第3話、新たな秩序とダンジョン配信

 世界中の人々は世界各地に謎の建造物が出現したあの日を『始まりの日』と呼んだ。


 そして彼らは出現した謎の建造物を『ダンジョン』と呼称し始める。


 アメリカを始めとする各国の政府は、世界中にダンジョンが出現した原因を調査する為に多くの人員を派遣する事を決断した。


 日本政府も例外ではなく、すぐに調査団を編成して派遣し、各地でダンジョンの調査を始める。だがダンジョンの中には未知の生物『モンスター』が生息しており、そしてそれは非常に凶暴で危険なもので調査は難航した。


 政府は調査の為に重火器を装備した特殊部隊を投入。


 調査団と共に各地に点在するダンジョンへの侵入を試みたが、モンスターは重火器や戦車などの兵器では一切歯が立たず、更に科学の理解を超えた超常の力『魔法』を使う事が確認された。


 人類が生み出した兵器は一切通じず、調査は進まず、犠牲者が増えるだけだった。


 そんな時、日本に住む一人の少年が名乗りを上げる。


 彼は一般人でありながら、たった一人でダンジョンを攻略始めたのだ。


 最初は誰もがその行動を止めたが――彼はそのダンジョン『旅立ちの洞窟』に踏み入り、そしてダンジョンの内部から多くの貴重なアイテムを持ち帰る。


 彼は言った。


『世界各地に出現したダンジョンは、VRMMORPG【BブルーSソードOオンライン】に存在しているもの、そのままである』


『ダンジョンに蔓延る未知の生物――モンスターにはありとあらゆる現代兵器は通じない。奴らを倒す事が出来るのは僕と同じBSOのプレイヤー達だけだ』


 彼は説明を続けた。


 この世界にダンジョンが出現したのと同時に、一部の人間に特別な力が発現し始めた事を。

 

 VRMMORPG『BSO』をプレイしていた者達だけがその特別な力に覚醒し、ダンジョンの内部ならばゲームの世界と同じように超常の力を行使する事が可能なのだと告げた。


 彼もまたその一人であり、その言葉を証明するかのようにダンジョンの内部に政府関係者を引き連れ、超常の力『魔法』を使いこなし、その言葉の一つ一つが真実である事を証明したのだ。


 そしてモンスターを倒す事で得られる魔石は人智を超えたエネルギー資源になる事も発覚し、ダンジョン内部で手に入るアイテムの数々は今まで人類が積み上げた科学の理解を超越した存在である事が広く知れ渡った。


 ダンジョンは確かに脅威ではあるが、それ以上に莫大な利益を生み出す可能性を秘めている事が判明し、世界はダンジョンのもたらす恵みに沸き立つ。


 世界各国は彼の言葉を信じ、それならばとBSOの開発会社に協力を要請しようと試みた。


 だが開発会社は忽然と姿を消していた。


 代表者、従業員、開発に関わったエンジニア、サーバーetc……開発会社そのものが元より存在していなかったかのように、綺麗さっぱり消え去っていたのである。


 そして同時に世界中に残っていたはずのBSOのゲームデータすらも跡形もなく消失している事が判明した。


 まるで最初から存在しなかったかのように、世界からVRMMORPG『BSO』というゲームの存在は消滅してしまったのである。


 しかしそれでも世界にはダンジョンが出現している。


 各国政府はBSOのプレイヤー達に呼びかけを始めた。


 ゲームとしてのBSOが残っておらずとも、世界各地にはダンジョンを攻略する知識と力を持ったプレイヤー達は存在している。


 ――ダンジョンを攻略し、大いなる恵みを人類にもたらす探求者を求めたのだ。


 ゲームの世界が現実に顕現し、ダンジョン内部ならばゲームの世界と同じように超常の力を扱えるという事実は、世界中のプレイヤー達の心を大いに刺激した。


 やがて多くのプレイヤー達が名乗りを上げ、世界中を巻き込んだダンジョン攻略ブームが巻き起こる。


 彼らは人々から『覚醒者プレイヤー』と呼ばれるようになり、覚醒者プレイヤーによって世界は瞬く間に変わり始めた。


 ダンジョンのもたらす恵みにより科学技術では補えなかった問題が解決され、経済は活性化し、生活水準は飛躍的に向上していく。各国は競うようにダンジョン攻略に乗り出し、その熱は世界全体へと広がっていった。


