三月目
第4話
『皆さまごきげんよう。新人Vtuberの星宮すずりでございます。本日も配信をご覧いただきありがとうございます。この配信は全ての第一世界の住民に娯楽を提供すべく、市民権の有無に関わらず等しく無料で提供されております。
そして本日!新たに二人のVtuberがこの配信でデビューいたします!』
『おっす!おれ、愛媛マロ!わけあって顔を隠す美少女Vtuberだぜ!みんなよろしくな!!』
『あなたのハートを見極めます!平紗やゆです!皆さんいっしょに楽しみましょう!』
『それではさっそく、じゃんけんを三人でやってみた!ですわ!』
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血のように染まった赤空の下、黒い摩天楼が密集する第一世界都市ハールタニナ。
その黒い超巨大高層建築の一つ、Pandarin社本社ビルの機密会議室で、第一世界で最も重要な会議がはじまろうとしていた。
Pandarin社の役員の面々に加え、Modius Harken連合、Vinford社、Lorheim社、FaeFemto社、Sharmarin社、等々、ハケン企業の代表もしくは代理たちが顔を揃える。
Pandarin社の上級スタッフである平紗やゆも、その中にいた。
あまり居心地はよくない。室内にいるのはほとんどが第一世界を動かしている上級市民たち。
席についている中では、やゆが一番の下っ端だった。
もしこの会議で大きな不手際があれば、運営責任者のやゆにはリサイクル槽が待っている。
無事に始まってくれ。平紗やゆは念じた。
メインゲストとの通信は間もなく開始される。
今日の主役はPandarin社でもなく、Modius Harken連合でもない。もっとずっと巨大で、想像すらつかない力を持つ大物だった。
「通信、はじまります」
やゆの部下の中級スタッフが緊張した声で言う。やゆは頷いた。
会議室正面に据えられた大型モニターに、成人女性の姿がうつった。いたって普通の人間だ。しかし彼女は。
「こんにちハールタニナの皆さん。国連通商代表のアリアナ・キャラハンです。本日も皆さんとお会いできて、嬉しいです」
にこやかに微笑む女性。
国連通商代表。第一世界には存在しない肩書である。
彼女は地球人だ。
やゆたちが住む大地と同じ、太陽系第三惑星の住人。ただ少し違う歴史を歩んだ世界の。見た目は第一世界人とほとんど差がなかった。指も五本。地球側の方が人種的多様性に富んでいるが、同じ人間として許容できる範囲である。
いままで第一世界が探索した異世界はおよそ1,000,000。そのうち0.1%に文明を持った知的種族がおり、さらにその10%ほどが完全人間型種族あるいは準人間型種族だった。この数字が多いのか少ないのか論じること意味はない。実際にそうなっているというだけだ。もちろん見た目が似通っているというだけで、体の構造がどこまで同じかは不明である。交渉が多少気楽なのは事実だった。多少は、だが。
優先交渉権を持つPandarin社の社長、岩梨ルーカスが立ち上がって挨拶する。
「この度もまた通商の場を設けていただけ、ありがとうございます。お互いに良き取引になることを願っています」
ルーカスの声には緊張が現れていた。微かに震えてすらいる。
少し遅れてアリアナが微笑む。
地球との通信は3秒の時差がある。
何かがゲートを通過すると、その世界線によって決まったタイムラグが起こる。
最短で0秒(計測不能)から、観測に成功した限りでは最長で200時間。この原因も不明である。通信状態は良好。第一世界と地球と間には、ゲートを通して通信ケーブルが敷設されている。
第一世界側の機械が全く異なった通信規格を変換しているので、いつも会議のはじめは油断できない一時だった。
「さて、今回もそちらから提案された通商可能リストに目を通させていただきました」
変わらぬ微笑のアリアナ。
「率直に申しまして、あまり興味を惹く内容ではございませんでした」
機密会議室に緊張が走る。もっともこれは予定調和、とも言えた。
「先日も申し上げました通り、神経ステープラーや人間集中化のような技術は、地球の価値観では許容できないものです。我々に効果があるかどうかもわかりませんし」
