第7話
やゆのオフィスの窓からは、赤い光が差し込んでいる。
強い日差し。
第一世界の文明の芽生えは、傘からはじまる。
突然生まれた二本足で歩く頭の回る猿が、傘状の植物を両手で持ったことで、日差しから守られて長く生き延びた。それが人間の前身だ。
地球では火だそうだ。火がどうして文明の曙に結び付くのか、やゆには見当もつかなかった。
演算機からつながったモニターでは、パワーネットの配信が映っていた。
ギガザウルス級怪獣が二匹、ハールタニナ台地外周部に到達し、二組のヒーローチームが出撃したというニュースだった。
片方はハールタニナ・スーパースターズ。第一世界ナンバー1ヒーロー、スタープライム率いるチームだ。
もう一つは若手のチーム。名前は忘れてしまった。
怪獣と戦うには、軍隊を派遣するより少数精鋭のチームが望ましい。第一世界における長年の苦闘から導き出された結論である。
コーヒーをカップに注いで、一口飲む。
芳ばしい香りが広がる。疲れた体の筋肉がほぐれる。
第一世界には耕作可能な土地が少ない。ハールタニナ台地を除けば、あとは谷でひび割れた荒廃の地しかない。それでも谷に橋をかけ農耕地を拡大しようという試みは、どこからかやってくる怪獣によって、ことごとく挫折してきた。
コーヒーを生産するための農場を食料生産に割り当てれば、何千人かの最下層民を救える。そんなことはわかっているのだが。
bizcordでチャットを打つ。
すると、すとん、と軽い音がして、目が潰れそうになるほど美しい少女が出現した。
ここねだ。
何度見ても脳が理解を拒む、衝撃的な美しさだ。やゆは席を立って、ここねに席をすすめた。
「お早いですね」
「ごめん。早すぎた?」
「そのようなことはないです」
椅子に座り、足をぶらぶらさせる、ここね。
あの短いスカートはなんとかならないものか。刺激的すぎる。
「で、なに?」
「お礼を言おうと」
「えと」
「助けていただきましたね。前回の配信でむりやり最下層民の視聴実績を作ったのは、今回の会議を見越してのものでしょう?」
「ま、まぁ」
「場合によっては、わたしは厳しい罰を受けていた可能性もあります。なぜあなたは事前に備えを? 予知能力ですか?」
「ううん。違うよ」
首をぶんぶん横に振るここね。
「スーパーパワーをそういう目的で使うなってパパに言われてる」
「ではどうして?」
「んーと」
気まずそうなここね。
「予測したんだよ」
「予測?」
「パパに頼んで、ここ何回かの地球との会議記録を見せてもらったんだ。すると地球側がいらついて来ていることがわかった。最下層民について知っていることも」
「なぜ地球人が最下層民を?」
「地球にはおれたちが科学と呼ぶ科学とはもう一つ別の、大きな科学体系があるんだ。仮に人文科学と呼ぶけど。それで地球は、こちらから輸出した数少ない本や、こっちとの会議で得られた情報の断片を集めて、第一世界の社会モデルを作ってる」
「もう一つの、科学?」
やゆは信じられない思いだった。地球という世界線は、どれだけの力を秘めているのか。いったいどれだけの差があるのだろう。
「ただ、地球人も万能じゃない。魔法やスーパーパワーも持っていない。だからそれを実際以上に脅威と感じている、と思う。この誤解は解いておいた方がいいと、オレは思うけど」
なるほど。
やゆが感じていた疑問の答えは、全てここにあったのだ。この少女の頭の中に。
そして今日、自分は命を救われた。
やゆは立ち上がり、ここねの前に膝をついた。
「お体に触れていいですか?」
「ん? い、いいぜ」
やゆはここねの頭を撫でた。
ここねが頬を赤く染める。
「今後、ここね、と呼んでいいですか?」
「お、おう」
「ここね。話す時は目を合わせてください」
「オ、オレ」
「はい。わたしを見て」
やゆは優しく微笑んでいった。
そうだ。
このここねという少女は。天から全てを与えられた少女は。
人の目を見て話すことすらできない少女だった。
いつもうつむいて話す少女だった。
すずりや、やゆと話す間も、ずっと目を伏せていた。子ネズミのように怯えて。
ここねがゆっくりと目を、やゆに向けた。
「まずわたしやすずりさんで慣れましょう」
「う、うん」
「少しずつでいいですから、ちゃんと目を見て話せるようになりましょうね」
「わかった」
「約束ですよ、ここね」
やゆはここねを軽く抱きしめた。
「う。うん。やゆ」
ここねは素直にこくりと首を縦に振って、それから顔を上げてやゆの黄色い目を覗き込み、すぐに恥ずかし気に目をそらした。
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「ギガサウルス二匹はきつかったぜ。尺を稼ぐのがさ!!HAHAHAHAHA!!」
パワーネットの報道番組では、豊かな金髪に装甲アイマスクをつけた隆々たる筋肉の高身長美女、スタープライムがインタビューに応じていた。
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