学校には色んな種類があるものなのか
まず、どんな学校を作りたいかを決めるのが大事だ、とルイさんは言った。
資料を見ると学校にはいくつかの種類があるようだった。
通う身分による種類として、貴族の為の学校、平民の為の学校。
学ぶ内容として、専門の学問に特化した学校、一通りの基礎知識を得る学校、学問だけでなく多様な分野の知識や技を得られる学校。
「学問に特化したものや、基礎知識を得る学校は儲けを目的にするのが難しいね」
なぜなら、お金を払ってまで女の子に学問を学ばせようと思う親は、とっくに家庭教師をつけている。専門の学問に特化するなら、なおさらだ。
「それに、貴族の女性を外に出すことを嫌うだろう。学校に通わせるという発想自体が受け入れられないだろうな」
身に染みて理解できる。うちのように零落した家ですら気位ばかり高く持ち、私たち姉妹は家の外には滅多に出してもらえなかった。外出と言えば月に一度の親族の交流会くらいのものだ。
逆に平民の女性は自由に生きているそうだ。料理人や服飾の作成や販売など、専門の技を使って仕事を持つことが多い。商人として名を上げている人もいる。
「国や貴族たちから支援を募るのではなく、学校だけで運営を成り立たせるなら、平民向けの多様な分野の知識が得られる学校が良いんじゃないかな」
なるほど。納得する私にルイさんは告げる。
「さて、これは商人としての助言だ。机上でいくら完璧な計画を立てても実際には上手くいかないものだ」
「はい」
「だから街に行くよ。実際の街も街の女の子たちを知らずに学校なんて作れないよ」
「え!」
前回街に誘ってもらった時には、なぜジェイドの許可をもらうのか説明出来なくてうやむやになってしまった。
「義兄には学校の計画のことを話していないので、何と言って許可をもらえば良いのか分からなくて」
ルイさんは歯切れが悪い私に呆れたように言う。
「断る必要ないじゃないか」
「え?」
「彼は君の保護者なのか? 君に何かを強いる事が出来るのは法律上では夫だけだろう。その夫が自由にしていいと言ってるんだ。君は自分の意思で行動していいんじゃない?」
「でも、面倒を見てもらっている立場ですから」
私が何も考えずに、ぼんやり生きていられるのは、あらゆる事をジェイドに助けてもらっているからだという自覚はある。
「いつまでもずっと義兄さんを君に縛り付けておくつもり?」
痛いところを突かれた。気になっていたけれど、どうして良いか分からず目をつぶっていたところ。ルイさんの口調は厳しいけれど眼差しは優しく、心から現状を良くしようとしてくれている事が伝わる。
「学校を成功させて一人で生きて行けるようになって、義兄を解放したいです」
「そうだ。君はずっと誰かの意思に従うように言われてきたんだ。すぐには難しいと思うけれど自分で決めて動けるように練習していこう」
頭をふわっと撫でてくれた。勇気が湧いてくる。
「街に行きたいです」
「うん、案内は任せて」
そして、私は初めて自分の為の服を買った。私の服は動きにくく街で過ごすにはふさわしくない。ルイさんは街に行くことを見越していたかように、私のための服を一式用意してきてくれていた。
「すごい、寸法がぴったり合っています」
採寸していないのに、あつらえたかのように合っている。職業柄、見れば大体分かるのだという。そこについては言葉を濁して詳しく教えてくれない。何か人には教えたくない秘訣のようなものがあるのかもしれない。
「外出してきます」
一言断ると、いつも無表情の使用人頭のデーナは珍しく驚いた顔をした。無理もない、ここに来てから数か月経つけれど私が散歩以外で外に出るのは初めてだ。
(気持ちいい!)
広い敷地の外に初めて足を踏み出す。馬車ではなく徒歩で門をくぐるのは初めてだ。
「楽しいのは分かるけど、ちゃんと足元見て転ばないように⋯⋯って聞いてないな」
とてつもない開放感で空まで飛べそうだった。
長く王都で暮らしていたけれど、街は馬車で通りがかった時に窓越しに眺めたことがあるくらいだった。ルイさんは中央の賑わいがあるところを案内してくれた。
行き交う多くの人々。立ち並ぶ店、そこで忙しく働く人々。楽しそうな表情の人もいれば、疲れ切っている様子の人もいる。老人も子供も、男性も女性も。異国的な風貌の人もいる。
「みな、服装も色々なのですね」
やがて、自分に多くの視線が注がれていることに気づいた。さりげなく見る人もいれば、まじまじと見つめて来る人もいる。ルイさんに選んでもらった服は街の中でも目立たず、でも華やかで素敵なものだ。ということは服を着慣れない私の問題だろう。
「あの、とても視線を感じるのですが、私の振る舞いはどこか変でしょうか」
だんだん恥ずかしくなってきて、そっと聞いてみた。ルイさんは呆れたような顔をした。
「君が綺麗で魅力的だから、みんな見るんだよ。決まってるじゃないか」
「え!」
血統と美貌ゆえに売り物として価値が高い、そう評価されている事は知っていた。でも今の言葉は、商品価値というよりは私という人間に魅力があるかのような言い方ではなかっただろうか。ますます恥ずかしくなってしまった。顔も耳も首も体全体が熱い。じんわり汗まで出てくる。
恐らく見た目にも真っ赤なのだろう。うろたえる私の様子を見てルイさんは足を止めてまじまじと私を見る。
「何だよ、その反応! オリヴィはこんな事は言われ慣れてると思った」
「その魅力的って、褒め言葉だと思っても間違いじゃありませんか?」
勘違いや皮肉だったら、それはまた別の意味で恥ずかしい。頭に血がのぼりすぎて、くらくらしてきた。
「褒めてる。心の底から褒めてるよ。君は綺麗だ。⋯⋯危ないな。そんなんじゃ、変な男に引っかかるよ。美人だって自覚して、自信を持って振る舞わないと」
「自信? そんなもの持てません」
ルイさんによると自信のない女性の心につけ込んで騙そうとする悪い男の人が多いから、甘い言葉を囁く人は全て敵だと思って警戒した方が良いそうだ。
「僕は違うからね」
しきりに言っていたけどルイさんが私を騙しても得はないので疑ったりはしない。
街から戻る時に、ルイさんはもう一つ知恵を授けてくれた。
「お義兄さんに、今日何をしてた? って聞かれたくないんだろう。それなら質問する間を与えなければいいんだ」
話したくない事がある時には、相手が話すように水を向けると良いらしい。今、王宮で関心を集めている事件などについて、何個か教えてくれた。この辺りの話を詳しく聞いてみると、たくさん話してくれるんじゃないか、とのことだった。
そして、それは成功した。ジェイドは私の様子に気付く事なく、事件について面白おかしく話をしてくれた。
ルイさんの見込みは、大抵当たる。先を読めるルイさんは本当にすごい人だ。
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