良かったのに、という気持ちが胸をかすめる。
そういえば。
「ルイさん、お願いがあります。私も洋服を選んでみたいです」
女の子たちから、似合いそうなものや着こなしを教えてもらった。それを試してみたくなったというと、『えー』、と残念そうな声をあげる。
「僕の好みのものを着せる楽しみがなくなるじゃないか」
確かに男性は可愛い服を見ても自分で着てみるわけにはいかないだろう。
「でも、せっかく教えてもらったことを試してみたいです」
「なら、僕が選ぶのと、君が選ぶのを交代にしよう」
「分かりました。みんながルイさんの特技を褒めていましたよ」
「特技?」
ルイさんは不思議そうに首をひねった。
「女性の服の寸法を間違えることがないって。見ただけで完璧に把握できるということは、かなりの経験を積んでいらっしゃるって。お医者様みたいに全て見えてるんじゃないか、って称賛していましたよ」
ルイさんは真っ赤になってしまった。
「誰だよ! 何てことをオリヴィに吹き込むんだ!」
「ふふふ。努力されることは良いことじゃありませんか。私にも採寸したかのようにピッタリの服を選んで下さいますし、すごいですね」
「ああ、もう! どうやって言えばいいんだよ。後で意味が分かったらどうするんだよ!⋯⋯オリヴィ、他の人の前でこの話、絶対にするなよ!」
ルイさんは努力を隠したいのか。きっと陰ながら努力をする方なのだろう。私はまた尊敬の想いを強くする。
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