【第一部】第一章:ダンジョン配信を始めよう

第4話、新たな挑戦

 アルク――本名、神崎かんざき 歩空あるくはダンジョンが出現した『始まりの日』に、超常の力によってBSOで使っていたアバター『魔剣士の少女、アルク』へと姿を変えた。


 ぽっちゃりとした体型に眼鏡をかけた冴えない男性であるはずの自分が、絶世の美少女に生まれ変わってしまった事に最初は戸惑った。


 けれど切り替えは早かった。

 今の体は全く知らないものではないのだ。


 ゲームの世界で慣れ親しんだこの姿は、もう一つの自分と言っても過言ではない。


 現実世界で過ごした時間よりも仮想空間で過ごしてきた時間の方が遥かに濃密で鮮烈で、現実世界の自分よりもアルク・ホワイトヴェールというゲーム世界の自分に強い愛着を抱いている。


 日々の暮らしを通じて、ゲームの世界とのギャップにも徐々に適応し、今では現実世界でもこの体での生活をすっかり受け入れていた。


 それに性別まで変わってしまった現象も、覚醒者プレイヤー支援機関を通じて何の問題もなく処理される。


 覚醒者プレイヤーは人類に恵みをもたらす者達で、世界の財産だ。決して粗末に扱われる事はない。


 研究施設で何度も何度も検査を受けたが、結局は覚醒者プレイヤーについては未解明な部分が多く、レアケースという事で片付けられた。


 新たな戸籍が発行され、持っていた免許証や保険証などの身分証明書も新しいものへとすぐに書き換えられる。


 ダンジョンという超常の存在が地球上に現れたのだ。一人の人間が男性から女性に変わってしまった事など、今の世界にとっては些細な問題に過ぎなかったのだろう。


 そして彼女にとってもそれは同じだった。


 姿と性別が変わってしまった事よりも、BSOの世界がまだ終わっていなかった事の方が重要だった。


 BSOをプレイし続けたあの10年間が無駄ではなかった事を知った時、喜びで涙を流したのは記憶に新しい。BSOの世界で培ってきた知識や経験が現実に活かせると分かった時は本当に嬉しかったのだ。


 それからアルクはこの世界に出現したBSOのダンジョンについて詳しく調べ始める。


 ダンジョンの内部ならBSOの世界と同じように超常の力を扱える。モンスターを倒せばゲームのようにレベルアップして、ステータスを鍛える事が可能である事。


 更にアイテムストレージというゲーム内で武器や防具、アイテムを保管するシステムに現実世界でもアクセス出来る事を知った。


 ダンジョン内部で手に入るアイテムは高額で取引され、モンスターを倒す事で手に入る『魔石』は貴重な資源として政府が買い取ってくれる。


 今後の生活に悩んでいたアルクにとって、その全てが朗報だった。


 何もかもがゲームと同じで、またあの世界を冒険出来ると知って胸が躍らないはずがない。覚醒者プレイヤーとしてダンジョンに潜れば、お金も稼げて一石二鳥。今後の生活に困る事もなくなる。


 だがBSOの世界で最強を誇っていたアルクでも、現実世界にキャラクターとしてのステータスは引き継がれていなかった。アバターの容姿こそゲーム世界の自分そのものだが、レベルは1からのスタートで、ステータスも初期値のまま。


 それでも彼女がBSOの世界にあった全てのダンジョンを踏破し、最凶最悪のダンジョン『深淵アビス』ですら歩を阻む事は不可能だった程の実力者である事に違いない。


 積み重ねてきた知識と経験、そして努力に裏打ちされた本当の強さ――。


 彼女は世界最強の覚醒者プレイヤー


 だからこそ一つだけ、彼女の中に不安が生まれていた。


 現実世界に現れたダンジョンを、ゲームと同じように攻略しても物足りないような気がしてしまうのだ。


 世界最強の覚醒者プレイヤーである彼女が、普通にそのままダンジョン攻略をしても面白みに欠けると感じてしまうのは当然の事だろう。彼女にとってダンジョンの攻略は冒険ではなく、ただの作業になりかねなかった。


 だからアルクは考えた。


 ダンジョンの攻略と共に、何か新しい事に挑戦してみようと。


 悶々と頭を悩ませる毎日。


 多くの覚醒者プレイヤー達がダンジョンに挑み続ける中、最強の覚醒者プレイヤーである彼女は表に出る事なく、家にこもって毎日のようにダンジョン攻略に新しい楽しさを探し求めた。


 制限時間を設けたタイムアタックプレイ、強力なアビリティを禁止した縛りプレイ、アイテム使用禁止なハードモードプレイ、いやいや、違う……もっとこう、ワクワクするような冒険がしたい!


 だがいくら悩んでもその方法は出てこない。


 アルクは自室で毎日のようにうんうんと首を傾げて考え込んだ。


 そんな時に目についたのが、VouTubeでダンジョンの攻略を生配信する覚醒者プレイヤーの存在だった。


 その人物はBSOを引退した後、最新の技術が盛り込まれたVRFPSで実況配信を行っていた覚醒者プレイヤーだった。


 彼はその経験を活かしてダンジョンに挑む自身の姿を実況配信する事で、ダンジョン攻略をエンタメに昇華させ、数多くのチャンネル登録者を有する人気の配信者となったのだ。


 ダンジョン配信のなんと面白い事か。


 ゲームの世界ではなく現実の世界でモンスターを倒し、その素材を使って装備を強化し、スキルを習得し、ダンジョンの最奥を目指す彼の勇姿に多くの人は惹きつけられた。


 彼の配信を通じて人々は覚醒者プレイヤーの冒険を追体験し、時には応援し、共に興奮しながら楽しむ。それは視聴者にとって次元の違う面白さだったのだ。


 そしてアルクはそのダンジョン配信を見ながら気付いた。それを今の自分がしたら、一体どれ程の影響力を及ぼすのかと。


 冴えない男性だった神崎かんざき 歩空あるくは、ダンジョンの出現と共に絶世の美少女であるアルクの姿に生まれ変わっている。


 BSOのプレイヤーで構成されているコミュニティやSNSのアカウントを調べてみたが、アルクのように現実世界の姿がゲーム世界の姿に変わっているという事例は一つも見つからなかった。


 覚醒者プレイヤー支援機関を訪れた時にも詳しく調べてみたが、自分以外の覚醒者プレイヤーの中に、ゲームの世界のアバターと姿形を同じにした者は誰一人として存在しない事が判明する。


 ――つまり、彼女の美貌はこの現実世界において唯一無二のもので、今のアルクの姿は現実世界でとてつもない武器となる。


 現実の世界でありながら、現実の世界に存在しない程の完成された美しさを宿す少女。


 そんな彼女が現実世界に出現したダンジョンを攻略する様子を配信する――。


 アルクは自分の想像した未来に、ぞくりと背筋を震わせた。


 BSOのダンジョンを初見でクリアした時のような、心の底から湧き上がる高揚感が全身を支配する。


 絶対に楽しい事になる――。


 それを確信したアルクは自分の持つ全てを駆使し、ダンジョン配信者としての第一歩を踏み出す事に決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る