第5話
数日前。
Pandarin社の180階会議室の椅子に、三人の若い女性が座っていた。
青いドレスに大きなリボンをつけた少女。星宮すずり。
白いジャケットを羽織った、ミニスカートの少女。桜影ここね。
そしていつもの黒スーツの平紗やゆ。
今日は、第三回配信の結果を受けてのミーティングである。
「やゆ、さん」
すずりがタブレットを手に髪をかきあげる。
「はい」
「まず今月の」
「社会階級別視聴率ですね」
「いえ今回は先に、配信内容の検討をいたしますわ」
前回動画を携帯端末に呼び出す、すずり。
「やゆさん。なんですかこの格好は?」
「いつものビジネススーツですが」
「なぜそのような服装でデビュー配信に?」
「すずりさんも、普段のドレスで配信に出てるじゃないですか」
「ドレスは問題ありません。Vtuberとは華やかで、夢を与える存在であるべきです。なぜ黒スーツのままで? Pandarinの上級スタッフであるあなたに、服を仕立てるお金が無いとは言わせませんわ」
横からここねが割り込んだ。
「あの、すずり。オレ、やゆさんがスーツで配信に出たのは、良かったと思うよ」
「そうかしら?」
「やゆさんの強みは中級市民なことだよ。あの格好なら配信を見る人に、やゆさんが中級市民だってわかるよ。ソフィーアもわかりやすいって言ってた」
「上級市民でも下級市民でも、スーツを着ている方はいますが」
「仕立てが違うんだよ。下級市民の職員はフルオーダースーツを着てないから、どこかしら体にあってないし生地も質が悪い。スーツを着ている本人たちなら、その微妙な違いに気づくよ」
「上級市民はほぼフルオーダーでしょう?」
「そっちは何かしらのアレンジを加えている人が多いし、黒スーツの上級市民は少数派だからね」
「なるほど。中級市民に支持を訴えるなら、スーツ姿が良いのですわね」
「うん」
すずりは共有画面に視聴率を出した。
「中級市民視聴率は0.079%。前回の0.082%より下がりましたわ」
「そこは、むしろその程度の下落で済んで良かった。と、考えるべきだよ」
「なぜ下がったのかしら」
「それは。えと、やっぱりおれのせい」
「そうですわね。なぜあのような格好を?」
ここねは、輸入品で固めた普段の服装を打って変わって、どこで見つけて来たのかわからないような、煤けて垢じみた襤褸をまとって配信画面に登場した。
肌の露出を極限までおさえ、美しい髪もわざと汚していた。
顔も隠していた。名前も愛媛マロを名乗った。あれでは桜影ここねを知っている人間にも、別人だと思われただろう。
「んとね。オレたちがこれから支持を広げていくのに、いちばん難しいのはどの階層だと思う?」
「さ、最下層民ですか?」
「そう。彼らはパワーネット用の端末を持たないからね。いずれ根本的な対策を考えるべきだけど、今は自分たちの代表が配信に出てるって思わせれば、少しはマシになると思って。だましてるみたいで、ちょっと気が引けるけど」
「そうですか」
お茶のカップを手に取るすずり。
「どこであの衣装を揃えたんです?」やゆが尋ねる。
「メイドさんに頼んで買ってきてもらった。あれを着るって言ったらソフィーアに怒られちゃったよ」
「予想通り、下級市民の視聴率は0.08%まで下落しましたわね」
「下級市民は支持率を上げやすいから、後からでもなんとかなるよ」
「私も同意見です」
やゆが端末を操作した。
「下級市民はパワーネット端末を所持し、娯楽という概念を受け入れる素養もあります。配信の内容次第では飛びついてくるかと」
「なるほど。それで、ここねの扮装の効果はありましたか?」
「はい」
タブレットを操作するやゆ。ハールタニナの各街頭モニター前の様子が映される。
それぞれのパネル前に、集団というほどではないが、たしかに最下層民の姿があった。
じゃんけんをするここね、いや愛媛マロを応援している者すらいる。
「ハールタニナ全域で、数千人規模の視聴者が確認できました」
「なるほど。悪くないですわね」
扇子を頬にあてるすずり。
「いっそのこと、階層別にもう二人増やしましょうか?」
「下級市民以下の扮装をするメンバーを見つけるのは、難しいですね」
身分が高い人間は下級身分の者との接触を嫌がる。扮装などもっての他だ。
すずりやここねがレアなのである。
本物の最下層民や下級市民を採用する手もあったが、今度は別の問題がでてくる。
身分が低いことは理不尽な死に抗えないことを意味する。
将来的に他のハケン企業にあっさり殺害される可能性がある。最下層民であれば、もし白昼堂々射殺されても、Pandarin社は文句を言えない。
「わかりました。今回は十分な収穫があったと考えるべきでしょう。配信内容も一定の支持を受けましたわ。次回配信の内容は、bizcordで話し合いましょう。今日のミーティングはここまでとします」
ミーティングが終わると、ここねは手を振って消失した。
やゆは秘書と共に、すずりを170階の飛行ポートまで送ることにした。
「すずりさん」
道すがら、やゆは話しかけた。
「すずりさんも、ここねさんも、下の身分の者に対する抵抗がありませんね」
「そうかしら?」
「はい。我が社の役員の中には、わたしに対しても最低限しか口をきいていただけない方もいるので」
「わたくしも、その一員でしたわ」
星宮すずりがさらりと言った。
やゆは言葉に詰まった。
社内トラムに乗り込んだ。金属が擦れあう叫び声が響く。
「ここねは昔から、分け隔てなく接するタイプの子だったようですわね。わたくしは違いました。使用人たちからは豹変したと言われております」
「ここねさんは使用人の方と親しいんですね。さきほどソフィーアさんに怒られたとおっしゃってましたし」
すずりが振り向いて言った。
「やゆさん。わたくしはそこまでここねと親しいわけではございません。ただお互いにハケン企業経営者の家族として、付き合いがあっただけですわ」
「はぁ」
「ですが、これは知っております。ここねに家にソフィーアという使用人はいません。むろん家族もいません。Modius Harkenの社員にもいません」
トラムの扉が開く。
飛行ポートに並ぶフローター。
そのうち目立って大きな白い一隻の前で、上品なドレスの女性が立っている。
あれは、すずりの侍女だ。
礼をする侍女。歩き去っていくすずり。
最後にまた振り向いた。
「ここねはとても寂しい子です。やゆさん、あなたも彼女を支えてあげてくださいませ」
そう言ってすずりは、フローターに乗り込んでいった。
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