目にも麗しい夢の世界
その日は、いつもよりも少し華やかな服が用意されていた。
ルイさんは街に行く度に新しい服を用意してくれる。いつも同じもので良いと言ったのだけど、友人に服を選ぶのが楽しいので、どうしても選ばせて欲しいと言う。
「今日は、君の学校に通いそうな女の子たちが大勢いるところに行くよ」
「あの、私、女の子の友人を持ったことが無いのですが大丈夫でしょうか」
「大丈夫だと思うよ」
連れられて行った先は大きなお屋敷だった。聞けば富裕な商人の奥さまが、若いお嬢さんを集めて楽しいお茶会を開くのだそうだ。
美しい花が咲き乱れる花壇、美しいガラスをはめ込んだ窓が並ぶ、素敵なお屋敷。私たちが案内された所からは庭が広く見渡せる。
テーブルや椅子がたくさん並び、華やかなドレスを着た女の子たちが可愛らしい笑い声を上げながら、そこかしこで話に花を咲かせている。
「みんな、楽しそう!」
親族たちが集まるお茶会は格式張っている。歓談していても、どこか腹の探り合いのような緊張感が漂い笑顔に不自然さが混ざっている。
私は目がくらむような思いで美しいこの風景を眺めた。
「君が知っているようなお茶会から見ると少し品格が落ちるのかな」
ルイさんが少し心配そうに、とんでもない事を言う。
「私には、こちらの方が、よほど上品で美しく感じられます。私にはとてもまぶしい」
私には手が届かない世界のように思えて、でもそれを間近で見る事が出来る喜びも大きくて私はしっかりと心に焼き付けた。
「奥方にご挨拶しよう」
連れられて行った先には豊かな巻き毛を結い上げ、真っ白な肌を惜しげもなくさらす華やかなドレスに身を包んだ女性がいた。40歳を少し過ぎた頃だろうか、花のような香りがよく似合う優雅さをまとっている。
「あら、本当に連れてきたのね。王家の血筋を引くようなお姫様は、こんな下賤な所への出入りを嫌がるかと思ったのだけど」
厳しい言葉とは裏腹に大きな瞳は優しい好奇心に揺れている。私は丁寧に礼をして挨拶を述べた。
「オリヴィ・ヒューズワードと申します。お初にお目にかかります。このような素敵な会にお邪魔させて頂けましたこと、誠に光栄でございます」
奥方が息を呑んで私をじっと見つめた。
(どうしよう、何か失礼があっただろうか)
心配になってルイさんをちらり見ると、優しく微笑んでいた。致命的な失敗はしていないようだ。
「初めまして。リューズ・ユーディリアと申します。楽しんで頂けると嬉しいわ」
奥方はご自分の横に席を作らせて私を座らせた。ルイさんは私と奥方の後ろに立っている。
「失礼な事を言ってごめんなさいね。噂って本当にあてにならないものね」
(噂⋯⋯良い話ではなさそうね)
「ふふふ。あまりに可愛いから、意地悪したくなっちゃうわ。あなたはね、美しさを鼻にかけ、気位も高くて、下々の者とは交流したくないからって社交には出ず、夫以外の男性を家に引き込み、頻繁に商人を呼びつけては散財している、と噂になっているの」
表現はともかく、ところどころ正解も含まれている。でも、この言われ方って。
(悪妻! これって悪妻らしいんじゃないかしら!)
知らずのうちに悪妻作戦が成功している。嬉しくて仕方ない。
「ありがとうございます!」
喜びに顔を輝かせる私を見て不思議そうな顔をする奥方に、ルイさんが説明してくれた。
「彼女は『悪妻』を目指しているんですよ。僕が最初に伺った時には、どのくらい散財したら悪妻になれるか、って聞かれて本当に驚いた」
思い出すだけでも恥ずかしい。奥方も上品に口元を押さえて、おかしそうに笑う。
「頻繁に出入りする商人ってルイのことなのね。どう? 儲けさせてもらってる?」
「いえ。注文されるのは本ばかりだ。全く儲けにはなっていませんね」
「申し訳ございません」
やぱり今度、何か高価のものをお願いしなければ。
「悪妻になりたいのは、離婚されたいから?」
「!」
正確に指摘されて心臓が止まりそうになる。悪妻の噂が立っているので悪妻を目指している事を知られるのは問題ない。でも離婚したいと言う事まで知られても大丈夫なものだろうか。
冷や汗をかいて固まる私を見て、奥方はふわっと笑った。
「まあ、いいわ。あなた、あの子たちをじっと見ていたけど、女の子のお友達とあんな風に話すことには慣れていないの?」
「慣れていないというより経験が全くありません」
「そうなの! もしかすると人生を楽しみ損なっているかもしれないわよ」
ご婦人は辺りを見回すと、特に賑やかな集団の一人を呼んだ。
「リリィ、この子はオリヴィ。あちらで仲間に入れてあげてくれる?」
リリィと呼ばれた子は、可愛らしく笑うと私の手を引いて輪に入れてくれた。
色とりどりのドレスに囲まれ、花のような甘い香りに包まれ、女の子たちの笑顔に囲まれて、私は物語の中に入り込んだような気持ちになった。
「あなたのドレス、可愛いわね。ねえ、このリボンをもっと⋯⋯こうすると、ほら素敵になると思わない?」
「素敵!」
「いいわね、こっちももっときつく結んだ方がいいわ」
たちまち私のドレスの着こなしについて、みんなが助言をくれ、あれこれ素敵に仕上げてくれる。
他の子のドレスについて、髪型について、流行の色の取り入れ方、話が飛んで、街に新しくできたお店の話、素敵な男性がいる焼き菓子のお店の話、女の子たちは、よくしゃべり、よく笑う。
(おしゃれが楽しい、という気持ちが初めて分かったかも!)
自分や友達が可愛くなった姿を見せ合って、褒め合って、感想を言う。それがこんなに楽しいことだとは思わなかった。
ひとしきり楽しんだ後、ルイさんが私を連れに来た。
「そろそろ帰ろう」
戻りが遅くなって、うっかりジェイドが先に帰ってきてしまったら大変だ。私は急に現実に引き戻された。
女の子たちにお別れを告げ、奥方にお暇のご挨拶をする。
「ねえ、あなたが離婚したいのは、ルイと一緒になりたいから?」
奥方はいたずらっぽく微笑んで私に尋ねる。ルイさんがあわてて奥方を止める。
「おやめください。彼女が困ってしまいますから」
「だって、ルイもいい年なのに、一向に結婚しないでしょう。こんな可愛らしい恋人がいるからなのかしら、と思って」
(え! ルイさんはご結婚されていなかったの?)
驚いて見上げた私の心の内は、いつものように見透かされている。
「ね、奥方見て下さい。もうそれなりに頻繁に会っているのに、彼女は今初めて僕が独身だって知ったんですよ。こんなものです」
確かに私の事ばかり気にかけてもらって、ルイさんのことを全く知らない。友人としてとても失礼なことだ。
奥方は楽しそうに笑い、私たちはお暇した。
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