 法は整備され、覚醒者プレイヤーを支援する制度と組織が生まれ、世界はダンジョンを中心に大きく変貌を遂げていく。


 一度でもBSOの世界にログインしていれば、人は覚醒者プレイヤーとして超常の力を扱えるようになる事も判明し、更にはダンジョンでモンスターを倒す事でゲームの世界のようにレベルが上がり、ステータスも増強されていく事が分かっていった。


 人口減少によるサービス終了という最後を迎えたBSOだが、世界で初めてのフルダイブ型VRMMORPGだった事もあり、一度でも触れた事のあるゲーマーは世界各地に数えきれないほど存在している。


 彼らは競い合うようにダンジョンへ挑んでいき、そして次々とその実力を示していった。


 だが覚醒者プレイヤー達は大きな壁にぶち当たる。


 それはBSOで難関ダンジョンと呼ばれていた場所。


 青空の古城、天空の塔、紅蓮の神殿、暗黒の迷宮、白銀の城、氷獄の庭園。


 これら6つのダンジョンは、ゲームの中であればベテランのプレイヤーによって踏破された事があった。しかし現実世界では思うように攻略が進まない。


 その理由は単純明快――現実世界には覆しようのない欠陥が存在していたのだ。

 

 それは『死者の蘇生が不可能』だという事。ゲームの世界ならばダンジョン内部で命を落としても、貯め込んでいた経験値をロストするだけで無傷の状態で復活出来た。

 

 しかし現実の世界のダンジョン内部で死んだ者は、死という光のない永遠の暗闇に閉じ込められてしまう事になる。


 その事実は覚醒者プレイヤー達の心に重く圧し掛かった。


 初心者向けの旅立ちの洞窟や、中級者が訪れるようなダンジョンならばまだいい。


 問題は上級者向けと呼ばれるダンジョンだ。熟練の覚醒者プレイヤーであっても死の恐怖に怯えながら戦わなければいけなくなる。


 更にゲームとは違う仕様――イレギュラーというモンスターの存在。ダンジョンのレベルを無視した強大なモンスターが突然出現する現象により、何人もの覚醒者プレイヤーが犠牲になった。


 ゲームの世界では何の問題もなくクリア出来ていたダンジョンでも、攻略難易度が跳ね上がる事になったのだ


 ――ただ一人の覚醒者プレイヤーを除いて。


 漆黒の髪を腰まで伸ばし、真紅の瞳を宝石のように煌めかせ、完成された美貌を宿す少女は、今まさにそのダンジョンに足を踏み入れようとしていた。


 蒼く澄んだ空の下に聳え立つ、まるで神が住まう居城のような美しい建物――白銀の城。


 その神秘的な外観は見る者に畏怖を与え、中に踏み入れば生きて出られる保証はないと言われている程の、数多存在するダンジョンの中でも屈指の難関である。


 しかしそんなダンジョンの入り口を、少女は軽い足取りで歩いていた。


 少女は武器さえ持たず、スマホのカメラに向かって世界最高の笑顔を振りまきながら、誰もが心を奪われる可愛らしい声で語り掛ける。


「皆さん、こんばんは。今日も始まりました。アルクのダンジョン配信のお時間です。本日もわたし『深淵を纏いし姫、アルク・ホワイトヴェール』が世界中の皆様にダンジョンの魅力をお伝えしていきたいと思います!」


 画面の向こう側にいる視聴者に向けて、美しく可憐な少女は元気よく手を振る。


 画面に映るのは世界で最も人気な動画サイト『VouTube』、コメント欄は何万という視聴者の書き込みで埋め尽くされる。


 そして笑顔を振りまく美少女の正体は、究極の難易度を誇る最凶最悪のダンジョン『深淵アビス』をゲーム世界で唯一攻略した覚醒者プレイヤー


 彼女の名はアルク・ホワイトヴェール。


 深淵を纏いし姫という称号と共に、今この世界でも最強の名を欲しいままにしている存在だ。


 そんな彼女は――今、ダンジョン配信にハマっていた。

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