岩梨ルーカスが応じる。
「我々もそのような技術を実際に用いるわけではありません。ただ抑止力として保持しているのです。異世界ゲート技術を持つ世界線は、我々が知るだけでも他に二つありますし、その一つは侵略的です」
「そうですか。しかし地球には侵略に対して十分な備えがあります」
やゆは交渉の行末をただ見守った。
不利な交渉だった。第一世界側はあまり多くのカードを見せるわけにはいかなかった。何しろこちらにはカードなど、ほとんど無いのだから。
科学技術の面においては、地球に比して進んでいる分野もあり、劣っている分野もあり、総合的には互角か第一世界がわずかにリードしている。と、推定されている。
しかし文化。
最初の接触の際に、地球側が送ってきた数点の音楽・絵画・文学・彫刻・映画。
第一世界は完全に圧倒された。
最初は混乱を巻き起こし、続いて熱狂、そして所有権を巡る争いでハールタニナは戦火に呑まれる寸前にまでなった。
地球の文化は市民にとって、喉から手が出るほど欲しい憧れの品だ。
そして世界の力。
人間を含めた保有資源の量・生産力は比較にならなかった。もし戦いになれば、苦も無く捻りつぶされるだろう。
それはもう、お話にならないほどに簡単に。第一世界は巨人を前に立ちすくむ小人だった。
対等に立てる唯一の要素は、カードを隠していることだ。
第一世界は地球に対して虚勢を張り続けてきたし、今のところ仮面は成功しているように見えた。
こちらが弱者であると悟られてはならなかった。
我々は侵略者である。地球も豹変しないと、誰に言い切れるだろうか?
見守っているうちに、いくつかの技術交換が提案され、会議は企業ごとの個別交渉に移っていった。
やゆのようなスタッフは、ここでも蚊帳の外である。
参加企業の代表以外に交渉権など無いのだからあたりまえだ。席についているのは役員から何か質問があったら答えるためである。
すると、個別モニターのbizcordに通話申請があった。
Akini_EA。地球側のアカウント名。あちら側の裏方トップと聞いている。
少し迷ったが通話に応じた。
画面に映ったのは女性の顔だった。年齢はやゆよりかなり上。いまいち判然としないが中年だろう。黒人だ。こちらの世界にはいないタイプである。
「はじめまして。フェイス・アキニです」
「はい。スタッフの平紗やゆです。何か問題が?」
「いえ特には。ただ暇なので、ちょっとお話してみたくて」
「はぁ」
「そちらの方は、みなさんニホン風の姓をお持ちなのですね」
「そのようですね。姓以外にその、国?との、これといった類似点はみつかっていませんが」
ついでに言うと、やゆの言語知識によれば、地球流の姓なる概念は第一世界には無い。ファミリーネーム+ファーストネームではなく、ファーストネーム+セカンドネームだ。
「お互いの交流がもっと進めば、いろいろわかるかもしれません」
「そうですね」
「異世界との接触は、いつもこのような感じですか?」
魅力的に笑うアキニ。
「残念ですが、お答えしかねます」
やゆも笑顔で返した。
地球人は第一世界との接触前から、なぜか異世界線の存在を認識していた。そして異世界の情報や、ゲート技術を欲しがっている。しかしそれが何であっても、売るならば可能な限り高く売りつけなければならなかった。
「厳しいですね」
「こちらも仕事ですので」
「素晴らしい。職務に忠実な方は好きですよ。お互いの立場がどうであれ」
「ありがとうございます」
「やゆさん。あなたに一つ良いことを教えてさしあげましょう」
「なんでしょう」
あくまで事務的に応じるやゆ。
「この後の会議は、今までより荒れます」
「なぜですか」
「残念ですが、お答えしかねます。ですが」
アキニが魅力的に笑った。
「我々としても、できることなら友好的な関係を築きたいと考えているのです。その点をお忘れなく」
通話が切られた。
企業の個別交渉はまだ続いている。
個別交渉は技術や複製権ではなく、製品レベルの取引だ。
比較的すんなり進むし、あまり予定時間は取られていない。
アキニの言葉の意味を考える余裕は無かった。
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